- 邦画の歴史年表と代表的作品 -

<邦画の原点>
 パリで世界で初めてシネマトグラフの上映が行われたのが1895年のこと。意外なことに、それからわずか2年後の1897年遥か遠くアジアの果ての国日本の大阪でシネマトグラフが上映されています。(その早さに理由については、リュミエール兄弟のページをご覧下さい)そして、その2年後には国産初の映画が公開されています。まだ船でしか行き来ができなかった時代にもかかわらず、日本では欧米諸国とほぼ同じ時期に映画の時代が始まっていたのでした。
 ハリウッドで「ジャズシンガー」が公開されトーキーの時代が始まったのが、1927年。それに対して日本の初のトーキー映画「マダムと女房」が作られたのは1931年。ここでも4年遅れで日本はトーキーの時代を迎えています。しかし、この後、日本は太平洋戦争の混乱と敗戦により、映画文化の発展も一時停止してしまいます。そのため、ハリウッドで1935年に初のカラー映画が作られてから、日本における初のカラー映画「カルメン故郷に帰る」が公開されるまで16年もの年月が必要とされました。
 ただし、カラー化されていなくても日本映画の質の向上は確実に進んでいました。その証拠に1950年代日本映画は世界各地の映画祭で様々な賞を受賞し、世界に日本映画の素晴らしさを広めました。

<邦画ならではの魅力の原点>
(1)読み物文化
 日本は18世紀あたりから、世界で稀なほどに大衆的な読み物の興隆を見ていた。明治維新ののちには、落語、速記本に始まり、講談から新聞小説、児童読み物まで、ありとあらゆる書が溢れかえっていた。高い識字率が豊かな読者層を保証するという状況が、長きにわたって続いたのである。・・・
 こうした読み物は映画に原作を提供するばかりか、観客に物語の視覚化への潜在的欲望を換起させた。
(それは映画という文化を受け入れる下地となっただけでなく、字幕によって海外の作品を見るという習慣をも日本人にもたらしたといえます)

(2)歌舞伎からの影響
 戦前の時代劇は俳優の芸名から扮装、メイキャップ、細かな立ち居振る舞いと発声にいたるまで、歌舞伎役者の影響を受けていたし、物語の題材としても歌舞伎と人形浄瑠璃は豊かなストックをもっていた。
・・・1920年代初めまで日本映画に本格的女優が登場しなかったのは、歌舞伎に倣って女形がもっぱら女性の役を演じていたためであった。
(映画を作る際の下地となる演技、俳優、物語が歌舞伎にはそろっていたわけです)

「演出家ピーター・ブルックの説によれば、歌舞伎と能は演劇の中でもっとも豪奢を極めたものと、もっとも簡素なものとの両極であって、世界中の他のすべての演劇はこの両極のあいだに存在しているとのことだった。」
四方田犬彦「映画史への招待」より

(3)日本的画面構成
 ・・・溝口健二は「元禄忠臣蔵」を撮るにあたって、西洋絵画がクローズアップによる1点の凝視と焦点化に重きを置いているのに対して、日本絵画は「全体的画面構成」によるロングショットを基調とし、同じ画面のなかに複数の中心を持ち込んでいると論じた。彼は日本映画は「静かに平凡な日本画の立って学ばねばならぬ」と説いた。彼は住吉具慶の「洛中洛外図」に理想の構図を見出し、遠くから事物を俯瞰で見つめることを好んだ。また安藤広重の名所図絵の空間構成に深い関心を抱き、流動的にしてゆるやかな時間の推移と、それにともなう空間の連続的な変化を文体に取り入れた。「雨月物語」における露天風呂から岩場を越え、浜辺へと通じるカメラの移動とオーヴァーラップに、そのもっとも美しい実現を見ることができる。
(日本の映画ならではの画面構成は、屏風絵や襖絵など古くからの絵画の世界において生み出されてきたものだったのです)

