「さらば、わが愛/覇王別姫」 1993年

- チェン・カイコー 陳凱歌 ,レスリー・チャン 張國榮 -

<「さらば、わが愛」と中国史>
 この年、中国映画の「さらば、わが愛/覇王別姫」がカンヌ映画祭で見事グランプリを獲得しました。この作品は中国を代表する大物監督チェン・カイコー(陳画凱歌)の代表作であり、1924年から1977年にかけての中国の変遷を北京を舞台にして描き出した歴史大河ドラマでもあります。しかし、こうした中国の歴史ドラマをより深く理解するにはある程度中国の近代史を知る必要があるでしょう。未だに政府による検閲が厳しく行われている中国では過去のどの時代に作られた映画にも、当時の権力や政策に対する批判や疑問が隠されている場合が多く、そこまで理解しようとするなら中国の現代史抜きには読み解くことができないのです。
 そんなわけで、この映画の監督チェン・カイコーの人生を振り返りながら中国の現代史を少しだけ勉強してみたいと思います。(参考にさせていただいたのは、佐藤忠男著「中国映画の100年史」です。素晴らしい本です。中国、中国映画に興味のある方は是非ご一読下さい!)

<チェン・カイコー>
 チェン・カイコー(陳凱歌)は、1952年8月12日北京で生まれています。父親は映画監督で母親が脚本の編集者という映画一家のもとで育てられた彼は1978年北京電影学院の監督科に入学して、映画監督への道を歩み始めています。これだけだと、彼が順調に育てられたサラブレッドのような存在のように思えるかもしれません。しかし、そこに至るまでの彼の人生には大きなまわり道がありました。それは1965年毛沢東によって始められた文化大革命によるものでした。

<文化大革命>
 中国の最高指導者となった毛沢東はプロレタリアート(労働者)によるさらなる革命を目指し、中学生や高校生などの若者に対し、学校で知識を得ることよりも労働者として農村などで働くことを求めました。こうして、あの有名な文化大革命が始まります。都市部の若者たちの多くが次々に「紅衛兵」として地方の農村へと向かわされ、そこで農業改革の先兵として働かされることになりました。(こうした方策は「下放」と呼ばれていました)その間、プロレタリアートの対極に位置する知識人は批判の対象となり、中国南部雲南省のゴム農園で働いていた彼も当時は知識階級を代表する存在である父親に対する反発と国家への忠誠心に燃えていたといいます。(毛沢東の妻であり元人気女優だった江青がかつての自分を知る映画人を嫌ったため、映画界に対する批判は特に厳しいものがあったと言われています)
 しかし、1976年の毛沢東の死去により、この文化大革命は突然終わりを迎えます。さらに毛沢東の後継者となった江青ら五人組が政界から追放されると、ようやく中国は民主化の時代を迎えることになります。ケ小平氏が中国の最高指導者の地位についたのが、この時です。そして、それまでほとんど洗脳状態にあり、教育の機会を奪われていたチェン・カイコーのような若者たちの多くは自分たちの生きる目標を見失い途方にくれてしまうことになりました。彼らは自分たちが無批判に指導者の言葉を信じていたことに対する反省から新たなスタートを切ることになりました。

