-和製ロック、海を渡る-

サディスティック・ミカ・バンド  Sadistic Mika Band

この年の出来事 代表的な作品 デビュー 物故者
<日本のロック史における金字塔>
 「時代を越えた名作」と言われるアルバムをつくることは、ミュージシャンにとって最大の夢かもしれません。まして、その作品が国境をも越えて評価されることになるなら、これ以上の幸福はないでしょう。この年に発表されたサディスティック・ミカ・バンドのアルバム「黒船」は、その夢を実現させた奇跡の一枚であり、日本のロック史に燦然と輝く金字塔でもあります。

<黒船来訪>
 この日本のバンドによる驚異のロック・アルバムは、「黒船」のタイトルどおりヨーロッパから、イギリス人の船長、クリス・トーマスに率いられ、逆輸入の形でやって来ました。そのアルバム・コンセプトは、江戸時代末期に現れた「黒船」と「タイムマシン」をテーマとしていたため、歌詞は初めから、流行や時代風俗とは縁がなく、その意味であらかじめ「時代の壁」を越えていたと言えるかもしれません。そして、そのサウンドはロックでありながら、明らかに日本的要素が導入されており、それ以外にもブギやブルースなど雑多な音楽を取り込んだ無国籍サウンドに仕上がっていました。それはまさに、国境と言う塀をひとっ飛びで越えるパワーを持っていました。彼らはタイムマシンに乗って、1980年代をのぞいていったのかもしれません。サザン・オールスターズの先を行くこと10年、彼らは和製ロックの完成型をすでに築き上げていたのです。

<時代の先を行き過ぎたバンド>
 こうして、時代と国の壁を飛び越える作品を作り上げることができたのには、わけがありました。それは、この後日本のポップス界を急激に進化させることになる主役たちが、このバンドに集結していたからです。リーダー、ヴォーカルの加藤和彦、ベースの小原礼、ドラムスの高橋幸宏、キーボードの今井裕、そして紅一点のヴォーカル、ミカ、彼らは、この後ロック界の裏と表で活躍を続けて行くことになります。
 では、なぜそんな彼らがロンドンを目指したのでしょう?確かに、その頃、ロンドンはグラム・ロックの発信地というだけでなく、世界のロックにおける中心地でした。しかし、彼らの海外進出の本当の理由は、そんな海外先進地志向ではなく、日本国内で彼らが活躍する場がないという至極単純な理由からでした。その頃の日本には、ロック・アルバムを出すためのプロデューサー、配給会社、そして聴いてくれる観客があまりにも少なかったのです。第一、多くの日本人ロック・ファンは、ロックに日本語の歌詞が載るはずはないと本気で思っていました。ミュージック・マガジンでそのことが取り上げられ、討論会が行われたなんて、今では信じられないかもしれません。そんな状況の中、彼らは自らの活躍の場を求めて海を渡ったのです。

<ロキシー・ミュージックを食ったバンド>
  グラム・ロックの影響も受けビジュアル的にも時代の先を行っていた彼らは、イギリスで本国日本以上の評価を受けました。ロンドンでロキシー・ミュージックの前座をつとめた彼らは、観客の度重なるアンコールによって、主役のロキシーの演奏時間を使い果たしてしまい、一気にその名を知られることになったのです。

<バンドの解散とその後>
 残念ながら、その後リーダーの加藤和彦とヴォーカル、ミカの離婚により、バンドはあっさりと解散してしまいます。しかし、加藤和彦はソロとして活動を始め、「パパ・ヘミングウェイ」を代表作とする海外漫遊シリーズとでも呼べる素敵な作品群を発表します。これは、「黒船」の延長線上、その現代版とも言える内容で、海外で単に録音するのではなく、そこに住み、その土地を知る中で作り上げるという、実に贅沢な日本人離れした企画の先駆けでした。今考えると、それは日本のその後、80年代バブル期の先駆けでもあり、国際進出が進む90年代の先駆けでもありました。彼らのサウンドは確かに未来を指し示していたのです。
 では、彼らのサウンドからは、21世紀のサウンドも見えてくるのでしょうか?それを知りたい方は、とりあえず「タイム・マシンにお願い」してみましょう!