(4)弁士の存在
 日本映画における「弁士」の役割は他の国とは異なり重要なものでした。(弁士という職業が活躍したのは、日本とアジアの一部のみでした)
「弁士はフィルムを解説し、外国語の字幕を外連味たっぷりに読み上げ、観客がスクリーンに一体化して陶酔の極に至るまでの導き手となった。1929年にハリウッドで最初の完全トーキー映画が現われるまで、世界中の大部分の観客は映画を単に視覚を通じてしか体験していなかった。しかし、この時期ただ日本人だけが視覚と聴覚の複合メディアとして受け取っていたのだ。」
四方田犬彦「映画史への招待」より

「弁士が殷賑をきわめた理由のひとつには、この国では活動写真が人形浄瑠璃のように映像(形態)と音声の分離を前提とした大衆演劇の延長線上に受け入れられたという経緯があずかっている。」
四方田犬彦「映画史への招待」より
「日本には無声映画などなかった」稲垣浩
 1896年に大阪でキネトスコープが初めて上映されたとき、上田衣袋軒という義太夫語りの芸人が説明者(弁士のこと)として舞台に上がりました。日本においては映画と弁士は初めからセットで存在していたわけです。

(5)大衆演劇の存在
「大衆演劇は映画に実に多くのものを提供してきた。まず俳優、演出家。それから誰もがよく知っているといった類の物語。伴奏音楽のスタッフ、劇場。しかし、もっとも重要なのは、それがあらかじめ観客を育て上げてきたということだ。」
四方田犬彦「映画史への招待」より

「1910年代に牧野省三は脚本をもたずに映画を撮ることができたが、それは彼の生家が千本座を経営する義太夫語りであり、彼自身がこの口承芸の多くを暗誦していたからであった。カメラを前に莫大な科白の記憶をたぐり寄せるだけで、演出は十分だったのである。」
四方田犬彦「映画史への招待」より

<邦画の黄金時代>
 黒澤明、溝口謙二、衣笠貞之助、稲垣浩、今井正が次々と海外の賞をとった1950年代後半、日本の映画人口は11億2700万に達し、そのピークを迎えました。さらに1960年には、映画の製作本数、映画館の数もピークに達しています。当時娯楽の王様だった日本の映画は、質、量ともに絶頂期を迎えていたのです。(1950年代といえば、「君の名は」が一大ブームとなったのが1953年。「太陽の季節」の大ヒットが1956年。「嵐を呼ぶ男」の大ヒットが1958年と、ブームを巻き起こした話題作もいろいろありました)その点では、興行的に稼げていたからこそ、巨匠たちは芸術性を追求することができたともいえるでしょう。なにせ、11億人以上の映画ファンがいたのですから、多少は難解な映画でも十分お客さんは入ったのでしょう。

<邦画の後退期>
 その後、1960年代から1970年代、1980年代にかけて邦画は、海外でほとんど賞をとっていません。もちろん、賞に縁がないからといって、作品のレベルが低いとは一概に言い切れません。しかし、製作本数が少なければ当然、賞をとれる作品が生まれる可能性が低くなるのも事実です。この時期、映画界は不況の時代に入り、質、量ともに下降気味になり、その担い手である新しい監督たちが登場するチャンスも急激に減りつつありました。
 この間、邦画は1975年には興行収入で洋画に初めて追い越され、その状況は21世紀に入るまで続くことになります。

<邦画復活への動き>
 邦画の苦境の時代に変化が現れ始めたのは、1990年代に入ってからです。東映のVシネマのように映画館ではなくビデオやDVDを意識した作品が生まれることで、映画の製作本数は久しぶりに増え始め、そのおかげで若い監督たちにも映画製作のチャンスが巡ってくるようになりました。さらに音楽業界におけるPV(プロモーション・ビデオ)の広がりもまた多くの才能が生まれるきっかけとなりました。
 シネコンの登場により、映画館の数はさらに減少し、1996年には映画人口は史上最低を記録しています。それでもレンタル・ビデオ(DVD)業界の発展により、映画館ではなく家で映画を見る人は増え、それにより映画界は映画館以外に場所でも収益をあげることができるようになります。さらに、メガヒットした「もののけ姫」もまた映画業界復活の起爆剤となりました。

