「ビートニク Beatnik」 1999年

- ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズ -
- Jack Kerouac,Allen Ginsberg,William Burroughs -

<映画「ビートニク」とは?>
 映画「ビートニク」とは、「ビート族」と呼ばれ50年代カウンターカルチャーの最先端をいった若者たちの文化をその代表的な人物のインタビュー・フィルムなどを元にとらえ直したドキュメンタリー作品です。ケルアック、ギンズバーグら代表的作家の作品朗読もあり、その役目をアメリカ映画界の大物俳優が担当(ジョニー・デップ、デニス・ホッパー、ジョン・タトゥーロ)し、その影響がいかに大きいかを教えてくれます。ロック・ファンにとっても、その影響の大きさを知るのに実に参考になる作品です。

<ロックとは?>
 「ロックとは、R&Bとカントリーという黒人音楽、白人音楽が融合してできたポピュラー音楽である」
 これはロックについて最も単純化した定義のひとつです。もちろん実際には、そんな単純なものであるわけはなく、ジャズやブルース、ラグタイムからアフリカの音楽まで、その源流は奥深いし、カントリーもポルカやマウンテン・ミュージックからヨーロッパのトラッド、そしてケルトの音楽へと源流は広がって行きます。
 それに、音楽的な源流だけがロックの基礎となっているわけではありません。第一ロックという言葉自体は、音楽的形式を示す用語ではないのです。したがって、ロックを「ロック」と呼ぶことの意味は、ある種の抽象的な概念としてのロックの定義が存在することでもあるのです。
 改めて、こう考えてみると「ロック&ロール Rock & Roll」という言葉のもつ意味が実に奥深いことに気づかされます。
「岩のように硬く、荒々しい存在でありながら、常にころがり続けることで、それはコケや泥に覆われることもなく、新しい輝きを保ち続ける」
 まるで「禅の教え」のように奥深い意味をもつこの言葉をいったい誰が選んだのでしょう?

<もうひとつのロックのルーツ>
 なんだか硬い話になってしまいましたが、話しはさらに硬くなります。ロックという音楽が「革新的であり続けること」であり「旧体制を破壊すること」であると言われるようになったのには、その基礎となる思想がありました。もちろん、R&Bやブルースのもつアフリカン・ブラックたちの怒りのパワーがロックに大きな影響を与えたのも確かですが、それ以外にも思想的な面で大きな影響を与えた人々がいます。
 それが、このドキュメンタリー映画「ビートニク」に登場する男たち、ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・ブレイクであり、彼らをグルと仰いだビート・ジェネレーション(ビート族)と呼ばれる人々です。

<ビート・ジェネレーション>
 「beat generation」を辞書で引いてみると、こんな風に書いてあります。(研究社新英和中辞典)
「人生に望みを失い思想・音楽・空想ざんまいにふけったり異様な服装をしたりして気ままにふるまう人たち」
 しかし、ビート族の教祖的存在のアレン・ギンズバーグは、beatとは、beatitude(至福)からきている言葉であり、それは喜びの表現であると言っています。(もうひとりのヒーロー、ジャック・ケルアックの小説「路上」の中にその記述があります)
 彼らはけっして人生に望みを失っていたわけではなく、彼らが生きていた1950年代のアメリカ、戦後の何不自由ない豊かな生活に幻滅し、不満をおぼえていたということなのです。だからこそ、彼らはあらかじめ与えられた人生を自ら捨て去り、終わりのない放浪の旅に出たのです。こうして、「ドロップ・アウト」という言葉が生まれました。
 そして、そんな人々のバイブルとなったのが、ジャック・ケルアックの「路上」だったわけです。

<ビートのヒーローたち>
 1955年サンフランシスコで、ゲイの詩人アレン・ギンズバーグがポエトリー・リーディングにより、詩集「吠える」を発表しました。これが、ビートが世に登場するきっかけだったと言われています。
 その「吠える」の発表から5年ほどさかのぼった1950年代初め、アレンとは対照的な肉体派のヒーロー、ジャック・ケルアックは、親友のニール・キャサディーとともにアメリカ大陸を何度も横断しながら、小説「路上」を書き上げました。その旅は、まるであの映画「イージー・ライダー」の主人公たちのような目的のない旅でしたが、そこから彼らは「旅という思想」をつかみ取ったのです。しかし、その作品の発表のチャンスは訪れず、6年後の1957年になって初めて日の目をみることになります。そして、その時期に発表されたからこそ、「路上」はビート時代の幕開けを告げるバイブルとなり得ました。
 さらにもうひとり、彼らの仲間のひとりだった人物、ヘロイン中毒の天才ウィリアム・バロウズは、妻を殺害した後、南米をへてモロッコに住みながら、小説「裸のランチ」を発表。一躍ジャンキーたち、そしてビート族たちのカリスマ・ヒーローに祭り上げられてゆきました。
 ケルアックの「路上」は、これらビートのヒーローたちのドキュメンタリー小説であり、ビートの入門書にもなったわけです。

