「夜の大捜査線 In the Heat of the Night 」 1967年

- ノーマン・ジェイソン Norman Jewison -

<人種差別、犯罪捜査映画の教科書>
 考えてみると、フジテレビのテレビ&邦画「踊る大捜査線」というタイトルも、この映画のタイトルから来ているはずです。他にも似たようなタイトルの映画は、いろいろありますが、すべてはこの作品から始っています。なにせ、この映画は20世紀の映画史を代表する名作であり、数多くの犯罪捜査ものの原点となっている作品です。特に、人種差別問題、殺人事件の犯罪捜査を扱った謎解き系の映画にとっては、教科書的作品と言えるかもれません。もちろん、教科書的作品だからといって、この映画が今見ると面白くないというわけではけっしてありません。僕自身、2001年に衛星放送で放映された時に、また最後まで見てしまいました。たぶん通算で7回くらい見ているでしょう。何度見ても面白い作品です。

<1960年代後半>
 この映画の高い価値は作品としての価値だけではなく、この作品が1960年代のアメリカ南部における黒人たちのおかれた立場を実にリアルに見せてくれているという点です。
 この時代、アメリカで起きていた人種問題に関する事件を挙げてみると、
1965年には、黒人投票権法(65年公民権法)成立。黒人解放運動の指導者マルコムX暗殺される。LAのワッツでは歴史上最悪の黒人暴動が起き、死者34名をだしています。
1966年には、ストークリー・カーマイケルらにより、暴力も辞さないとする黒人解放運動組織ブラック・パンサー党の設立。さらにキング牧師に次ぐ黒人解放運動の指導者ジェームス・メレディスが狙撃され、黒人解放運動はキング牧師の提唱した非暴力から暴力容認へと変化し始め、危険な状態になりつつありました。
そして、この年1967年、キング牧師がヴェトナム反戦を初めて主張することで一部黒人たちからの離反を招きます。
前年から続く暴力化の流れはさらに悪化。デトロイトなどアメリカ国内で黒人による暴動が多発、過去最大規模に発展。この後3年間で101の都市で暴動が起き、130人が死亡することになります。(この年は「長く熱い夏」と言われるようになる。この映画のタイトルも、当然この「長く熱い夏」を意識したものといえるでしょう)
さらにモハメッド・アリが徴兵を拒否し、ヘビー級の世界タイトルを剥奪されたのもこの年です。

<現実のアメリカ南部>
 映画の中には、ほとんど奴隷時代と変わらない労働を強いられている黒人たちが働く綿花農場や医者の代わりに怪しげな医療をほどこす女祈祷師などが登場し、ブルースやR&Bの故郷を知るのに最適の教科書になっています。1960年代当時、ここまでリアルに人種差別問題を映画に組み込んだ作品は、ほとんどありませんでした。(少なくとも南部では、現実に人種差別が制度として残っていたのですから)

<ノーマン・ジェイソン>
 この映画の監督、ノーマン・ジェイソン Norman Jewison は、1926年7月21日カナダのトロント生まれで、当時41歳、まさに油が乗った時期でした。イギリス系の移民でしたが家庭は貧しく、苦学してトロント大学を卒業すると故国でもあるイギリスに渡り、BBCテレビに就職。そこで俳優、脚本家として働きました。その後、カナダに戻ってカナダCBCテレビに就職後、ニューヨークにあるアメリカの大手テレビ会社CBSに就職。そこで人気テレビ番組を手がけ、エミー賞を3度受賞。テレビ界の人気ディレクターとなりました。当然、優れた人材を探していた映画界が目をつけることとなり、1963年、コメディー映画「40ポンドのトラブル」でハリウッド・デビューを飾ることになりました。当初は、コメディー映画専門の監督として活躍しますが、しだいにシリアス路線に変更。スティーブ・マックィーンの出世作「シンシナティー・キッド」(1965年)、冷戦を皮肉った極上のコメディー「アメリカ上陸作戦」(1966年)、リメイクのされているゴージャス犯罪映画のヒット作「華麗なる賭け」(1968年)、大ヒットミュージカルの映画化「屋根の上のバイオリン弾き」(1971年)「ジーザス・クライスト・スーパー・スター」(1973年)、シェールにアカデミー主演女優賞をもたらした恋愛映画の傑作「月の輝く夜に」(1987年)、そしてこの映画の続編ともいえる作品「ハリケーン」(1999年)と長く質の高い作品を発表し続けた数少ない名監督のひとりです。