<追記-1975年爆発の年>
 このアルバム発表の翌年、1975年は日本のロックにとって、まさに輝ける年となりました。ミカ・バンドの後を追うように、その後日本のロック・シーンを担うことになる大物たちが、次々と活躍を開始したのです。
 小坂忠の「ほうろう」は本物のソウルを目指し、鈴木茂「バンド・ワゴン」はリトル・フィート・サウンドを目指してつくられ、山下達郎大貫妙子シュガー・ベイブ「ソングス」で極上のアメリカン・ポップスを目指していました。鮎川誠率いるサン・ハウス「有頂天」は本場も顔負けのブルース・ロック、久保田麻琴と夕焼け楽団の「ハワイ・チャンプルー」は、一足早いアジアン・テイストのワールド・ミュージック、細野晴臣「トロピカル・ダンディー」大滝詠一「ナイアガラ・ムーン」は、ニュー・オーリンズ・サウンド、ダウンタウン・ブギウギ・バンド「脱・どん底」は、ブギウギ・ロックン・ロール、憂歌団、上田正樹のデビュー・アルバムは、日本語による本格的なブルースを目指していました。そして、矢沢永吉がソロ・デビューしたのもこの年だったのです。

    アンダーラインの作品は特にお薦め!

ロック系
"Autobahn" Kraftwerk
(テクノよりもヒップ・ホップに与えた影響の価値が大きい重要なバンド!)
アメイジングLittle Feat
"Bad Co" Bad Company
(フォリナー系営業ロック・バンドの原点?でも、十分渋くて格好良かった!)
"Band On The Run" Wings
(内容も文句なしだが、アフリカ録音というのも画期的だった)
"Before The Flood 偉大なる復活" Bob Dylan
(盟友ザ・バンドとの共演により、最高のライブを展開!)
"Chicago Z" Chicago
(ラジカルなブラス・ロック・バンドから、ポップ・バンドへの転換点だった)
コート&スパークJoni Mitchell
(時代とともに、つき合う男とともに、変化を続ける天才の代表作)
"Dragonfly" Jefferson Starship(スターシップの第1弾、大ヒットを記録)
ドゥービー天国The Doobie Brothers(前期ドゥービー・ブラザースの代表作)
"El Dorado" Electric Light Orchestra
"Good Night Vienna" Ringo Starr (ビートルズの隠れたヒット・メーカー)
461 オーシャン・ブールバードEric Clapton
(クラプトン自身の復活を示しただけでなく、レゲエ・ブームの火付け役)
"Heart Like A Wheel" Linda Ronstadt
"It's Only Rock'n Roll" The Rolling Stones
"It's Too Late To Stop Now" Van Morrison
"Kimono My House" Sparks(特異なキャラクターで一世を風靡、代表作)
"Let Me Be There" Olivia Newton John (この頃は爽やかでかわいかった)
"Late For The Sky" Jackson Browne(タイトル曲で一気に注目を集めた)
紫の炎Deep Purple (アルバムとしてはこれがベストでは?)
"A New Life" Marshall Tucker Band
(カントリーロックのハイテク・ファンキー・バンド、お薦めです!)
"Paradise And Lunch" Ry Cooder(これも文句なし代表作!)
"Pretzel Logic" Steely Dan
ロックンロール黄金時代」 Mot The Hoople (なつかしい!)
"Slapp Happy" Slapp Happy
"Slow Dancer" Boz Scaggs
"Sun Down" Gordon Lightfoot
(この人の声の渋さは世界一!黒人では、ルー・ロウルズ、カントリーでは、ウエロン・ジェニングスが同格か?)
シア・ハート・アタックQeen
"Second Helping" Lynyrd Skynyrd (サザンロックの中心バンド、代表作)
太陽を背にうけて」 John Denver(本当に良い曲です)

ソウル、ファンク系
"Boogie On Reggae Woman" Stevie Wonder (レゲエ?ヒットの先駆け)
"Breakin' Bread" The JB's(J.ブラウンのファンクの基本、ここにあり!)
"Back To Oakland" Tower Of Power(ファンクのハイテクNo.1バンド)
"Diana & Marvin" Diana Ross & Marvin Gaye
"Ecstasy" Ohio Players(ファンクの時代を代表するバンドの代表作)
"Lady Of The Night" Donna Summer(ディスコの女王登場)
"Live It Up" Isley Brothers
(ソウルからファンクへ見事に生き残った数少ないなバンド)
"Machine Gun" Commodores (ディスコ・ブームを代表するヒット作)
"Rejuvenation" The Meters (ニューオーリンズ・ファンクの基本、ミーターズの傑作)
"Skin Tight" Ohio Players
"You Make Me Feel Brand New" The Stylistics
ブルース系
"100% Cotton" James Cotton Band
(映画「ブルース・ブラザース」のモデルとなったのは、実はこのバンド)

