
- エタ・ジェームス Etta James -
<R&B界の大御所>
エタ・ジェイムスは白人による黒人音楽レーベルの草分け「チェス・レコード」の黄金時代を支えた黒人R&B歌手です。この時代の彼女の活躍は、2008年公開の映画「キャデラック・レコード」で見ることができます。しかし、彼女の活躍は、パワフルなR&B歌手としてだけではありません。デビュー当初はジャジーなヴォーカリストとして活躍し、最近もまたビリー・ホリデイのカバー・アルバムを発表するなど再びジャズ色を強めています。アーティストとしても、彼女は20世紀の終わりに再び黄金時代ともいえる活躍期を迎えることになりました。21世紀にはいっても活躍を続けたR&B界の大御所エタ・ジェイムスの人生を振り返ってみたいと思います。
<生い立ち>
エタ・ジェイムスは1938年1月25日、カリフォルニア州のロサンゼルスに生まれています。父親がイタリア人で母親がアフロ・アメリカンということで、肌の色はかなり白い混血の少女でした。(もちろん、どんなに色が白くても黒人は黒人として差別されることに変わりはありませんでした)父親が早くに離れていったせいで、祖父母によって育てられた彼女は、バプテスト派の教会に通いゴスペル・クワイヤーに参加。その頃から彼女の歌唱力はずば抜けていたそうです。
12歳の時、彼女は母親とともにサンフランシスコに引越し、そこで友人たちと共にコーラス・グループを結成。R&Bの元祖とも言われる黒人ジャンプ・ブルースバンドのリーダー、ジョニー・オーティスが泊まっているホテルに押しかけた彼女は、見事売り込みに成功。彼の紹介を得てロサンゼルスのレーベル「モダン」と契約した彼女は、14歳でミュージシャン人生をスタートさせることになりました。
1955年、彼女が発表した「The Wallflower」はR&Bチャートのトップにいきなり輝き、続く「Good
Rockin' Daddy」も同チャート6位のヒットなり、彼女は一躍スターの仲間入りをしてしまいます。しかし、彼女の黄金時代ともいえる時期は、この後彼女が1960年にチェス・レコードと契約してからのことになります。
<チェスでの活躍>
1961年、チェスでのシングル「At Last」はR&Bチャート2位となり、彼女にとっての代表曲となります。この曲は、2008年の映画「キャデラック・レコード」でも使用され、再び脚光を浴びましたが、2010年に行なわれたオバマ大統領の就任記念祝賀パーティーでは、大統領夫妻のダンス音楽に用いられ、さらにその名が知られることになりました。ただし、この曲を発表した当時の彼女の音楽は、パワフルなR&Bスタイルというよりは、ジャジーなポップ・スタイルに近いものでした。それは、彼女のレコードを発売していたのが、チェス傘下のジャズ系レーベル「アーゴ」だったことからもわかります。
しかし、彼女のパワフルな歌唱はすでにライブでは発揮されていて、1964年発表のライブ・アルバム「Rocks
The House」では、彼女のR&Bスタイルのヴォーカルを聴くことができます。彼女もまた時代の変化に合わせるようにR&Bスタイルへと移行しつつあったのでしょう。その後、同じチェス傘下のレーベル「カデット」へと移籍した彼女は、当時一大ブームを巻き起こしていたサザン・ソウルの聖地マッスルショールズ・スタジオでの録音を行ないます。こうして、彼女のR&Bナンバーの傑作「Tell
Mama」や「I' Rather Go Blind」などの曲が生まれました。
<チェス崩壊以降>
しかし、R&Bブームの終わりにより、チェス・レコードもまた下り坂を転がり落ち始めます。一時は、ローリング・ストーンズまでもが所属していたチェスも、大手レコード会社の攻勢によって次第に経営が悪化。1976年、ついに倒産に追い込まれてしまいました。チェスの終わりは、彼女の人生の曲がり角となります。その後、しばらく彼女はレコード会社を渡り歩きながら活動を続けますが、一時期のような活躍とはほど遠いものでした。