<本物のヒーロー、ニール・キャサディー>
 ケルアックの「路上」のもう一人の主人公、ニール・キャサディーは生き方そのものが「ビート」でした。同時代のカリスマ・リーダーのひとり、ケン・キージーはこう言っています。
「キャサディーは、あの時代の化身だった。歴史にのこる大失敗例というか。つまり、はんぱじゃなく失敗したということだ。だが、キャサディーと接触した人間は、全員があの男に影響された。・・・」

<ビートが与えた影響>
 この3人のヒーローは、それぞれまったく異なるスタイルをもちながら、脱アメリカ、脱社会というビートの基本思想を共有し、アメリカに新しい文化を発展させることになりました。しかし、それはある意味後付けの価値観だった部分もあり、50年代当時に彼らの存在は限りなくマイナーな存在でした。(実際、彼らの滅茶苦茶な生き方を知ると、彼らほど自分勝手で悪い奴らはいない?そう思えてきます)
 しかし、1960年代に入るとビートの思想はロック・ミュージシャンたち、ヒッピーたち、ニューレフトと呼ばれる左翼系の政治活動家たちにとって、なくてはならない思想基準となってゆきました。

<ビートと音楽>
 当時のビート族にとって、最もヒップな音楽はその頃絶頂期を迎えていたモダン・ジャズでした。この記録映画「ビートニク」にも、マイルス・デイビスチャーリー・パーカージョン・コルトレーンなどが登場します。
 しかし、その後ビートの思想は、ジャズではなく新しい次なる時代の音楽、ロックに対して非常に大きな影響を与えて行くことになります。特に、ボブ・ディランはいち早くその影響を受けたアーティストで、彼のイギリス・ツアーの様子などをとらえた初期のドキュメンタリー映画「Don't Look Back」を見れば彼の行動すべてがビート的であることがわかるでしょう。(彼もこの映画に登場します)

<ビート=落ちこぼれの芸術>
 「ドロップ・アウト」という言葉を生み出したビート・ジェネレーションは、自ら落ちこぼれることによって「落ちこぼれの生き方」を芸術にした人々であり、ロックというある意味「落ちこぼれ的」な音の芸術も、そこから多くの影響を受けてきました。
 しかし、音楽、小説、映画、絵画、その他、現代の芸術に多くの影響を与えたビートの文化は、アメリカの広大な風土と旅の文化から生まれた独特のものだったこともあり(それと麻薬の文化も)、日本ではほとんど知られていませんでした。でも、多くのアメリカ映画を見たり、ロックを聴いて育った日本人にとって、その文化は知らないうちに心の一部になりつつあったかもしれません。特に、海外をひとりで旅することを好む日本の若者たちは、今やアメリカ人以上にビートな人々かもしれません。

<映画「ビートニク」のポエトリー・リーダー>
 映画「ビートニク」の中でビート詩人たちの詩を朗読している俳優たちも、なかなかビートなメンバーです。
 「バートン・フィンク」、「ドゥー・ザ・ライト・シング」など、サイケでアナーキーな傑作に出演しているジョン・タトゥーロ
 まさにビート的作品だったジム・ジャームッシュ監督の精神世界のロードムービー「デッド・マン」の主役ジョニー・デップ
 そして、本物のビート族の数少ない残党のひとりであり、イージー・ライダーの生き残りのひとり、カリスマ俳優デニス・ホッパー

<現代に生き続けるビート精神>
 ビートの精神は、今やアメリカの文化だけでなく、そこから広がった世界中の文化の中に生き続けています。そう考えると、今さらビートの先人たちのことを知らなくても、どうってことはないかもしれません。しかし、改めて、この映画でビートの元祖を知ると、今さらながらアメリカという国の大きさ、重要さが理解できます。(ビートの元祖は、実はさらに昔のウディー・ガスリーのような旅するシンガーだったり、アメリカ開拓史の中の放浪者たちだったりするのですが・・・)
 アメリカという国の大量消費文化やお節介な政治手法が、僕は大嫌いなんですが、・・・それでもやっぱりアメリカに魅力を感じるのは、このビートの文化のせいなのかもしれません。

「・・・彼らは巨大な空の真下に、頼りなげに立ち、彼らのまわりのあらゆる物が消えていく。どこへ行くのか?何をするのか?-何のために?-眠ることだ。でも、このおろかしい一行は前へ進んでいた」
ジャック・ケルアック著「路上 On The Road」より

「ビートニク Beatnik」 1999年公開
(監督、製作、脚本) Chuck Workman チャック・ワークマン
(出演)ジャック・ケルアック Jack Kerouac
     アレン・ギンズバーグ Allen Ginsberg
     ウィリアム・バローズ William Burroughs
     ニール・キャサディー Neil Casady
     ジョニー・デップ Johnny Depp(ポエトリー・リーディング)
     デニス・ホッパー Dennis Hopper(ポエトリー・リーディング)
     ジョン・タトゥーロ John Turturro(ポエトリー・リーディング)
     ポール・ボウルズ Paul Bowles
     ボブ・ディラン、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、チャーリー・パーカー
     ノーマン・メイラー、フィリップ・グラス 

<参考資料>
「ビート・トゥ・ポップ from Beat to Pop」和久井光司(編)(音楽之友社)

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