<「黄色い大地」から>
 北京に戻った彼は、消え去りかけていた映画の現場に即戦力として呼び戻されることになりました。映画学校在学中もテレビ・ドラマの助監督として働いていた彼は卒業後、すぐに北京映画製作所に配属されます。そして、1984年早くも彼は映画監督としてデビューすることになりました。するとそのデビュー作「黄色い大地」は、初監督でありながら、一躍世界の注目を集めることになります。(僕もこの作品から中国映画を見るようになったのですが、この作品はロカルノ映画祭において見事銀賞を受賞しています)
 「黄色い大地」は、日中戦争中に八路軍(共産勢力側の妻)によって、田舎の村に派遣された文化工作員と村人の交流を描いた作品です。
 各地に残る民謡を記録し残すためにやって来たその青年は、共産主義についての宣伝をすることもなく、黙って村人の歌を聞き続け、しだいに村人たちとの間に信頼関係が生まれてくるという物語でした。文革が終っていたとはいえ、厳しい検閲が行われていた中国で共産党を批判しているともとられかねない内容の作品が撮られていたことだけでも、海外の批評家たちは驚かされたのですが、それ以上にリアリズムに徹した村人たちの描き方と美しいカメラに誰もが驚かされました。この美しい撮影を担当したのは、この後「紅いコーリャン」で世界中に衝撃を与えることになるチャン・イーモウでした。
 このチャン・イーモウと「青い凧」(1993年)のティエン・チュワン・チュワン(田荘荘)、そしてチェン・カイコーらの「紅衛兵」世代の監督たちは、「第五世代」の監督と呼ばれ、彼らは中国映画の復興と世界的評価の土台を作ることになります。ただ、そう簡単に中国で自由な表現が可能になるわけはなく、1989年の天安門事件前後に再び揺り戻しの時期を迎えるなど不安定さは続きます。彼らの映画はそうした時代の変化を映し出しつつ、自由化、民主化の流れや海外の映画からの影響のもとで変化し続けます。そして、いつどのように政治の方向が変わるかがわからないだけに、彼は常に明日への不安も抱えながら作品を撮り続けることになります。
「大閲兵」
 1985年発表の「大閲兵」は建国記念日に天安門広場で行進を行うために編成された人民解放軍のある部隊の訓練を描いた作品です。当然、そうした行進の訓練は、いかに個人を集団の中の歯車に変えるか、という批判的な描き方も必要になるだけに、この作品は当初検閲により上映が止められたそうです。(モントリオール映画祭審査委員特別賞受賞)
「子供たちの王様」
 1987年公開の「子供たちの王様」もまた問題作でした。物語は文化大革命の時代。田舎の小学校に派遣された青年が教師として奮闘する姿を描いています。一冊しかない教科書を子供たちに憶えさせるよう指示された彼ですが、子供たちは全員文字が読めないことがわかり、ならばと彼は文字を憶えさせ始めます。
 ところが、そうした彼の授業は党の方針に反するとして、彼は首になってしまいます。彼は子供たちに、これからは本を丸暗記するだけではダメだぞ、と言い残して去って行きます。この教師の思いは、まさに彼ら「第五世代」の監督たちに共通する思いでした。
「人生は琴の弦のように」
 1991年の「人生は琴の弦のように」は、前作までの作品よりさらに奥の深い内容の作品です。主人公は盲目の楽士で、ひとりは年老いた師匠、もうひとりは彼の若い弟子。映画はこの二人の旅を寓話のように描いてゆきます。世界を目で見ることができないことの愚かさと悲しさ、しかし、見ることができないからこそ生まれうる超常的な力、この二つの対比を文化大革命時代の中国に見ることは可能かもしれません。そして、現代人すべてに当てはめることも可能でしょう。

<「さらば、わが愛/覇王別姫」>
 1993年、いよいよ彼は「「さらば、わが愛/覇王別姫」を発表しますが、この作品はそれまでの作品とはかなり異なる内容でした。先ず、この映画は香港のプロデューサーからの提案がもとで生まれた中国と香港による合作的な作品でした。そのため、メッセージ性がいつも高い彼のそれまでの作品に比べ、どちらかというと正統派のメロドラマに近いものとなっていて娯楽性の高いものとなりました。主演俳優も、チャン・イーモウの作品で一躍世界的な女優の仲間入りを果たしたコン・リーと香港映画界を代表するスター、レスリー・チャンの共演ということだけでも十分に海外メディアの注目を集めるのには十分でした。
 前述の「中国映画の100年」(佐藤忠男著)にこんな記述があります。
「メロドラマが最も必要とするのは、民族の運命にかかわるような波乱に富んだ時代背景とその時代の波乱によって繰り返し引き裂かれながら愛し合うことを止めない恋人たちの存在である。『風と共に去りぬ』や『哀愁』から『君の名は』まで、模範的なメロドラマはたいていこの二つの条件を備えている。・・・・・・」

