「ディビザデロ通り Divisadero」

- マイケル・オンダーチェ Michael Ondaatie -

<言葉の織物>
 「言葉の織物」といった表現がぴったりの小説です。静かに淡々と物語を綴りながら、それを少しずつ織物のように重ねてゆく手法にはため息が出てしまいます。時代という横糸と場所という縦糸が織り成す短い物語は、それぞれが素晴らしい短篇小説として完成されています。しかし、それらが織り重ねられることで、そこには新たな織り柄が見えてきます。それぞれの登場人物を運命の糸によってつなげ、時系列を無視してその人生を描き出す手法は、ちょっとわかりずらいかもしれません。しかし、初めの何編かを読んで全体像がわかってくれば、あとは極上の小説に感動するのみだと思います。
 それにしても、なぜ、異なる時代、異なる場所の物語が、こうも共通項をもつのでしょう。
 それは人それぞれのもつ共通する遺伝子のなせる技なのでしょうか?それぞれが育った環境のせいなのでしょうか?
 世の中には昔からありえない偶然が生んだ事件が数多く存在しています。証明はされてはいませんが、確率的に起こりえないような偶然の出来事が起きるのは、「偶然」が「偶然」を呼び寄せるからだと言われています。それは「意味のある偶然性」、「シンクロニシティー」(共時性)という名前をつけられ、心理学者ユングと物理学者パウリによって、本格的に科学の一分野としても取り上げられて有名になりました。
 こうした「運命」という言葉では語りきれない時と場所を越えた人と人のつながりは、そこに確かな意味が存在することを感じさせ、読者に静かな感動を与えてくれます。

<偶然性によって生み出された物語>
 著者のオンダーチェは、この物語をドラマの発端となる事件、「納屋で馬が突然暴れだし、そこにいた少女に怪我をさせる」の場面だけから書き始めたといいます。ほんのわずかのインスピレーションから始め、そこに浮かんだアイデアを書き足してゆくことにより、見事な小説を書き上げていったわけです。凄い!作者の中には、きっとそこから先の展開のイメージもあったからこそ、書き上げられたのだとは思うのですが、それこそ「才能」のなせる業なのでしょう。この小説が時間的な順番を無視してドラマが進むのも、著者が書き出した順番を重視して組み立てられているからなのかもしれません。それでも、時間軸を無視したドラマのつながりは、すべての物語が人の死によって終わりを向かえることを象徴するように、老作家の死によって終わります。この結末だけは、変えられないものだったかもしれません。

<人生もまた織物>
 この複雑な織物のような物語は、確かにちょっと難しいかもしれません。しかし、長い人生においては、誰もがこうした運命的な出来事を体験するものです。問題は、その体験に本人が気づくかどうかにあるのだと思います。「人生の織物」を体験する時、多くの人はその複雑さに眼が回ってしまうかもしれませんが、それこそが人生を体験する最大の楽しさであり喜びのはずです。
 良い小説は読者にもう一つの人生を体験させてくれるものですが、それは人生を味わうための教科書にもなりうるということでもあります。さらにこの良い小説においては、いくつもの視点から人生を体験することも可能になるのですから、まるで魔法です。この小説は、そんな小説のもつ魅力を存分に発揮した傑作といっていいでしょう。そんな小説を生み出した作者はいかなる人物か?その人生からは少しだけその魔力の生まれたわけがわかるかもしれません。

<人種の織物>
 作者のマイケル・オンダーチェ Michael Ondaatjeは、1943年にスリランカのコロンボで生まれています。彼はタミル人、シンハラ人にオランダ人の血も混じった混血の少年でした。(彼の不思議な名前はそのせいなのでしょう)まだ子供の頃、両親が離婚し、彼は母親の住むイギリス人に渡りました。しかし、イギリスの環境に馴染めなかった彼は高校を卒業した後、1962年に兄弟が暮らすカナダに移住しました。厳しい人種差別があるイギリスよりも、アメリカより差別が少ない国カナダの方が住みやすかったのかもしれません。
 その後、カナダで大学に通ううちに文学の世界に引き込まれ、詩人として活動を始めました。1967年詩集「繊細な怪物」でデビュー。その後、小説を執筆するようになります。1994年には「ビリー・ザ・キッド全仕事」でカナダ総督賞を受賞。1996年発表の「イギリス人の患者」はカナダ人として初めてブッカー賞を受賞。(ブッカー賞はイギリス連邦、アイルランドの作家が英語で書いた小説が対象)さらにこの小説は映画化もされ(邦題「イングリッシュ・ペイシェント」)、アカデミー賞の作品賞、監督賞など9部門を獲得する快挙を成し遂げています。
 音楽ファンの僕としては、2000年発表の「バディ・ボールデンを覚えているか」も読んでみたい作品です。ジャズ創世記のニューオーリンズを代表するミュージシャン、バディ・ボールデンはまだレコードが普及していない時代に生きたアーティストだったため、その存在は伝説となっているだけに大いに気になります。
 混血で移住を繰り返し、早くに親を失った彼の人生は、この小説の登場人物たちとの深い共通性を感じさせます。しかし、そうした人生経験だけでは、この素晴らしい小説を生み出す能力が生まれるとは限りません。やっぱり才能なのではないでしょうか?
 「名もなき人たちのテーブル The Cat's Tanble」(2011年)も良かったです。この小説は、彼がかつて船でイギリスに渡った時の体験をもとに作り上げたフィクションですが。ロマンチックかつドラマチックでノスタルジックな素敵な作品です。

<あらすじ>
 カリフォルニアの片田舎に住む父と二人の娘。ひとりは実の娘アンナで、もうひとりは養女クレア。母親は娘を産み落としこの世を去っていました。ある日、父親は家族を殺された近所に住む孤児クープを働き手として雇うことにしました。家族は農家を営みながら細々と生活し、それなりに静かな日々が続きました。しかし、ある嵐の夜、実の娘アンナと息子同然だったクープが愛し合う姿を見てしまった父親は、我を忘れてクープに殴りかかり半殺しにしてしまいます。この事件によって家族はバラバラになり、それぞれ異なる人生を歩みだすことになりました。
 その後、養女クレアは弁護士の助手としてカリフォルニアで生活し、父親の面倒をみるために週末になると実家に帰る生活を続けていました。
 事件の夜、クレアに助けられたクープは、家を出た後、手先の器用さをいかしギャンブラーとして生計をたてながら荒んだ生活をし、ある時クレアと偶然出会います。
 父親を恨み家を出たアンナは、近代ヨーロッパ文学の研究者となり、フランスに渡ります。そこで謎めいたジプシーの青年ラファエルと愛し合うようになり、生まれて初めて過去の出来事を語り始めます。
 この後、物語は過去へとさかのぼり始めます。ラファエルの生い立ち、アンナが研究する幻の作家の生い立ちと恋の物語、その人生の終わりまでが語られてゆきます。
 しかし、バラバラに生きていたはずの家族、そしてフランス人作家とジプシーたちの過去の物語には偶然とは思えない運命的な共通性が描かれてゆきます。

「ディビザデロ通り Divisadero」 2007年発表
マイケル・オンダーチェ Michael Ondaatie
松村潔(訳)
新潮社

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