「天国の日々 Days of Heaven 」 1978年

- ネストル・アルメンドロス Nestor Almendros、テレンス・マリック Terrence Malick -

<至福の時を与えてくれる映画>
 映画とは、フィルムの中に一つの世界を築き上げること。それを実感させてくれ、画面の中で見る人にその世界を体験させることが映画の役目だと言えます。もちろん、そこに描かれるのは「恐怖の世界」だったり「愛の世界」だったり「エロスの世界」だったり「笑いの世界」だったりするわけです。
 もし、そこに「天国のような世界」が描かれていたとしたら、その映画は観客に夢のような幸福を与えてくれるはずです。「天国の日々」は、まさにそんな「至福の時」を感じさせてくれる素晴らしい作品です。

<正統派悲恋物語>
 ストーリーは実に単純です。男二人女一人からなる三角関係が微妙なバランスをとることで生まれた幸福に満ちた「天国の日々」、その誕生から崩壊までの物語です。ある意味最初から結末は見えているとも言える正統派の悲恋物語です。しかし、そんな単純なお話の構造にも関わらず、ミレーの絵画を思わせる美しい風景をバックに繰り広げられることで、この映画は一生忘れることのできない素晴らしい作品になりました。
 「天国の日々」は、人生のはかなさと美しさを、大自然の営みと人間を対比させながら、「映像」によって表現することで映画史に残る傑作となりました。

<美しすぎる撮影>
 アカデミー賞の最優秀撮影賞をとったのは、当然すぎる結果ですが、あまりの映像の雄弁さにもしかすると監督のテレンス・マリックは、嫉妬すら感じてしまったのではないだろうか?そんな気持ちにすらなります。
 僕はこの映画を見た後、すぐに輸入版のビデオを見つけて買ってしまいました。(この映画の日本公開はアメリカよりかなり遅かったはずなので、すでに輸入版ビデオが売っていました)僕だけでなく多くの観客がこの夢のような美しい世界を手元に置いておきたいと考えたはずです。そして、どうやってあの美しい世界を映像化したのか?その方法を知りたいと思ったのはないでしょうか。そして、僕の頭にはこの映画のカメラマン、ネストル・アルメンドロスの名が強烈に刻み込まれました。撮影がこれほど映画の出来映えに影響を与えうることに驚きました。そのおかげで、その後僕は映画を見るとき、監督、脚本だけでなく撮影の項目にも注意するようになりました。

<ネストル・アルメンドロス>
 ネストル・アルメンドロス Nestor Almendros、この特徴的な名前は、ギリシャ系の名前と思われますが、彼自身はスペイン生まれだそうです。しかし、育ったのはキューバ。そこで彼は学生時代に映画にこり始め、友人と8mmや16mmの短編映画を撮るようになりました。その後本格的に映画の道に進むことを決意した彼は、映画の本場アメリカに渡り、ニューヨーク市立大学で映画を学びました。
しかし、その頃、故郷キューバでは革命が起き、バチスタ政権が崩壊、カストロを中心とする共産主義体制が誕生しようとしていました。
 世界中の多くの若者たちがこの革命に賛同し、キューバを助けるために海を渡りましたが、ネストル青年もまたキューバの人々のために役立とうと故国に帰ります。

<ネストル、キューバからパリへ>
 キューバに帰った彼に与えられた仕事は、共産主義政権を維持し人民の社会活動意欲を高めるために作られていたプロパガンダ用のドキュメンタリー映画の制作でした。そのため、彼は来る日も来る日もカメラを回し続けることになります。しかし、どれも皆同じ様な作品ばかりであることに嫌気がさしてきた彼は、共産主義体制そのものに疑問をもつようになり、再びキューバから脱出、フランスへと渡ったのです。なぜ彼はフランスを目指したのか?それは当時フランスはヌーベルバーグの真っ最中で映画人にとって最も魅力的な土地だったからです。

<フランスからアメリカへ>
 パリの街中で行われていたヌーベルバーグの旗手、エリック・ロメール監督の撮影現場をのぞいていた時、偶然その映画のカメラマンがロメール監督と喧嘩して現場から去ってしまいました。そこで彼は自分はカメラマンなので、代わりに撮らせてもらえないかと売り込み、見事にチャンスを得ます。そして、実力を認められた彼は、その後ずっとエリック・ロメールのカメラマンとして働くことになり、他にもバルベ・シュレーデル、フランソワ・トリュフォーとも組むようになります。特に後者とは1970年代に、「野生の少年」(1970年)「アデルの恋の物語」(1975年)「緑色の部屋」(1978年)などの傑作を生み出すことになります。
 その後、彼の活躍の場は再び海の向こうアメリカへも拡がり、「天国の日々」(1978年)、「南への道」(1978年、ジャック・ニコルソン初監督作品)、「クレイマー、クレイマー」(1979年、ロバート・ベントン作品)、「ソフィーの選択」(1982年、アラン・J・パクラ)、「心みだれて」(1986年、マイク・ニコルズ)、「ニューヨーク・ストーリー第一話ライフ・レッスン」(1989年、マーティン・スコセッシ)など、数多くの傑作に関わることになったのです。

