「ベンジャミン・バトン 数奇な人生 The Cutiouis Case of Benjamin Button」

- デヴィッド・フィンチャーDavid Fincher -

<映画化に成功するためには>
 僕が思うに、文学作品の映画化においては、重要な成功法則があります。
 残念ながら映画化した作品が、原作の出来栄えを超えることはめったにありません。それは、ほとんどの映画は原作小説を短くまとめた総集編的な作品に仕上がっているからです。普通に映画として2時間から2時間半の枠に収めて公開するためには、長編小説は長すぎるのです。もちろん、古くは「風とともに去りぬ」のような二部構成にしたり、最近のように「ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)」や「ハリー・ポッター」のように何本かの作品に分けて映画化することが可能な場合は例外となります。しかし、それはごくごく稀なことです。そうなると、長い小説をいかにコンパクトにまとめるかが勝負の分かれ目となり、それができる職人技をもつ監督が高い評価を得ることになります。例えば、「ガープの世界」や「スローター・ハウス5」を監督したジョージ・ロイヒルは長編小説をコンパクトに映画化する手腕に関しては最高の腕をもつ存在でした。
 また、有名な小説ほど、その内容を短くしたり映画向けに変更することは難しくなります。そうなると、映画は小説の筋を追うのが精一杯になり、その時点で小説を超えることは不可能になったといえるのです。
 では、どんな作品が映画化に最適かというと、今あげた逆、「短編小説で、知名度が低い作品であること」となります。さらに興行的には、著者が無名の作家よりも有名作家の方がいいに決まっています。もちろん映画界には、世界中の小説を読み、その中に映画の原作に使えるものがないかを専門に調査している人がいます。したがって、映画化に向いた作品があれば、もうとっくに映画化されているはずです。まして、最近のアメリカ映画は、過去の名作のリメイクやジャパニメーションの実写化ばかりで、オリジナル脚本や過去の小説の映画化自体が減っています。いいネタがあれば、映画化されていないことが不思議なはずです。
 その点、スコット・フィッツジェラルドは知られざる掘り出し物の宝庫かもしれません。なぜなら、彼はゼルダという究極の浪費娘と結婚したことで、常にお金を必要とする状況にあり、そのためすぐにお金になる短編小説を書きまくりました。そのため、出来不出来のバラつきが大きく、必ずしも良いものばかりではないものの、掘り出し物はまだあるのかもしれません。

<映画化を可能にした技術>
 実は、この映画の原作は1970年代にスティーブン・スピルバーグによって映画化が企画されていました。しかし、特殊効果やメイクの問題がネックになり、計画は途中で頓挫していました。その後も、トム・クルーズが映画化の権利を入手し、自らの主演で映画化の準備を進めてこともあったそうですが、それも実現しませんでした。
 21世紀に入りデジタル技術の急速な進歩があったことで、映画化は初めて可能になったといえそうです。さらに、この映画の監督デヴィッド・フィンチャーが視覚効果畑の出身で、そうした技術に誰よりも詳しかったこともまた、この映画の成功の一因だったのでしょう。

<脚本家エリック・ロスの仕事>
 もちろん、この映画の素晴らしさは原作の良さのせいだけではなく、それを見事に脚本化した脚本家の手腕こそ讃えられるべきかもしれません。実際、この作品は原作をそのまま脚本化していたらかなり間の抜けた映画になっていたはずです。もともとこの原作自体、スコット・フィッツジェラルドの短編集「ジャズ・エイジの物語」(1922年)に収められていたものの、日本版出版の際、はずされていて、忘れられた作品でした。もちろん本作が彼の作品群の中では異色で、「ジャズ・エイジ」の作家というイメージから離れていたことから、カットされたのでしょうが、作品的にそれほどできが良くないと考えられたのも事実でしょう。それだけに、この小説を見事に映画化した最大の功績は、脚本家のエリック・ロスEric Rothにあるのかもしれません。
 エリック・ロスの実績は十分です。1994年に「フォレスト・ガンプ」でアカデミー賞脚本賞を受賞。その他にも、株取引の不正を暴いた社会派の名作「インサイダー」(1999年)、モハメド・アリの伝記映画「Ali アリ」(2001年)、スティーブン・スピルバーグ監督がミュンヘン・オリンピックでのテロ事件を描いた「ミュンヘン」(2005年)、CIA設立の歴史からアメリカの裏側を描いた実録大作「グッド・シェパード」(2006年)など、社会派の大作を中心に活躍を続けています。ハリウッドでは珍しい骨太な映画を専門とする脚本家といえるでしょう。そんな彼にとって、この映画は久しぶりに自由に脚本化を行なえる場だったのかもしれません。

