- 英国式伝統音楽復興運動 -

フェアポート・コンベンション Fairport Convention

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<ロック・ルネッサンス>
 ロックが時代とともに社会性、政治性をおび、いつしか時代の流れそのものに巻き込まれようとしてゆく中、イギリスではロック史における新しい流れが、一つの結晶を生み出そうとしていました。それは、未来へ、未来へと進化を続けるロックの流れとはまったく反対に、過去へと向かうもので、イギリス伝統のポピュラー音楽、「トラッド」の発掘、再解釈と現代化の試みから、ロックとの融合に至り、ついに「エレクトリック・トラッド」という新しいジャンルを生み出すまでになったのです。そして、その後もロックやフォークだけでなく、80年代から90年代にかけて、ワールド・ミュージック時代を担うミュージシャンたちに影響を与え続けることになります。その中心となったのが、フェアポート・コンベンションであり、彼らの最高傑作とも言われるのが、この年に発表された「リージ・アンド・リーフ」でした。

<フェアポート・コンベンション>
 このバンドの中心メンバーだったギタリストのリチャード・トンプソンは90年代に入っても、ソロとして大活躍を続けていますが、妖精のように美しい声を持った天才ヴォーカリスト、サンディー・デニーは、80年代に若くしてこの世を去り、文字通りミューズ(詩と音楽の女神)となってしまいました。僕は、この二人と出会ったおかげで、トラッドやケルト系の音楽を聴くようになったのですが、同じ道筋でトラッドやケルト音楽と出会った人々は、世界中にどれだけいるでしょう?その貢献度は「ミスター・アイリッシュ・ハートビート」ヴァン・モリソンに匹敵するかもしれません。

<フォーク・リバイバル
 イギリスにおけるトラッド復活の動きは、1950年代におきたフォーク・リバイバルがきっかけとなっています。しかし、アメリカにおけるそれが、ブルーグラス(アパラチア山脈近郊で生まれた元祖カントリー)やケイジャン(ルイジアナ州に住むフランス系移民たち独特の音楽)などを掘り起こし、それをフォーク、フォークロック、ロックへと発展させる方向性を持っていたのに対し、イギリスのそれは、遙か以前から存在していたトラッドという大衆音楽を発掘し、保存することに重きをおいていました。(これは実に興味深い。ヨーロッパ文化が伝統にこだわり続けるのに対し、アメリカが新しいものへの挑戦にこだわるのも、同じ方向性のなせる技に違いありません)
 しかし、皮肉なことに、のちのトラッドに大きな影響を及ぼすことになるこのイギリスのバンドは、アメリカのフォークロックの影響を最も強く受けたバンドだったのです。

<ケルト-トラッド-ロックのつながり>
 かつてヨーロッパにおいて、中世以前の謎に満ちたケルト時代に発展した音楽が、長い歴史を経て、トラッドと言われる伝統的な大衆芸能へとつながり、それが移民達とともにアメリカに伝わりました。さらにそれが、アフリカからやってきた黒人奴隷たちの音楽や楽器と混じり合いながら、ブルーグラスやカントリーと言われる音楽を生み出し、さらにそれが、ブルースやジャズとぶつかり合うことで、ついにロックという20世紀を代表する音楽を生み出すにいたったのです。こうした流れから考えると、トラッドこそロックにとって、ルーツの中のルーツと呼べる音楽なのです。
 60年代末、時代が未来に向けて劇的に変化をとげて行く中、あえてルーツへと向かおうとした彼らの方向性は、80年代から90年代へと続いたケルト系サウンド・ブームの基礎を築くものとなったのですが、伝統に支えられたその音楽性は、今聴いてもまったく古さを感じさせません。
 彼らの音楽もまた、あらゆる方向へ進化し続けた1960年代という「爆発の時代」が生み出した重要な成果のひとつと言えるでしょう。

     アンダーラインの作品は特にお薦め!