<優れた俳優陣>
 この作品は、内容もさることながら、出演している俳優陣の優れた演技という点でもまた見逃せません。主役のシドニー・ポワチエは、最近で言うとデンゼル・ワシントンといったところでしょうか。そして、ラスト・シーンで主人公のカバンを持って、駅に見送りにくる白人警察署長ロッド・スタイガーの素晴らしい演技は、この年のアカデミー賞を受賞しています。(ところが、これがなんと最優秀主演男優賞を受賞しているのです!明らかに助演であるにも関わらず・・・このこと自体が1960年代という時代を最もよく表しているのかもしれません)その他にも、若き日のウォーレン・オーツが出演しているなど、脇役陣もまた見逃せません。特に、真犯人役の男優の個性は、けっして忘れられません!

<クインシー・ジョーンズの音楽>
 もうひとつ、音楽もまたこの作品の魅力のひとつです。
 この作品の音楽を担当したのは、あのクインシー・ジョーンズ Quincy Jones です。1933年3月14日シカゴに生まれた彼は、14歳でトランペットを始め。ボストンのシリンジャー・ハウス(後のバークレー音楽院)で奨学金を得て音楽を正式に学びました。ジャズ・トランペッターの道に進むこともありえたのですが、アレンジャーとしてライオネル・ハンプトン楽団に入り、そのヨーロッパ・ツアーで高い評価を獲得。ソロのアレンジャーとして活躍するようになりました。1959年には自らのバンドも結成。映画音楽については1961年ごろから手がけ始めました。
 1963年にシドニー・ルメット監督作品の「質屋」(ちなみに、この映画で使用された質屋のセットが、大阪のユナイテッド・スタジオ・ジャパン内にあります)で映画音楽作家として本格的にデビューを飾り、「夜の大捜査線」は、彼にとって代表作のひとつになりました。さらにこの年は、トルーマン・カポーティーの傑作小説の映画化「冷血」の音楽も担当しており、映画音楽作家として、クインシーは、大活躍していた時期だったようです。
 その他の映画としては、「ジョンとメリー」(1969年)、「サボテンの花」(1969年)、「ルーツ」(1977年のテレビ作品)やペキンパーの「ゲッタウェイ」(1972年)、スピルバーグの「カラー・パープル」(1985年)、ミュージカル映画の「ウィズ」(1978年)などがあります。
 フルート(なんとローランド・カーク!)とオルガン(なんと準ローリング・ストーンズだったビリー・プレストン)をフィーチャーした60年代風のジャズが、この映画の渋い雰囲気にぴったりで、本当にカッコいいです。
 1980年代以降は、マイケル・ジャクソンのプロデュースなど、映画音楽以外のプロデュースへと移行してしまい、映画音楽からは離れてしまいます。

<シドニー・ポワチエ>
 この映画の主役、シドニー・ポワチエ Sidney Poitier は、1924年2月24日フロリダ州のマイアミで生まれました。父親はバハマ諸島のナッソーでトマトを栽培する農家を営んでいました。彼はトマトを売りにいった先のアメリカで生まれた子供だったのです。15歳の時、父親の仕事がダメになり、生まれた土地のアメリカに移住。ニューヨークで店員やタクシー・ドライバーなどをしながら生活し始めます。18歳で陸軍に入隊し、除隊後はニグロ・シアターで演技を学び、芸能界で働くようになります。彼が注目を集めたのは1955年公開の問題作「暴力脱獄」(リチャード・ブルックス監督)で、その後「手錠のままの脱獄」(1958年)で俳優として高い評価を受けると、1964年の「野のユリ」で黒人初のアカデミー主演男優賞を受賞しました。