"Natty Dread"Bob Marley(彼に駄作はないが、これは特に傑作!)
サルサ系
"Live In Africa" Fania All Stars
(ザイールで行われた伝説のライブ、コンサート以外の録音も貴重!)
"Mima La Pululera" Orquesta International
"Time Machine" Cortijo Y Su Combo(アフロ・ビートにチャレンジした異色作)
"Y Su Apollo Sound 6" Roberto Roena
(70年代サルサの混沌さが格好いい、ファニアのボンゴ奏者)
ブラジリアン・ポップ(MPB)系
サンバを歌おう」 Martinho Da Vila
(サンバからMPB時代の大ヒットアルバム、名曲揃い)
ラテン・ポップ系
"Libertango" Astor Piazzolla
(80年代のブレイク前、すでに彼は先へ進んでいた。「自由のタンゴ」)
"N.Y. City" Tabou Combo
(フレンチ系カリビアン・サウンドのヨーロッパでの最初のブレイク作品)
ジャズ系
"The Main Squeeze" Jimmy McGriff
"Dark Beauty" Kenny Drew Trio
アジアン・ポップ系
鬼馬双星」 サミュエル・ホイ (ミスター・ブーの香港初の広東語ヒット・アルバム)
J-ポップ、歌謡曲など
一触即発」 四人囃子
襟裳岬」 森進一(吉田拓郎作曲)(レコード大賞)
精霊流し」グレープ(さだまさし在籍)
スモーキン・ブギ」 ダウンタウン・ブギウギ・バンド
BANG ! 」三上寛
ひまつぶし」山口富士夫
ミスリム」「コバルト・アワー 荒井由実
私は泣いてます」 リリィ




ロック系
Kansas "Kansas First Album
Doctor Feelgood "Down By The Jetty"
Journey 「宇宙への旅立ち」 (プログレッシブ・ロックもいよいよポップ化)
Kiss "Kiss"(コスプレ系ロック時代の幕開け、けっこう重要なバンドなのだ)
Lynyrd Skynyrd "Pronounced Leh-Nerd Skin-Nerd"
The Residents "Meet The Residents"
(つい最近までこのバンド?を聴いていなかった私です。失礼しました!)
Robert Palmer "Sneakin' Sally Through The Alley"
(ニューオーリーンズ系のいかしたサウンド、昔から格好良かった)
ソウル系
Phoebe Snow "Sun Francisco Bay Blues" (素晴らしい独特の歌声)
ラテン系
Lalo Rodriguez "The Sun Of Latin Music"
アジアン・ポップ
Dick Lee "Life Story" (シンガポールが生んだアジアン・ポップのヒーロー)
日本
外道「外道」
ふきのとう「白い冬」


Bill Chase (Chase)  8月29日 飛行機事故 39歳
Bing Crosby 10月14日 心臓麻痺 73歳
Cas Elliot(Mamas & Papas)  7月29日  心不全 32歳
Graham Bond(Graham Bond Organization)  5月24日 自殺 36歳
Nick Drake 10月25日 自殺 26歳
Robby Mackintosh
(Average White Band)
 9月24日 薬殺 or
麻薬中毒死
24歳
Vinny Tayler(Shanana)  4月17日 薬物中毒 25歳
Ivory Joe Hunter(R&B) 11月 8日 肺癌 60歳
Lightnin' Slim(Blues Guitar)  7月27歳 胃癌 61歳
Duke Ellington  5月24日 75歳




<アメリカ>
ウォーターゲート事件により、ニクソン米国大統領辞任
G・R・フォード政権発足
<ヨーロッパ>
ノーベル文学賞作家ソルジェニーツィン氏、ソ連追放
ポルトガルで軍部のクーデター、独裁政権倒れる
<アフリカ>
エチオピア革命(皇帝廃位)
<アジア>
韓国で大統領緊急措置発動
朴大統領狙撃事件
<日本>
GNP初のマイナス成長
読売ジャイアンツ長島茂雄引退
佐藤栄作ノーベル平和賞受賞(何かの冗談?)