<原作と映画の違い(あらすじ)>
 原作がどう映画向けに変えられたのか。そのあたりも含め、映画のあらすじを追ってみましょう。
 
 物語は2005年、ハリケーンが迫り来るニューオーリンズの病院から始まります。死期が近いことを悟った老女デイジーは娘に大切に保管してきた一冊の日記を渡し、それを読んで欲しいと頼みます。それは彼女の夫だった人物ベンジャミン・バトンの日記でした。
 日記によると、彼が生まれたのは、1918年やはりニューオーリンズの街の裕福な名家でした。ところが、生まれたとき、彼はすでに80歳を過ぎた老人で、父親(トーマス・バトン)は母親が死んでしまったこともあり、彼を老人介護施設の前に置き去りにしてしまいます。施設を管理運営する黒人夫婦は子供がいなかったこともあり、彼を自分たちの子供として育て始めます。
(小説では、彼は捨てられることはなく、家で育てられますが、家庭内で彼は冷たく扱われ不幸な人生を送ることになります)
 黒人夫婦や施設の老人たちによって、温かい環境のもとで育てられた彼は、そこで多くの死を見ながら大人になりますが、逆に彼はそこでどんどん若返ってゆきます。そして、そこで彼は施設にやってきた少女デイジーと出会います。
 若返りにより、一人前の青年になった彼は、一人で外に出るようになり、独り立ちするため、船乗りとして働き始めます。
(小説では、彼は父親の経営する会社を引き継ぎ、経営者として成功。社交界デビューを果たし、そこでモンクリーフという将軍の娘ヒルデガードと出会い結婚します)
 船乗りになり海外航路に出た彼は、そこで様々な体験をし、その途中目標を見失って悩む人妻エリザベス・アボット(ティルダ・スウィントン)と恋に落ちます。
(小説では、彼は船乗りにはならず、兵士として戦場に向かいます。そういえば同じエリック・ロスの「フォレズト・ガンプ」でも主人公は海老獲りの船に乗っていました)
 施設に戻った彼はデビーと再会し結婚。彼女は彼が若返って行くことを知りながら、いつまでも愛すると彼に言います。しかし、彼はそれがお互いにとって不幸なことと思い、ある日家を出てしまいます。
(小説では夫婦はあっさりと別れてしまいます。その後、彼は実家に戻り、そこで人知れず若返りを続け、ついにはすべての記憶を失ってしまいます)
 映画のラストは小説とは異なり、実に感動的です。このラストがあったからこそ、この作品は原作を超えたといえるのでしょう。

<デヴィッド・フィンチャー>
 この映画の監督デヴィッド・フィンチャーDavid Fincherは、1962年8月28日コロラド州デンバーで生まれました。17歳の時、スター・ウォーズ・シリーズの二作目「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」を見た彼は、映画の仕事につくことを決意したそうです。(1作目ではなく、地味ながらファンの間で人気の高い2作目というのがさすがです。1作目の成功により製作費が大幅に増えたことで、2作目の特殊効果は一気にクオリティーが上がっています)
 その後、彼は目標に近づくため、彼はジョージ・ルーカスは設立した特殊効果専門の会社ILMに就職します。そこで彼は「スター・ウォーズ/ジェダイの復讐」や「インディー・ジョーンズ/魔宮の伝説」などでマット・ペインティングを担当。映画の内側について学んだ後、独立後は演出家としてコマーシャル・フィルムやMTVの世界で活躍します。
 彼が注目されるようになったのは、ナイキやコカコーラのCF、そしてマドンナのあの有名な「Vogue」のミュージック・ビデオなどで、それらの作品が認められて、一流監督への登竜門的存在だったエイリアン・シリーズの第3作の監督に抜擢されます。
 まるで中世の修道院のような辺境の惑星でエイリアンと戦うシリーズ中、最も地味な作品「エイリアン3」は、確かにデヴィッド・フィンチャーらしい作品でした。後の彼の作品「ファイトクラブ」(1999年)のSF版のようであり、「パニック・ルーム」(2002年)のような閉ざされた空間を舞台にした出口なしの作品であり、「セブン」(1995年)や「ゾディアック」(2006年)のように暗くてオカルト的な雰囲気はどれも共通している気がします。
 そう考えると、この作品は彼にとっては、異色ともいえる爽やかでかつ美しい映画だっったといえます。彼は「セブン」や「ドラゴン・タトゥーの女」のような作品を撮る合間に、またこの映画のようにアカデミー賞を狙える作品を撮ってくれるのでしょう。僕はどちらも楽しみです。

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生 The Cutiouis Case of Benjamin Button」 2008年
(監)デヴィッド・フィンチャーDavid Fincher
(原案)エリック・ロス、ロビン・スウィコード
(原作)スコット・フィッツジェラルド(原作の短編は1922年の作)
(製)キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル、セアン・チャフィン
(脚)エリック・ロス
(撮)クラウディオ・ミランダ
(編)カーク・バクスター、アンガス・ウォール
(衣)ジャクリーン・ウェスト
(出)ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントン、ジェイソン・フレミング、ジャレッド・ハリス

 この作品は、アカデミー賞において、美術賞、メイクアップ賞、視覚効果賞を受賞しています。主演のブラッド・ピットは最優秀主演男優賞をのがしましたが、ある意味この映画の主役はメイクアップと視覚効果担当だったともいえます。SF映画やゾンビ映画以外でこれほど特殊効果が力を発揮した作品は今までなかったかもしれません。 

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