<レイ・チャールズ>
 それに、列車の窓際に座り、物思いに耽る主人公の顔をとらえたカメラが、少しずつ引いてゆくラスト・シーン、ここでかかるこの映画のテーマ・ソング"In The Heat Of The Night"、これが最高に格好良いのです。歌うのは、若き日のレイ・チャールズ。クインシー・ジョーンズは、かつて10代の頃、レイに音楽の指導を受けていたといいます。この曲は、もしかするとクインシー・ジョーンズからの恩返しの意味も込められていたのかもしれません。
 タイム・マシンに乗って、ブルース、R&Bの故郷を自分の目で見てみたいと思っている方は、是非ご覧になってみて下さい。 

<追記>
「ハリケーン」
 ノーマン・ジェイソン監督は、1999年に映画「ハリケーン」を撮りました。人種差別に基づく無実の罪で20年に渡って、牢獄に閉じこめられた悲劇の世界チャンピオンの物語です。
 その映画のラスト・シーンで、彼に無罪の判決を下す判事が、なんと「夜の大捜査線」の保安官役だったロッド・スタイガーなのです。なんとも心憎い配役でした。しかし、そのことに気づいた人は、「判決は無罪だろう」と絶対気づいてしまったかもしれませんが・・・。
 それと、映画の中で彼の弁護士が言った言葉、「多くの支援者がいたが、みんな結局は裁判の長さと困難さに負けて離れていった・・・」これは、このテーマ曲とも言える「ハリケーン」の作者ボブ・ディランら、かつての支援者に対するきつーい皮肉でした。
 そして、この映画の中でギル・スコット・ヘロンの代表曲「革命」が使われていました。初めて、聴けて感動でした!(音楽ファンなら、それだけでも見る価値ありです)

「夜の大捜査線 In The Heat Of The Night」 1967年
(監)ノーマン・ジェイソン Norman Jewison
(製)ウォルター・ミリッシュ Walter Mirisch
(脚色)スターリング・シリファント Stirling Silliphant
(撮)ハスケル・ウェクスラー Haskell Wexler
(編)ハル・アシュビー Hal Ashby(後に「ザ・ローリング・ストーンズ」、「ウディー・ガスリー/わが心のふるさと」と優れた音楽関係の映画を監督しています)
(音)クインシー・ジョーンズ Quincy Jones
(出)シドニー・ポワチエ Sidney Poirtier
   ロッド・スタイガー Rod Steiger
   ウォーレン・オーツ Warren Oates
   リー・グラント Lee Grant
   スコット・ウィルソン Scott Wilson
   マット・クラーク Matt Clark
<アカデミー賞>作品賞、主演男優賞、脚色賞、音響賞、編集賞受賞

<あらすじ>
 アメリカ南部のある田舎町で大きな農園の主が何者かに殺されるという事件が起きます。翌日駅のホームで乗り換えの列車を待っていたよそ者の黒人青年ヴァージル(シドニー・ポワチエ)が逮捕されますが、彼は殺人課の刑事でした。無実が明らかになった彼はその町をすぐに去ろうとしますが、捜査に協力するよう命令があり、仕方なく殺人事件の捜査に参加することになりました。差別意識丸出しの地元警察の署長ビルと嫌々ながらコンビを組んだ黒人刑事でしたが、二人の間にはしだいに友情が生まれてゆきます。その後、捜査は意外な展開をみせ、解決へと向かいますが、黒人である刑事は町の差別主義者たちによって命を狙われてしまいます。署長と刑事は無事事件を解決できるのか?

ロック世代の映画劇場へ