ロック・ポップ系
愛の組曲」 Quicksilver Messenger Service
アビー・ロード」 "Get Back" "Come Together/Something" The Beatles
アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡The Kinks
(ザ・フーの「トミー」と並ぶロック・オペラの傑作)
雨にぬれても」 B.J.Thomas アカデミー歌曲賞受賞
(映画「明日に向かって撃て」テーマソング、バート・バカラックの代表作)
"The Band" The Band (完成度の高いセカンド)
"Blind Faith" Blind Faith
(ジンジャー・ベイカー、E.クラプトン、S.ウィンウッド、元祖スーパー・グループ)
"Boz Scaggs & Duan Allman"Boz Scaggs
"Down On The Corner"(シングル)Creedence Clearwater Revival
フィルモアの奇跡」 Mike Bloomfield & Al Kooper
(セッション・バンドによるライブ・パフォーマンスの素晴らしさを作品化)
"Free" Free (渋系ブルース・ロック・バンドの代表的セカンド・アルバム)
"Get Together" The Youngbloods(67年発表がこの年大ヒット)
黄金の城 The Gilded Palace of Sin」The Flying Burrito Brothers
"Give Piece A Chance" John & Yoko
"Green River"(シングル)Creedence Clearwater Revival
"I'll Never Fall In Love Again" Dionne Warwick (バカラック・サウンドの代表作)
"I Stand Alone" Al Kooper (時代の寵児の初ソロ作)
"John B. Sebastian" John Sebastian
"Led Zeppelin U" Led Zeppelin(「胸いっぱいの愛を」収録)
"Let It Bleed" "Honky Tonk Woman" Rolling Stones
"Live Dead" Grateful Dead (ライブ・バンド、デッドの代表作)
"Live In Las Vegas" Tom Jones
(アイルランドが生んだ最強のホワイト・ソウル・エンターテイナー)
"New York Tendaberry" Laura Nyro (通好みのシンガー・ソングライター)
"Space Oddity" David Bowie
"Sugar Sugar" The Archies (モンキーズに次ぐバブルガム系企画バンド)
"Sweet Baby James" James Taylor
"Sweet Caroline" Neil Diamond
"Suspicious Mind" Elvis Presley
"Tommy" The Who(後に映画化もされるロック・オペラの代表作)
"Trout Mask Replica" Captain Beefheart
(音楽業界に失望し画家になっているとか、これぞ前衛派!早すぎた?)
うわさの男」 「ハリー・ニルソンの肖像」Nilsson
 (映画「真夜中のカウボーイ」には泣かされました)
"Volunteers" Jefferson Airplane
"Williy And The Poorboys" "Bayou Country" C.C.R,.
(C.C.R.の絶頂期!「プラウド・メアリー」収録)
"Woodstock" V.A. (音楽ドキュメンタリーの元祖であり最高峰)
"Yellow Submarine" The Beatles
トラッド、アイリッシュ
"Basket Of Light ブラック・アルバム" The Pentangle
(後のアイリッシュ・ムーブメントの原点となったライブ・アルバム)
"What We Did On Our Holiday" Fairport Convention(本文参照)
(フォーク、トラッドのエレクトリック化を進めた重要作)
R&B,ソウル系
"Aquarius/Let The Sunshine In'" The 5th Dimension
"The Brothers Isley" The Isley Brothers
"Can I Change My Mind" Tyron Davis
"I Can't Get Next To You" The Temptations
またいつの日にかDiana Ross & The Supremes
(シュープリームスの解散記念ソング)
"My Cherie Amour" Stevie Wonder , "Mother Popcorn" James Brown
"Stand" "Everyday People" Sly & The Family Stone
(ファンクの偉人、ブラック・ロック、白黒混成バンドの先駆け)
"That's The Way God Planned It" Billy Preston
(5人目のビートルズのひとり、ジョージ・ハリソンがプロデュース)
"There's Gonna Be A Show Down" Archie Bell & The Drells
(スタックスからフィーリーへ転向、その実力は本物だった)
"To Be Young And Gifted And Black" Nina Simon
(黒人たちの意識高揚のシンボルともなったソウルの名曲)
サルサ系
"Justicia" Eddie Palmieri
"The Salsa All Stars" The Salsa All Stars
(C.パルミエリ、カコなど、NYサルサ初期の名盤)
"La Perfecta Combinacion" Johnny Pacheco Con Pete"El Conde"Rodriguez
ブラジリアン・ポップ系
"Como E Porque" Elis Regina
(初期の代表作、MPBを育てた重要な貢献者)
ジャズ系
"African Piano" Dollar Bland(アフリカの音楽を聴くきっかけを与えてくれた)
"Bitches Brew" Miles Davis (ファンク・サウンドへのジャズからの回答)
"Les McCann&Eddie Harris" Les McCann
(ソウル・ジャズ系ピアニストのライブ)
"Liberation Music Orchestra" Charlie Haden
ユーロ・ポップ
"Hey Jude" Marta Kuvisoba (チェコ反体制派の女神による歴史的大カバー・ヒット)
私の詩集Francoise Hardy (フレンチ・ポップのシンガー・ソングライター登場)
シェリーに口づけMichel Polnareff (日本でのデビュー曲、いよいよ世界的ブレイク)
歌謡曲、J-Rockなど
いいじゃないの幸せならば」 佐良直美(レコード大賞)
エイプリル・フール」 エイプリル・フール
エメラルドの伝説」 ザ・テンプターズ
」 はしだのりひことシューベルツ
かっこいいことは、なんてかっこ悪いんだろう早川義夫
禁じられた恋」森山良子
ジュリー」 沢田研二
翼をください」赤い鳥
時には母のない子のように カルメン・マキ
ブルース・メッセージ」ゴールデン・カップス




