「イングランド・イングランド England,England 」

- ジュリアン・バーンズ Julian Barnes -

<英国的なるもの>
 ビートルズ、シェイクスピア、ジョージ・オーウェル、XTCピーター・ガブリエル、モンティ・パイソン、シャーロック・ホームズ、H・G・ウェルズ、BBC放送、J・R・R・トールキンヒッチコックチャップリンT・E・ロレンス、「不思議の国のアリス」、キンクス、J・M・W・ターナー、ジャック・ロンドン、アラン・シリトー、アレック・ギネス、アーサー・C・クラーク、アンソニー・ホプキンス、ビアトリクス・ポター・・・etc.
 すべてに共通するのは、「英国生まれで英国的であり続けるアーティストもしくはその創造物」です。
「冒険好き」でありながら、けっして能天気ではなく、皮肉屋でブラックなユーモアが好き。そして、心の奥には「闇」を抱え、時に悲劇的な最後を迎えることになる。それはある意味アメリカ人の対極に位置する人物かもしれません。映画も、イギリス映画とハリウッド映画の違いは明らかです。あなたは親米派ですか、親英派ですか?もし、親英派で「英国大好き!」という方は、この小説、絶対にお奨めです!
 誰よりも英国的なイギリス人作家が書いた英国LOVE小説は自国に対する自虐的な愛情も満載ですから、ブラック・ユーモア好きのあなたにも受けること間違いなしです。今や、遥かな過去のものになりつつある大英帝国の栄光、それを再現し保存することで巨大な「英国なるもの」のテーマ・パークを作ろうという発想がまず笑えます。だって、英国という地味な国ほど、テーマ・パークと相容れないものはないからです。
 英国と聞いて思い浮かぶイメージといえば、「質素な食事」「ブラックなユーモア」「雨と霧」「紳士気取りの風土」など、どう考えても明るく居心地の良いテーマ・パークからかけ離れたものばかりです。この本の中で市場調査の結果として書かれている英国らしいものベスト50にもこんなのがあります。
4位「階級制度」12位「紳士気取り」21位「感情の抑制」31位「偽善」33位「背信/信頼できない」35位「ホモセクシュアル」49位「洗濯嫌い/汚れた下着」・・・やはりあまり居心地のよいところには思えません。「テーマ・パーク」と「英国」それは「水と油」なみに違和感のある組み合わせです。そんなあり得ない組み合わせを実現し、リアリティーをもたせるとは、「創造力」とはなんと凄い力をもっているのでしょうか!
 それにしても読者にこのあり得ないプロジェクトを説得力ある形で実現するには、類稀な知識と記述力、構成力、そしてなによりも深い英国に対する愛情が必要とされるはずです。そして、この小説の作者ジュリアン・バーンズこそ、その条件を満たす数少ない作家といえます。

<ジュリアン・バーンズ>
 ジュリアン・バーンズは、1946年1月19日イングランドのレスターで生まれています。ロンドンのパブリック・スクールで教育を受けたロンドン子で名門のオックスフォード大学では現代言語を専攻。卒業後は言語学の専門家として「オックスフォード英語辞典」の編纂執筆に3年間参加。「指輪物語」で有名なJ・R・トールキンと同じような本格的な学究派の作家といえるでしょう。その後、彼は書評やテレビ番組の批評などの執筆した後、小説家の道を歩み始めました。
 彼の著書の中でも「フロベールの鸚鵡」(1984年)、本書「イングランド・イングランド」(1998年)、「アーサー&ジョージ」(2006年)の3冊は、英語文学界最高峰の賞のひとつブッカー賞にノミネートされています。(それでもとれないのですから、いかに大変な賞かともいえます・・・・)それと「10・1/2章で書かれた世界の歴史」もお奨めです。
 20世紀末の英国文学を代表する最も英国的な作家による英国への皮肉混じりの愛情表現は、可笑しくもあり、悲しくもありますが、最後には「英国的」という枠組を越えて、すべての人の心にある故郷への懐かしい思い出をよみがえらせてくれるはずです。