<芸術、文化、商品関連>
「重力の虹」トマス・ピンチョン著(全米図書賞)
「保護管理人」ナディン・ゴーディマ著(ブッカー賞受賞)
「死者の舞踏場」トニイ・ヒラーマン著(エドガー賞)
ランボルギーニ「カウンタックLP400」発売スーパーカー・ブーム
宝塚歌劇団「ベルサイユのばら」初演
サンリオ「ハロー・キティ」誕生


<音楽関連(海外)>
ザイールのキンシャサで、モハメッド・アリ対ジョージ・フォアマンのヘビー級世界選手権が行われ、ジェームス・ブラウン、ファニア・オールスターズのコンサートが開催される
クール・ハークがブレイク・ビーツの手法を用いたDJプレイを始める
ブラジルで打楽器集団ブロコ・アフロの最初のグループ、イレ・アイェ誕生
スウェーデンのグループABBAが「ウォータールー」で人気爆発
サルソウル・レコード設立
「ドラミング」 スティーブ・ライヒ

<映画>
この年の映画についてはここから!

[1974年という年] 橋本治著「二十世紀」より(2004年11月追記)
「1974年は、立花隆の『田中角栄研究 - その金脈と人脈』という文章によって、田中角栄が総理大臣を辞任した年である。アメリカでは、ウォーターゲイト事件によって、リチャード・ニクソン大統領が辞任に追い込まれている・・・」
「日本の政治記者と政治家は、それまで"仲間内"同然のようなものだったから、政治記者達には、政治家の不明朗を国民という”外部”に伝える気がなかったのかもしれない。そしてまた、立花隆のレポートも、「政治家の資産形成の不明朗」という、それまで”常識”として見逃されてきたことを詳細に伝えてしまったという点において、前例がないようなものだった。・・・」

<作者からのコメント>
 立花隆という人は、本当に凄い人だと思います。政治のようにドロドロした旧世界の現象から最先端の科学まで、その幅の広さと分析の切れ味の鋭さには脱帽です。しかし、それ以上に僕が感心するのは彼の文章のわかりやすさです。それは彼がいかに幅広い知識に基づいて、物事を理解、分析、判断をしているのかの証明です。
 「本当に優れた人は、どんな難しい理論や現象をも、分かりやすく説明することができる」僕も、いつもそう心がけるようにしています。


総参加国数 89
本戦参加チーム(16ヶ国)
西欧圏(資本主義国) 西ドイツ、スコットランド、オランダ、スウェーデン、イタリア
東欧圏(共産主義国) 東ドイツ、ユーゴスラビア、ブルガリア、ポーランド
南米           チリ、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン
北中米          ハイチ
アフリカ          ザイール
アジア、オセアニア   オーストラリア
ベスト8(2次リーグ進出チーム)成績順
(A組)オランダ、ブラジル、東ドイツ、アルゼンチン
(B組)西ドイツ、ポーランド、スウェーデン、ユーゴスラビア
決勝
西ドイツ×オランダ
優勝
西ドイツ
<活躍した選手>
ヨハン・クライフ、ヨハン・ニースケンス(オランダ)
ウォルフガング・オフェラート、フランツ・ベッケンバウアー(「リベロ」誕生)
ライナー・ボンホフ、ゲルト・ミュラー、パウル・ブライトナー(西ドイツ)
ロベルト・リベリーノ(ブラジル)、ヴージェ・ゴーシュ・ラトー(ポーランド)
<未来のサッカー、オレンジ軍団初登場>
 初出場オランダとその中心選手ヨハン・クライフの与えた衝撃は凄かった。
「トータル・フットボール」「ローテーション・フットボール」と呼ばれた斬新なプレー・スタイルは、まさに「未来のサッカー」であり、20世紀末のサッカーを20年早く実現していました。
<商業主義的大会運営の本格化>
 ブラジル人のジョアン・アヴェランジェが、初めてヨーロッパ以外の土地からFIFA会長に就任。
彼の主導の元、巨大企業とスポンサー契約を結ぶことで、より商業的な大会運営が行われるようになります。
<アジェンデ政権崩壊による対立>
 1973年チリで民主的に選ばれた初の左翼政権(アジェンデ政権)を軍部がクーデターによって転覆させるという事件が起こりました。(当然そのバックにはアメリカがいました)この時、かつて1962年チリ大会の際。メイン競技場に使用された国立競技場は、左翼系市民に対する拷問と処刑の場になるという悲劇が起きました。
 ところが、その競技場がこの大会の最終プレーオフ会場に選ばれるという事態が起きました。それは、チリがその対戦国として残っていたからなのですが、あろうことかその相手が左翼の総本山ソ連だったのです。当然、ソ連は会場の変更を要求。それが無視されたために、棄権してしまいました。おかげで、チリは本大会の出場権を得るのですが、本大会でも、会場として使用することについて反対の多かった東西分断中のベルリンで、東ドイツと対戦するという偶然が重なりました。              

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