ロック・ポップ系
The Allman Brothers Band "The Allman Brothers Band"
Alice Cooper "Pretties For You"
Carpenters 「涙の乗車券」
Crosby,Stills & Nash " Crosby,Stills & Nash"
Chicago 「シカゴの軌跡」
The Can "Monster Movie"
Delaney & Bonnie "Home" (ブルーアイド・ソウルの最高峰)
Elton John "Empty Sky"
The Flying Burrito Brothers "黄金の城 The Gilded Palace of Sin"
(元バーズのグラム・パーソンズ率いる本格派カントリー・ロック・バンド)
Free "Tons Of Sobs"
Genesis "From Genesis To Revelation"
Grand Funk Railroad "On Time"
Humble Pie "As Safe As Yesterday Is"
Iggie Pop "The Stooges"
Johnny Winter "Johnny Winter"
King Crimsonクリムゾン・キングの宮殿」(とにかく凄いです。クリムゾンの原点)
Kraftwerk "Tone Float" (テクノ、ヒップ・ホップの原点登場)
Led Zeppelin "Led Zeppelin" ,
Mott The Hoople "Mott The Hoople"
Neil Young "Neil Young"
POCO
"Picking Up The Pieces"
Santana "Santana"
Yes "Yes"
ソウル系
The Jackson 5 "Dianna Ross Presents The Jackson 5"
Roberta Flack "First Take"
The Meters "The Meters"
J-ロック、歌謡曲など
赤い鳥「翼をください」
浅川マキ 「夜が明けたら」
アンドレ・カンドレ(井上陽水) 「カンドレ・マンドレ」
遠藤賢司 「ほんとだよ」
カルメン・マキ時には母のない子のように
藤圭子 「新宿の女」
ピーター 「夜と昼のあいだに」


Brian Jones(R.Stones)   7月 3日 プールで溺死 27歳
Judy Garland (ミュージカル俳優)  6月22日 麻薬 47歳
Martin Lamble(F.Convention)  5月14日 自動車事故 19歳
Josh White (ブルース・シンガー)  9月 5日 心不全 54歳
Magic Sam  12月 1日  心臓麻痺 35歳
Skip James (ブルース・シンガー) 10月 3日 67歳
Shorty Long (ソウル・シンガー)  6月29日 水死 29歳
Don Drummond  5月      ?  ?
Leonard Chess (チェス・レーベル設立者) 10月16日 心不全 52歳




生物化学兵器違法宣言議決
<アメリカ>
ニクソン、アメリカ大統領に就任
アポロ11号、月面着陸に成功
全米各地でヴェトナム反戦行動(ピース・ナウ)が高まりを見せる
インディアンによるアルカトラス島占拠事件発生(米)
ブラック・パンサーによるシカゴ警察襲撃事件発生
チャールズ・マンソンによるシャロン・テート殺害事件発生
NYのゲイ・バー「ストーン・ウォール・イン」でゲイによる暴動が勃発
(70年代に始まるゲイ革命のきっかけとなる)
伝説のロック・フェス「ウッドストック・フェスティバル」開催
<ヨーロッパ>
超音速旅客機コンコルドが音速を突破
ド・ゴール大統領退陣、ポンピドー政権へ(仏)
ジョン&ヨーコ、オランダで「ベッド・イン」を行う
<アフリカ>
リヴィアでクーデター、カダフィーによる軍事独裁政権始まる
<アジア>
南ヴェトナム臨時革命政府設立
北ヴェトナムの指導者、ホーチミン死去
中ソ国境衝突事件
<日本>
東大安田講堂事件(機動隊が学生を排除)
東名高速道路、全面開通
人工甘味料チクロの使用が禁止される