<「イングランド・イングランド」>
 この小説は、第一章「イングランド」、第二章「イングランド・イングランド」第三章「アングリア」という三章から構成されています。そして、この三章はそのまま「過去」「現在」「未来」にも対応してもいます。主人公のマーサの失われた父親への思いを古き良きイングランドのイメージとして描いているのが第一章。第二章では、もうひとりの主人公サー・ジャックによる巨大テーマ・パーク「イングランド・イングランド」の計画と建設、そしてそのスタートが描かれています。特にこの章はそのスケールの大きさとブラックな展開で読者をたっぷりと楽しませてくれるはずです。それにしても、どう考えてもあり得ないはずの英国王室までもが、まさかの移住を行ってしまうとは・・・・・!
 この章を映画化できたら、本当に楽しいでしょう。出演陣は、ショーン・コネリー、アンソニー・ホプキンス、エドワード・フォックス、アルバート・フィニー、ロバート・カーライル、テレンス・スタンプ・・・彼らにロビン・フッド、チャーチル、シェークスピア、、シャーロック・ホームズ、ドレイク船長など英国を代表するキャラクターたちを演じてもらえたら最高に贅沢な映画になることでしょう。しかし、これが「アバター」や「20世紀少年」のように大ヒットするとは思えません。マニアックすぎて映画化はされないでしょう。だからこそ、読者はそれぞれ頭の中で自分なりのオールスター・キャストによる「イングランド・イングランド」を楽しんでいただければと思います。(想像力って本当に素晴らしいものです!)
 これほど映画化が困難な小説も珍しいでしょう。ここまでやれば、小説というジャンルもまだまだ生き残ってゆけるに違いありません。ただし、映画化されてヒットした方が小説は売れるのですが、・・・でもそれじゃあね。「映画」を意識した「小説」には、自ずとそこにある種の枠組みが生まれてくるはずです。それが小説にとって良いこととは思えないのです。

<「アングリア」という未来世界>
 この小説は、第二章まででも十分に楽しめる作品です。しかし、そこに第三章「アングリア」が加えられたことで、この小説は単なる渇いたブラック・ユーモア小説から味わいのある感動的な作品へと歩みだすことに成功しています。「イングランド・イングランド」という「偽者のイングランド」が大成功をおさめて行く中で本物のイングランドは、どんどんその国力を失ってゆき、ついには国家体制が崩壊してしまいます。過去の栄光や国家の資産をすべて失った中、経済破綻した国がゼロから国の再生を目指すのは、21世紀に起きた金融業界の破綻が生み出したアイルランドの国家的破綻を思わせます。(アメリカもほとんどそれに近い状況ですが・・・・・)そして、国名を「アングリア」と変えた旧イングランドは他の国々とはまったく異なる道を歩みだします。
 その後、主人公のマーサは、世界中を旅した後故国アングリアで暮らすようになります。彼女の心の奥にあったイングランドもしくは父親との思い出をよみがえらせます。もう、かつてのように世界進出を目指すこともない経済後進国「アングリア」は、彼女にとってやっと住み心地の良い国になったのでしょうか?
 最後の章で著者は再び小説の初めにもどり、「思い出」とは?「幸せ」とは?という人生の究極の問いかけにもどってきます。それはまるで、もう一度「アングリア」を過去とする歴史の物語りがループを描くように始まるようにも思えるラストです。
 お馬鹿なホラ話のようでいて、最後には読者の心をイングランドを離れさせ、それぞれの思い出の世界へと誘ってしまうこの小説は、ジュリアン・バーンズの最高傑作かもしれません。

<あらすじ>
幼い頃、両親の離婚により父親を失ったマーサは、いつしか皮肉屋ですべてのことを達観する大人になり独身のキャリア・ウーマンとして40代を迎えていました。その冷徹な生き方どうりやり手のコンサルタントとなった彼女は、ある巨大プロジェクトに参加することになりました。その巨大プロジェクトとは、英国の観光地や魅力ある生活、文化をすべて集めたテーマ・パーク「イングランド・イングランド」の建設計画でした。
 その後、彼女はプロジェクトの同僚ポールと意気投合、愛し合うようになりますが、プロジェクトの発案者であり、すべてを仕切る大富豪サー・ジャク・ピットマンは二人の関係を快く思わず、計画に対して批判的だった二人を首にしようとします。
 ところが、二人は逆にサー・ジャックの驚くべきスキャンダル情報をつかみ、それをネタにプロジェクトの指導者の地位を奪ってしまいます。ついに「イングランド・イングランド」は完成し、予想以上の成功をおさめます。しかし、完璧にみえたテーマ・パークにはいつしかほころびが、そして二人の関係が冷めたころ、サー・ジャックの逆襲が始まります。・・・・・。

「イングランド・イングランド England,England」 1998年
ジュリアン・バーンズ Julian Barnes(著)
吉草秀子(訳)
東京創元社

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