- リュック・ベッソン Luc Besson
エリック・セラ Eric Serra -

<夢の世界へ>
 眠れない時には、瞼を閉じて羊の数を数えると良いとよく言います。でも、僕の場合はちょっと違うイメージを用いることにしています。それはこんな感じで始まります。
 瞼を閉じると、僕は先ず伊豆の海に浮かぶ大島に向かいます。その島の北西部に位置する野田浜が目指す場所です。その浜は海水浴場ではなく、大島では一番ポピュラーなスキューバ・ダイビングのスポットとして有名な場所です。
 その浜のすぐそばを走っている海岸道路に立った僕は、そこから海を見下ろします。海の状況は良さそうです。もともとそこは外海が多少荒れていても、入り江になっていて波が入ってこないようになっている場所なため、海岸からエントリー(潜る)のに最適の場所なのです。僕は機材一式を持つと、海岸に降りて行く道をゆっくりと下って行きます。ゴロゴロした石がころがっている道なので、足元に注意しなければなりません。
 波打ち際まで来た僕は、機材を確認して、海にゆっくりと入って行きます。腰まで入ったところで、フィン(足びれ)とゴーグル(水中メガネ)そしてシュノーケルを装着して静かに泳ぎだします。しばらくは水面を泳ぎ、入り江の中ごろまで行ってから、いよいよ潜行開始です。もちろん、この時シュノーケルを口からはずし、レギュレーターをくわえ直すのを忘れてはいけません。
 水中を見ながらゆっくりと潜ります。そのあたりは水深が3メートル程度、大した深さではありませんが、耳抜きは必要です。ゆっくりと様子を見ながらの潜行はもっとも緊張する瞬間ですが、わくわくするひとときでもあります。小石のころがる水底に着いた僕は、さっそく水中を移動しはじめます。向かう方向は、沖に向かって斜め左手にある大きな岩の方角です。その岩は真夏には海草が生い茂っているためちょっと見つけみくいかもしれませんが、行きも帰りも良い目印になってくれます。その岩を右手に見ながら進んで行くとそこは、突然急激に下る崖になっています。そして、そこから身を乗り出してみると、もうそこにはこのダイビングの目的地が見えています。左手前方の水底に大きな口を開けている巨大な岩がそれです。

 僕は崖をゆっくりと降りて行きます。そこからは急激に深くなるので耳抜きに注意しなければいけません。水底にたどり着くとそこは砂に波の美しい模様が描かれており、まるで竜安寺の石庭のようになっています。目の前には、人間が手をつないで4,5人は入れる大きな入り口が見えてきます。ここまで持ってきた水中ライトの出番がやっときました。さあ、いよいよ入って行きます。・・・・
 こうして、僕の水中イメージ散歩が続いて行きます。この風景は、昔何度も潜った本当の野田浜の景色なので、イメージがリアルなぶんすぐに入り込めるようです。そのためほとんどの場合、トンネルに着くずっと前に僕はいびきをかき始めています。
 そう夢の世界へと深く、深く、深く入って行くわけです。
Welcome To Atlantis ようこそ、アトランティスへ
「それはひとつの童の夢
 それは魚になった人間の夢
 それは人間のいない水の下の人生」

リュック・ベッソン

<「アトランティス」という映画>
 「アトランティス」という映画は、映像による海の中への旅であると同時に、夢の中への旅でもあり、映像と音楽によって僕たちを海の中だけでなく生命の源である細胞内の原始の記憶にまでさかのぼらせてくれる作品です。その点で、この作品をドキュメンタリー映画ととらえるのは間違いのような気もします。
 それは、優雅な動きをみせるマンタ主演の壮大なオペラであり、ガラパゴスに住むペンギン、イグアナ、オットセイたちによるにぎやかなスラップスティック・コメディーであり、驚異のダンサー、イルカたちによって演じられるスピード感にあふれたダンス・ショーであり、凶暴なホオジロザメが演じるサスペンス・ホラーであり、北極の氷の下で展開される美しきファッション・ショーであり、巨大なジンベエザメによる偉大なる海の神の行進でもあります。
 それは海の中という千変万化の舞台で繰り広げられるバラエティーにとんだエンターテイメントの集大成、もしくはオムニバス映画ということになるのでしょう。どれもセリフのないサイレント映画ですが、まるでミュージカル映画のように音楽と映像が一体となって雄弁に語ってくれています。
 そして、この映画こそ、映画監督リュック・ベッソンと作曲家エリック・セラにとってもまた一つの頂点を示す映画といえそうです。

<リュック・ベッソン>
 監督のリュック・ベッソンは、1959年3月18日パリ生まれです。(僕と同じ誕生日の一年先輩)ということは、彼も魚座。生まれたときから水とは縁があったのでしょう。
 両親がともにダイビングのインストラクターだったため、彼は南仏の海岸沿いの街で育ちました。(その中には、タクシーの舞台マルセイユも含まれているのでしょう)まさに、あの「グランブルー」の少年のように海と共に生きる少年時代を過ごし、イルカを研究する海洋生物学者になることを夢見ていたそうです。ところが、ダイビング中の事故で海に潜ることができなくなってしまい、10代にしてその夢をが壊れてしまいました。
 17歳で高校を中退した彼は、もうひとつの夢だった映画作りに向かう決意を固めます。彼はフランスの有名な映画製作会社ゴーモン社に入社、そこでニュース映画製作のアシスタントを務めながら勉強。その後映画の本場ハリウッドでしばらく働いた後、フランスにもどるとゴーモン社で助監督として働きはじめます。