<芸術、文化、商品関連>
「薔薇と革命」P・H・ニュービー著(ブッカー賞受賞)
「異境」イエールジ・コジンスキー著(全米図書賞)
映画「イージー・ライダー」「明日に向かって撃て」「アリスのレストラン」公開
(ニューシネマ・ブーム到来)
オリヴェッティ社のタイプライター「ヴァレンタイン」発売(イタリア)
池袋パルコオープン
カリフォルニアに「GAP」誕生


<音楽関連(海外)>
ウッドストック・コンサート開催、40万人を動員する
イギリス、ワイト島フェスティバル開催
オルタモントでのストーンズのコンサートで、黒人青年が惨殺される
チェス兄弟がR&Bレーベルの老舗チェス/チェッカーを売却。
ビルボードの黒人音楽ランキング、「リズム&ブルース」から「ホット・ソウル・シングルズ」に変わる
ジャマイカで、U.ロイが初めてDJスタイルのレコードをつくる。
ザイールのリンガラ・ポップを代表するバンド、ザイコ・ランガ・ランガが結成される
カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジルがブラジルの軍事政権を逃れ亡命
<音楽関連(国内)>
高石音楽事務所を母体としてURC(アングラ・レコード・クラブ)設立。(自主制作したレコードを会員に直接配布することで自由な音楽作りを可能にするというのが目的。レコード会社による自主規制を受けない独立性を獲得、もともとインディーズとはこのためのもの)第一回の配布レコードは、岡林信康の「わたしを断罪せよ」と五つの赤い風船の「おとぎばなし」のカップリング盤と新宿フォーク集会のライブ録音盤「新宿1969年6月」
朝日ソノラマの単稿本制作会社が母体となってエレック・レコードが設立される。翌年には「古い船を動かせるのは古い水夫じゃないだろう」(広島フォーク村のオムニバス)を発表。そこから吉田拓郎が登場し、一躍有力レコード会社となる
第一回全日本フォーク・ジャンボリー開催
第一回日本ロック・フェスティバル開催(ニューミュージック・マガジン主催)
(出)ゴールデン・カップス、ブルース・クリエイション、フラワーズ(内田裕也)、エディ藩グループ、パワー・ハウス(柳ジョージ)など
新宿西口フォーク・ゲリラの活動始まる
全国各地の高校でも安田講堂のようにバリケードが作られ闘争が行われていた。そして、そんな学生たちの中に坂本龍一、山下達郎、浜田省吾らもいた。

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1969年という年] 橋本治著「二十世紀」より(2004年11月追記)
 1969年1月18日、東大の安田講堂を占拠していた学生達は、機動隊によって排除された。
「1969年、日本の学生達の多くは、既成の左翼思想に背を向けていた。社会主義国家の中国では、自己破壊的な文化大革命が続行中だったし、前年にチェコのプラハを戦車で制圧しなければならなかったソ連も、同盟国である東欧諸国に離反の機運を生んでいた。・・・
 第二次世界大戦以後の基本となっていたソ連対アメリカの冷戦構造はそのままだったが、しかし世界はもう冷戦以後の「地域紛争の時代」へと突入し始めていた。・・・」

「1969年に、『思想』はその役割を終えた。『思想』は『豊かさ』を作り、その豊かさの中で『思想』は不必要になった。1970年から始まるのは、『思想』を必要としない『大衆の時代』なのである」

<作者のコメント>
 翌1970年、僕は家族との旅行で東京に行きました。その時、なぜか東大の校内を訪れることになり、安田講堂の闘いの後を見ることができました。(観光名所になっていたわけではないのですが・・・)
 当時の僕にとっても、安田講堂での闘いは心を熱くさせるものでした。家庭では、学生達の行動を批判する雰囲気もありましたが、僕自身は彼らを応援していました。その時、僕は小学校5年生。そんな時代だったのです。 

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