 この映画もまさにそうした歴史のうねりの中で翻弄される恋人たちの苦難を描いたものです。しかし、ひとつ大きく違うのは、主人公が同性愛者もしくはバイセクシャルであることです。そのため、恋人たちは男二人と女一人という三角関係を形作り、ドラマをより複雑かつ悲劇的なものとしています。
 この同性愛という設定には芝居の世界ならではの理由がありました。主人公の程(レスリー・チャン)は京劇の女形として育てられた人気役者。相手役の段(チャン・ファンイー)は男っぽい演技で人気の俳優でしたが、長きに渡り恋人同士を演じているうちに、いつしか愛し合う間柄となっていました。しかし、その関係が深くなりすぎてはいけないと考えた段はあえて高級娼婦の菊仙(コン・りー)と結婚してしまいます。こうして生まれた三角関係が1920年代の右派国民党政権時代、日中戦争から始まる日本からの侵略を受けていた時代、戦後の共産党勢力・国民党勢力の内戦時代、毛沢東を中心とする共産党勢力誕生の時代、文化大革命による混乱の時代、そして毛沢東の死による民主化の時代へと変わる中でどうなってゆくのか?まさにメロドラマの王道です。

<レスリー・チャン>
 この作品で悲劇の女形を演じたレスリー・チャンについても記しておく必要があるでしょう。
 1956年9月12日に香港で生まれたレスリー・チャンは、アパレル業界の大物である父親の10人目の子として裕福な家庭で育てられました。1969年イギリスに留学した彼はテキスタイルをリーズ大学で学びましたが父親が倒れたため急遽帰国。1976年いろいろな職業を転々とした後、彼は友人とテレビの歌謡コンテストに出場。ロックンロール黄金時代の終わりを歌ったドン・マクリーンの名曲「アメリカン・パイ」をカバーして見事に準優勝。歌手としてデビューすることになりました。当初は不遇時代が続きましたが、1983年山口百恵の「さよならの向こう側」をカバーして「風継続吹」として歌うと大ヒットとなり、一躍スターの仲間入りを果たします。しかし、ライバル・アーティストとの確執など、スターであるが故のトラブルに嫌気がさした彼は人気の絶頂にありながら1989年あっさりと歌手を引退してしまい、カナダへと移住してしまいました。
 しかし、半年後、再び彼は香港に戻ると今度は俳優として本格的な活動に入ります。もともとアイドル映画で活躍後、「男たちの挽歌/英雄本色」(1986年)や「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」(1987年)などのヒット作に出演していた彼は一気に名優としての評価を獲得します。代表作となったウォン・カーウェイの「欲望の翼」(1990年)では香港アカデミー賞の主演男優賞を獲得。その後は歌手としての活動を再開、監督としてもデビューするなど、活躍の場を広げて行きました。ところが、2003年4月1日、彼は香港の高級ホテルから飛び降り自殺を遂げてしまいます。享年46歳。あまりの突然の死に多くのファンが衝撃を受けました。その死の理由は謎とされています。
 彼は生前、自分がバイセクシャルであると言ったことがあるそうです。そう考えると、この映画に賭けた彼の思いがいかに強かったかがわかります。