<アルメンドロス式撮影術>
 彼の撮影における最も重要なポイントは「リアリズム」なのだそうです。そのために彼はできるだけライティングを行わず、自然光のみで撮影を行うように心がけています。一般的に多くのカメラマンは出来るだけ良いルック(画面)を得ようとライティングに凝るものです。彼も最初はそうだったそうですが、B級映画界のドン、ロジャー・コーマンの元で撮影を担当した時、驚くほど短時間で撮影を終えながらも、けっして出来映えが悪くないことに気づき、それ以後考えすぎずに自然光で早撮りするやり方へと変わっていった変わったそうです。
 キューバでカメラを肩にかついで走り回っていた時の数多い野外撮影の経験が、この時大いに役に立ちました。どんな状況でも即座に対応しなければならないニュース・カメラマンとしての活動が、彼を一流のカメラマンに育ててくれたのです。そして、あの「天国の日々」の美しい撮影もまた、自然光の元で撮られたものだというのです!

<天国の風景>
 屋内のシーンでこそ、ライトが使われていますが、この映画の撮影はほとんど自然光のみでフィルターなどは一切使われていないのだそうです。
 ただし、そこにはひとつ重要なマジックが使われています。思い出して下さい。あの映画の特に美しいシーンの多くは、朝焼け、もしくは夕焼け前後に撮られているということです。特に日が沈んでからの20分、世界が最も美しく見えると言われる時間帯を「マジック・アワー」と呼びますが、この映画の重要なシーンのほとんどはこの時間帯に展開しているのです。
 しかし、それはけっして、わざとそういうストーリーにしたわけではありません。当時の貧しい農業労働者たちは、日が昇ると同時に畑に出て、日が沈むまで働かなければならなかったので、物語の多くは必然的にその前後になるはずなのです。
 彼はこの20分を技術的に5分だけのばし、その間に数多くの重要なシーンを撮るという贅沢な方法をとったのです。
 それから、あの映画の中でも特に印象的なキャンプ・ファイヤーのシーンでは、焚き火の明かりだけでは光が不足していたので、ライトの代わりにプロパンガスの炎を燃やして明かりの代わりにしました。そうすることで、炎の揺らめきも明るさも自然な様子で描き出すことができたわけです。

<監督、テレンス・マリック>
 もちろん、ここまで彼が光にこだわることができるのは、彼だけでなく監督のテレンス・マリック Terrence Malickの存在があったからでもあります。彼の求めたルックに一貫したこだわりがあったからこそ、一日の大半を準備に費やし、残りの25分間で撮影するという驚くほど非効率的な方法が行われたのです。
 いつまでも見つめていたくなるような映像に出会うということはなかなかありません。一日に25分しか撮影を行わないという撮影が許される監督は、今やごくわずかであり、そんな撮影で得られた映像をありがたがってみる観客もそう多くはないのかもしれません。しかし、わずか25分で撮られた映像の数々は、見た人の心に永遠に残ることになりました。
 1943年11月30日テキサス州ワコに生まれたテレンス・マリックはハーバード大学の哲学科卒業後、イギリスのオックスフォード大学に留学。まさに秀才だったようで、帰国後は、「ニューズウィーク」誌などでコラムなどを担当。その後、UCLAで映画技術を学ぶと、ポール・ニューマン主演の「ポケット・マネー」(1972年)の脚本を書き、1973年「地獄の逃避行」で製作、脚本、監督を担当して映画にデビュー。その美しい映像は一躍映画界の注目を集め、この作品によって一気に世界的な監督の仲間入りを果たすことになりました。
 ところが、この後彼はまったく映画を撮らなくなります。どうやらこの間彼はフランスの大学で哲学を教えていたそうです。そして、20年後の1998年彼は久々の新作「シン・レッド・ライン」を発表。ベルリン映画祭で金熊賞を受賞し、再び長い沈黙に入ってしまいました。

<追:天国の日々を求めて>
 僕は今でも時々、我が家の子供達と遊んでいる時、特に日暮れ時などに「ああ、まるで天国の日々だなあ」と思うことがあります。そして、そう思えることを神様に感謝!と祈りたくなることがあります。あなたにも、そんな「天国の日々」体験はありますか?
 すべての人が、一瞬でもそんな体験をすることができれば、世界はきっと変わるはずだと思うのですが・・・。喜名昌吉は、「すべての人の心に花を」と歌いましたが、それこそ「天国の日々」体験のことだと僕は思います。

「天国の日々 Days Of Heaven」 1978年公開
(監)(脚)テレンス・マリック Terrence Malick
(製作)  バート・シュナイダー Bert Schneider
      ハロルド・シュナイダー Harold Schneider
(撮影) ネストール・アルメンドロス Nestor Almendros
      ハスケル・ウェクスラー Haskell Wexler
(美術) ジャック・フィスク Jack Fisk
(音楽) エンニオ・モリコーネ Ennio Morricone
(出演) リチャード・ギア Richard Gere
      ブルック・アダムス Brooke Adams
      リンダ・マンズ Linda Manz
      サム・シェパード Sam Shepard
      ロバート・ウィルク Robert Wolke
      スチュアート・マーゴリン Stuart Margolin

20世紀映画劇場へ   トップページヘ