<映画会社の設立>
 映画を作ることが目標だった彼は、自ら映画製作会社「Les Films du Loup」を設立し、作品を作り始めます。中でも処女長編作品となった「最後の戦い」(1983)は、アヴォリアッツ映画祭で見事審査員特別賞、批評家賞ををダブル受賞。いっきに彼の名はフランスだけでなく海外にまで知られることとなります。もともとハリウッド指向をもつフランス人には珍しいタイプの監督なだけに、彼はその後国境を越えて海外でも活躍する新しいタイプのフランス人監督になって行きました。
 彼が得意とするのは都会派のアクション映画。ニューヨークを舞台にした「レオン」、未来都市を舞台にした「フィフス・エレメント」、マルセイユを舞台にした「TAXI」、パリを舞台にした「サブ・ウェイ」などはその代表作です。しかし、彼が本当に作りたかった映画は、本当は「グラン・ブルー」であり「アトランティス」だったと、僕は思います。

<「グラン・ブルー」>
 一時は潜水ができない身体だった彼も、再びダイビングが可能となり、いよいよ以前から撮りたかったダイビングに関する映画の企画を実現にうつします。それは、彼のようなダイバーにとっての神様のような存在、ジャック・マイヨールを題材とするものでした。(もちろん、僕にとってもジャック・マイヨールはヒーロー中のヒーローです!)
 その作品「グラン・ブルー」(日本での初公開時は英語版だったので「グレート・ブルー」でした)は、日本での初公開当初まったくの不入りでした。しかし、一部の熱烈なファンから口コミでその良さが拡がってゆき、未公開シーンを追加したフランス語版「グラン・ブルー(完全版)」の公開時には、一気にブームを巻き起こすほどの入りとなりました。もしかすると、それは日本でのスキューバ・ダイビングの普及とも関わっていたのかもしれません。(実際、僕もそんなファンの一人でした)
 もともと海外では、「グラン・ブルー」は公開当初から大ヒットとなっていたこと、さらにアクション映画「サブウェイ」(1984年)などのヒットもあり、彼にはよりマニアックな海洋ドキュメンタリー映画を撮ることが可能になります。(水中映像で一本の映画を作るなど、採算的にとうてい映画会社が望む企画ではありません。しかし、彼の知名度と人気、実力があれば可能とされたわけです)こうして、彼は念願だった水中ドキュメンタリー映画「アトランティス」の製作にかかったのでした。

<幸福なる撮影>
 「アトランティス」の撮影は、1989年5月ガラパゴス諸島から始まりました。彼は4人のダイバー兼スタッフとともに撮影資材を積み込んだ船に乗り込み、一年以上かけて世界の海を旅しながら自らの求める映像を撮り続けました。もしかすると、彼にとってはこの旅こそが最大の喜びであり、その映画化はおまけに過ぎなかったのかもしれません。
 自然に満ちた秘境ガラパゴス諸島、海の王国ニューカレドニア、珊瑚の世界オーストラリア、戦争の危険が残る紅海、氷の下に広がる北極海、生命にあふれたポリネシア、セイシェルの海と1990年11月まで続いた撮影の後、編集された作品に最後にさらなる魂を吹き込んだのが音楽担当のエリック・セラ Eric Serraでした。

<エリック・セラ >
 リュック・ベッソンがダイバーの父に育てられたのに対し、エリック・セラ Eric Serraは音楽家の父によって育てられ、5歳でギターを弾き始めたという天才少年でした。その後、15歳でジャズ系のロック・バンドを結成し、数多くのアルバムに参加しながら作曲家としての活動をするようになります。そして、ベッソンの「最後の戦い」の音楽を担当。その後リュック・ベッソンの作品にとって彼の音楽はなくてはならない存在となって行きます。セリフのないこの作品は、エリック・セラにとり、それまでのどの作品よりも音楽にかかる比重が高く、やりがいのあるものでした。さらに彼にとっては、この作品は初めてオーケストラ(ロンドン・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団)を用いたスケールの大きな作品でもありました。

<その後のリュック・ベッソン>
 映画の世界と海の世界、両方のフィールドで自らの夢を実現してしまったリュック・ベッソンに次なる夢はあるのだろうか?最近ちょっと心配になっています。プロデュースや脚本の仕事ばかりで自らメガホンをとることが、ほとんどなくなってしまったのは、彼がこれという目標を持っていないからなのではないか?
 いつかまた、僕を心地よい別世界へと連れていってほしいものです。深く、深く、深く・・・。

「アトランティス Atlantis」 フランス映画 1991年(日本公開1992年)
(監)(撮)リュック・ベッソン Luc Besson
(製)クロード・ベッソン Claude Besson
(音)エリック・セラ Eric Serra
(撮)クリスチャン・ペトロン Christian Petron
(潜水監督)ジャン・マルク・バール Jean Marc Bour

20世紀映画劇場へ   トップページヘ