<チェン・カイコーのその後>
 チェン・カイコーは、この映画で世界的な評価を獲得しその後、さらなる表現の自由を求めてアメリカに移住、国籍をアメリカに移して初のアメリカ映画「キリング・ミー・ソフトリー」を撮るもののハリウッドのシステムや題材に馴染めなかったのか失敗してしまいます。その反省からか再び中国に戻って歴史娯楽アクション大作「始皇帝暗殺」を撮り見事に大ヒットさせました。(この映画は日中合作映画)かつて、中国における文革の先頭を歩かされてしまったという悔しい思いからスタートした彼の人生は、その正反対に位置するアメリカへと国籍を移すことで、より自由な活動ができるように自らの立ち位置を確保したといえるのかもしれません。
 常に政治の大きな変化に合わせなければならなかった中国映画界。しかし、アメリカ以上に世界に影響力をもようになった今、中国映画もまた世界に大きな影響を与えるようになるでしょう。しかし、かつて中国の大衆文化を体験する中から素晴らしい映画を生み出した第五世代の監督たちの時代は終わりを迎え、次なる時代が来るでしょう。それがどんな作品となるのか、大いに楽しみです。

「さらば、わが愛/覇王別姫(はおうべっき)」 1993年公開
(監)チェン・カイコー
(製)シュー・ビン、シュー・チエ
(製総)タン・チュンニェン、シュー・フォン
(脚)(原)リー・ピクヮー
(撮)クーう・チャンウェイ
(音)チャオ・チーピン
(出)レスリー・チャン、コン・リー、チャン・フォンイー、グォ・ヨウ

<あらすじ>
 程(レスリー・チャン)は貧しかったゆえに小さな頃に劇団にあずけられ京劇の女形として早くから修行を積んでいました。しかし、なかなか女形という特殊な役どころに馴染めずに苦労していました。それに比べ、幼い頃から芝居を一緒にしてきた段(チャン・ファンイー)は、どうどうとした男役として程の相手役を勤めていました。そんな彼を程は女形として一人前になるにつれて愛するようになり始めます。女形として一流になることは自らの心をも女性的に変えてゆくことでもあったのです。そんな程の愛を知った段もまたしだいに程を愛するようになりますが、プロフェッショナルでなければならないという思いから、あえて彼は高級娼婦の菊仙(コン・リー)と結婚することを選択します。こうして、男二人と女一人の不思議な三角関係が誕生します。しかし、時代の荒波は彼らに試練を与えます。日本に占領されていた時代、日本軍のために踊った彼は終戦後、そのために漢奸と呼ばれ裏切り者扱いされてしまいます。
 そして、文化大革命の時代、紅衛兵からの厳しいつるし上げを受けた段は程と妻の菊仙を裏切ってしまいます。そのために菊仙は自殺に追い込まれてしまいました。文革が終り、再び二人は舞台で十八番の演目「覇王別姫」を踊ることができるようになります。しかし、程はこの時、芝居のストーリーどうり自らの命を絶つ決意を固めていたのでした。



