
- C・W・ニコル C.W.Nicol -
<ブライアン・ジョーンズの兄貴分>
今やコマーシャルやテレビでお馴染みになった人の良さそうなおじさんタレント?兼作家のC・W・ニコル。彼が発表した初の長編小説であると同時に、自らの青春時代をも盛り込んだ半自伝的作品。それが「ティキシィ」です。
かつて、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズが彼の弟分だったという話しを聞いたことがあります。彼のエスニック音楽好きは、アルバム「ジュジューカ」などで有名ですが、その師匠的存在がC・W・ニコルだったというのです。確かにこの本を読むと、彼の青春時代はブライアン以上にぶっ飛んだものだったことがわかります。
<ケルトの血を受け継ぐ少年>
彼が生まれたのは、1940年7月17日イギリスの南ウエールズ地方でした。謎の民族、ケルト人の血を受け継いでいます。アイルランドの人々がイギリスの圧制に苦しまされていたの同じように、かつてウエールズに住むケルト系の人々も同じ様な立場にあったといいます。そのため彼は自らのアイデンティティーを母国イギリスではなく他の土地に求めるようになりました。
14歳の時にたまたま見た極北の地に住むイヌイット族の記録映画に感動した彼はいつか必ずその土地を訪れることを決意します。(まるで日本が生んだ偉大な冒険家、星野道夫さんの少年時代とそっくりです)
<カナダへ、イヌイットの世界へ>
1957年、彼はその第一歩を踏み出します。家出をした彼は一人カナダへと旅立ったのです。そして、極北へと向かう探検隊に潜り込み、念願の極地を訪れます。その後も彼は同じ様な探検に何度も参加。しだいにイヌイットの人々との信頼関係を築き、ついには彼らの村に住み着くようになりました。こうして、彼は犬ぞりの扱い方、カヤックによる航海の仕方、そしてアザラシや鯨など海生ほ乳類の研究に没頭し、その分野における専門家の資格を得ると同時にカナダの国籍を取得します。その後、彼はカナダ政府の水産庁調査局北極生物研究所の技官として、海生生物のスペシャリストとして活躍することになります。
<アフリカへ、そして日本へ>
しかし、彼はやはり生まれながらの放浪者なのでしょうか?その後彼は極北の地から一転、アフリカへと向かいます。
1967年、エチオピアを訪れた彼は政府の野生生物保護省に勤めることになり、猟区主任管理官として、国立公園の管理にあたりました。時には密猟者との撃ち合いなど危険に満ちた生活をします。
そうかと思えば彼は日本の文化にも興味を持っていて、いつか日本へという思いもあったそうです。(それはかつて子供時代に、地元の街で空手を教えていた日本人の影響でした)そして、後に彼はついに日本を訪れ、日本語と武道の勉強を開始します。
1972年、再びカナダに戻った彼は、水産調査局淡水研究所の主任技官に就任。環境保護や石油の流出事故などへの対応の仕事に就いた後、沖縄海洋博におけるカナダ館の副館長として来日しています。
<ティキシィ誕生>
彼の作家としてのデビュー作となった「ティキシィ」は、こうして日本に住み着く前に書かれたものです。それは彼の極北における冒険の集大成として、イヌイットの人々とともに暮らした日々をもとに書かれています。彼はこの小説の構想を描いてから、なんと20年、12回の書き直しを経てついに完成させたのだそうです。多くの作家がそうであるように、彼の処女長編にはデビュー時点の彼のすべてがそそぎ込まれていたのです。
彼は20年かけて、ついにこの小説を書きげた時、なんとそのできに納得できなくなり、出来上がった原稿をすべて捨ててしまったといいます。そして、一度は自殺を考えた後、再びゼロから書き直し、最終の原稿を書き上げました。なんという執念でしょう。(見習わないと、・・・)
<白い呪術師ティキシィ>
この小説の邦題は「ティキシィ」となっていますが、原題は"
The White Shaman "「白い呪術師」となっています。作者のC・W・ニコルは、自らの魂をこの小説に込めることで、イヌイットとその世界を生き生きと描き出すことに成功すると同時に、自らが「言葉」を操る「白い呪術師」として読む者の心を捕らえることにも成功しています。
<小説「ティキシィ」の世界>
物語は、C・W・ニコル自身をモデルにしたイギリス人青年が主人公になっています。魂の居場所を求めて旅をしていた主人公は、イヌイットの生活に見せられ探検隊の助手として、極北の村を訪れます。彼はイヌイットの人々とともに生活する中で、しだいにその一員として認められ、しだいに白人社会から離れ、身も心も極北の生活へととけこんで行きます。
そんななか、彼は探検隊のリーダーであり彼の唯一の仲間だった男と対立するようになり、そのリーダーの事故死がきっかけで、一人極北の地での生活することになってしまいます。
たった一人の越冬生活は、彼の心と身体を変えてゆき、しだいに彼は大自然と語り合うことのできるシャーマン(呪術師)へと変貌をとげてゆきます。
そんな彼を見守るイヌイットのシャーマン的人物だけが、彼のことを理解できるのですが、他の誰もそのことを理解できず、物語はしだいに悲劇的な方向へと向かってゆきます。ただし、その終わり方が、本当に悲劇的なものなのか?それは読む人の見方によってかなり異なるでしょう。それは、僕にはある意味幸福な終わり方にも思えました。
<大自然とともに生きること>
氷のない海だったとはいえ、アラスカでかつてカヤックに乗ってアザラシや鯨を見たことのある僕にとって、この小説は実にリアルで刺激的でした。
「自然と溶け合いその境界線が消える瞬間を感じたことがある人間は、幸福であると同時に、人間としての生を失う危険を背負うことにもなりうる」
そんな紙一重の幸福感が存在することを教えてくれる貴重かつ危険な小説です。
この小説を読むと、あの植村直巳さんや星野道夫さんの死の瞬間の気持ちにほんのちょっとだけ近づけるかもしれません。
そして、「冒険」がしたくなるかも?さあ、あなたもパソコンを閉じて、冒険の旅に出てみませんか!どんな小さな旅でもオーケーです。旅は一歩扉を開けた瞬間から始まっているのです。
そうそう、その後彼は日本の鯨猟の歴史を収めた大作小説「勇魚」を書くために再び来日。いよいよ日本にひかれた彼は、1980年長野県の黒姫山に住み着き、作家としての活動を開始します。そして1995年、ついに日本国籍を取得。本物の日本人になって今にいたっています。
その他の作品
「風を見た少年」(講談社)
「TREE」(徳間書店)
「FOREST」(徳間書店)
「北極カラスの物語」(講談社)
「魔女の森」(講談社)
「盟約」(文芸春秋)
など
海と生命、そして旅へ
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