しかし、1980年代後半になり、彼女は再び勢いを取り戻します。1986年録音のエディ・ヴィンソンと共演したライブ・アルバム「The
Last Show」や1988年にマッスルショールズのミュージシャンたちと再共演した7年ぶりのスタジオ録音作「Seven
Year Itch」では、その復活をアピール。アトランティック・レコードの大物プロデューサー、ジェリー・ウェクスラーを迎えた力強いR&Bアルバム「The
Right Time」(1992年)と次々に話題作を発表。
1994年、さらに彼女は新たなスタイルにも挑戦します。ビリー・ホリディのカバー・アルバム「Mystery Lady」では、本格的なジャズ・ヴォーカルを披露し、グラミー賞のジャズ・ヴォーカル賞を獲得しています。
21世紀に入ってもなお、彼女は、2003年アルバム「Let's
Roll」 2004年アルバム「Blues To The
Bone」と連続してグラミー賞のブルース部門を受賞するなど、第二の黄金時代を迎えたと言えそうです。(グラミー賞公式サイトより)
<苦悩の人生>
山あり谷ありの彼女のアーティスト人生の裏には、さらに大きな苦悩がありました。60年代に活躍した多くのアーティストがそうだったように、彼女もまた麻薬依存に苦しんでいます。一時は、麻薬依存から脱却するために施設にも入所するなど、歌手人生の危機に追い込まれたこともありました。
さらに1990年代に入ると、麻薬依存症からの回復の反動もあったのでしょう、異常な肥満に悩まされます。一時期は、車椅子に乗ってステージに上がるなど、歩くことすら困難になりました。それでも、2003年に胃のバイパス手術を行なうなどして体重を90キロも落とすことに成功。再び本格的な歌手活動を開始しています。
数々の苦悩を乗り越えて見事に21世紀まで生き残った数少ないR&Bアーティストとして、彼女は今後もリスペクトを受け続けることでしょう。
<代表作>
「Rocks The House」(1963年)
1963年ナッシュビルのニュー・イーラ・クラブで行なわれたライブの録音盤。「Something
Got A Hold On Me」「Baby What You Want Me
To Do」など、若かりしエタの力強いシャウトが聞けると同時に、若かりしデヴィッド・T・ウォーカー(ギタリスト、プロデューサー)の演奏も聴くことができます。
「The Late Show」(1986年)
1986年、ロサンゼルスのマリアズ・メモリー・インで行なわれたエディ・ヴィンソンとの共演ライブを録音した作品。ジャック・マクダフ、シュギー・オーティス、ポール・ハンフリーらをバックに勢いを取り戻した彼女のパワフルな歌声を聴くことができます。収録曲は、「Sweet
Little Angel」「I'd Rather Go Blind」「Baby
What You Want Me To Do ?」などです。
「ミステリー・レディ Mystery Lady」(1994年)
ビリー・ホリディの名曲をカバーしたトリビュート・アルバム。シダー・ウォルトンのピアノやレッド・ホロウェイのテナー・サックスをバックに彼女がそれまでとは異なるジャジーな歌唱を披露。この作品で彼女はグラミー賞のジャズ部門の最優秀女性ヴォーカルに選ばれています。収録曲は、「Lover
Man」「You've Changed」「Don't Explain」などです。
「グレイテスト・アメリカン・ソングブック Love
Songs」(2009年)
アメリカの歴史に残るスタンダード・ナンバーの数々を歌った作品集。彼女の代表曲「At
Last」も1960年のオリジナル・ヴァージョンで収録。ジャズのスタンダード「ボディ・アンド・ソウル」や「ナイト・アンド・デイ」からR&Bの大御所オーティス・レディングの「I've Been Lovin' You To Long」や「Try
A Little Tenderness」なども収めています。
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