ミラマックス社がディズニー傘下となり、独立系作品の配給で活躍

「青いパパイヤの香り」(監)(脚)トラン・アン・ユン(カンヌ映画祭カメラ・ドール受賞のベトナム映画)
「戯夢人生」(監)ホウ・シャオシェン(主)リー・ティエンルー(カンヌ映画祭審査員賞受賞)
「ギルバート・グレイプ」(監)ラッセ・ハルストレム(原)(脚)ピーター・ヘッジス(撮)スヴェン・ニクベスト(出)ジョニー・デップ、レオナルド・ディカプリオ
「さらば、わが愛/覇王別姫」(監)チェン・カイコー(主)レスリー・チャン(カンヌ映画祭パルム・ドール、国際批評家連盟賞受賞)
「ジュラシック・パークJurassic Park」(監)スティーブン・スピルバーグ(音)John Williams
「ショート・カッツ」(監)ロバート・アルトマン(出)アンディ・マクダウェル、ブルース・デイヴィソン(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「シンドラーのリストSchindler's List」(音)John Williams アカデミー作曲賞(ユダヤ系スピルバーグ入魂の作品、アカデミー作品賞、監督賞も受賞)
「TINA ティナ What's Love Got to Do With It」(監)ブライアン・ギブソン(ティナ・ターナーの自伝の映画化)(出)アンジェラ・バセット、ローレンス・フィッシュバーン
テルミンTheremin」(監)スティーブン・M・マーティン(音)Hal Willner(天才発明家による不思議な楽器の物語)
「逃亡者 The Fugitive」(監)アンドリュー・デイヴィス(音)James Newton Haward (ヒット・テレビ・シリーズの映画化、トミー・リー・ジョーンズがアカデミー助演男優賞
「時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!」(監)ヴィム・ベンダース(主)オットー・ザンダー、ピーター・フォーク(「ベルリン天使の詩」の続編、カンヌ映画祭グランプリ受賞)
「トリコロール/青の愛」(監)クシシュトフ・キエシロフスキー(出)ジュリエット・ビノシュ(ヴェネチア映画祭金獅子賞、女優賞、撮影賞
「日の名残りThe Remains of the Day」(音)Richard Robins(出)アンソニー・ホプキンス(原)カズオ・イシグロ (ジェームス・アイヴォリー監督作品)
「ネイキッド」(監)(脚)マイク・リー(主)デヴィッド・シューリス(カンヌ映画祭監督賞、主演男優賞受賞)
「ピアノ・レッスン The Piano」(監)ジェーン・カンピオン(ホリー・ハンター、アンナ・パキンがアカデミー主演女優、助演女優賞カンヌ映画祭パルム・ドール、主演女優賞受賞)
「ザ・ファーム 法律事務所 The Firm」(監)シドニー・ポラック(音)Dave Grusin (弁護士事務所内幕もの)
「フィラデルフィア Philadelphia」(監)ジョナサン・デミ Bruce Springsteenアカデミー歌曲賞(トム・ハンクスがアカデミー主演男優賞)(音)ハワード・ショア
「レイニング・ストーンズ」(監)ケン・ローチ(主)ブルース・ジョーンズ(カンヌ映画祭審査員賞受賞)
「レニ」(監)(脚)レイ・ミュラー(出)レニ・リーフェンシュタール

「愛について、東京」(監)(プ)(脚)柳町光男(撮)安藤庄平(出)ウー・シャオトン、岡坂あすか、藤岡弘、戸川純
「お引越し」(監)相米慎二(原)ひこ・田中(脚)奥寺佐渡子、小比木聡(出)中井貴一、桜田淳子、田畑智子
「学校」(監)(脚)山田洋次(原)廣澤榮(脚)朝間義隆(音)富田勲(出)西田敏行、竹下景子、萩原聖人、中江有里
「ソナチネ」(監)(脚)(編)北野武(製)奥山和由(撮)柳島克巳(音)久石譲(出)ビートたけし、渡辺哲、勝村政信、寺島進
「月はどっちに出ている」(監)(脚)崔洋一(原)梁石日(脚)鄭義信(出)岸谷五朗、ルビー・モレノ、絵沢萌子
「ヌードの夜」(監)(脚)石井隆(撮)佐々木原保志(出)竹中直人、余貴美子、椎名桔平、清水美子
「病院で死ぬということ」(監)(脚)市川準(原)山崎章郎(撮)小林達比古(出)岸辺一徳、塩野谷正幸、石井育代
「僕らはみんな生きている」(監)滝田洋二郎(原)(脚)一色伸幸(撮)浜田毅(出)真田広之、岸辺一徳、嶋田久作、ベンガル
「まあだだよ」(監)(脚)黒澤明(原)内田百聞(美)村木与四郎(出)松村達雄、香川京子、井川比佐志、所ジョージ
「わが愛の譜 滝廉太郎物語」(監)(脚)澤井信一郎(脚)宮崎晃、伊藤亮爾(出)風間トオル、鷲尾いさ子、雨宮良

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<芸術、文化、商品関連>
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<音楽関連>
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