<海外から注目される監督たち>
 不思議なことに、邦画が輝きを取り戻しつつあった1990年代には、多くの監督たちが海外で注目されるようになりました。河瀬直美、是枝祐和、小栗康平、青山真治、黒沢清、塚本晋也、北野武らの監督たちが海外の映画祭で賞を獲得。その他にも、ベテランの監督たち、相米慎二、新藤兼人、市川昆らも再評価され賞を獲得しています。(1999年から2004年にかけては特に集中していました)
 こうして、邦画の歴史をみてみると、創造性、芸術性が高まる時代というのは、その文化全体が勢いをもち少数の天才たちの自由な創造を支えるその他の多くのアーティストたちの存在が不可欠だということです。これは、もちろん映画だけではなく他のジャンルにもいえることでしょう。

「今から百年後に、人はどのような日本映画を観ているだろうか。
 おそらくその半分以上の作品を、すでにわれわれは知っている。未来の人々は、われわれと同じように黒澤明の「生きる」を観て涙を流し、大島渚の「御法度」を観てノスタルジックに耽り、それからまだわれわれが知らないでいる作品を観て、論文を書いていたりしているだろう。それは、われわれが現在、19世紀に執筆されら「ボヴァリー夫人」という小説を読んだり、「椿姫」というオペラに恍惚とした気分を味わうことと、ほとんど同じ体験だといってよい。映画はオペラのようになるだろう。新しいフィルムがこれまでと同じほどに制作されるわけではないが、過去に撮られた優れたフィルムはクラシックとして記憶されることだろう。」

四方田犬彦「日本映画史100年」より
1900年代 1920年代 1930年代 1940年代 1950年代 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代 2000年代


(注)映画の公開年は、年末12月公開のものは正月映画として翌年の公開年にしています。
(注)このページはまだまだこれから増強してゆきます。
1893年
エジソンがキネトスコープを発明(映画の起源とはならず)
1895年
12月、パリでシネマトグラフが初上映される(映画の始まり)
1897年
2月、稲畑勝太郎によって輸入されたシネマトグラフが大阪で初上映される(映画伝来)この時、同時にフランスからカメラマンも来日し、京都で歌舞伎役者などを撮影していった。
1898年
前年に撮影されたリュミエール社による日本の映像が日本で公開される。これは外からの目で見た日本の姿を日本人が見た最初の体験となった
「・・・「異国的なるもの」を対象として見定める眼差しを通して、日本人は近代の植民地主義、帝国主義の眼差しを無意識的に学ぶことになった。日本映画の誕生が台湾の植民地化と同時期であったことは、けっして偶然ではない。・・・」
四方田犬彦「日本映画史100年」より
日本はヨーロッパから征服すべき土地として見られている。そうならないためには、日本は同じような目でアジア諸国を見つめるようになる必要があるだろう。・・・そう思うきっかけとなったというわけです。
日本人による最初の映画が製作される
東京の小西写真館に勤める浅野四郎が撮った2本の短編映画「化け地蔵」、「死人の蘇生」はどちらもある意味SF・ホラー作品だった
1899年
初の劇映画「ピストル強盗清水定吉」製作される
現存する最古の映画「紅葉狩(もみじがり)」公開(歌舞伎役者、市川団十郎と尾上菊五郎主演の歌舞伎を三越写真部の柴田常吉が撮影したライブ映像的なもの)
駒田好洋は俳優に新派の役者を用いた作品を撮った
1900年
1903年
初の常設映画館が東京浅草にオープン(吉沢商店)
(上映されたのは、風景映画、歌舞伎、相撲、芸者の踊りなどの動画映像。昼3回、夜2回の一日5回上映で椅子席はまだなかった。なんとこのとき、すでに痴漢騒ぎが多発したといいます)
1904年
吉沢商店による日露戦争のドキュメンタリー風映画が大ヒット(トリック撮影ややらせ映像も含まれていたので正確な記録映画ではなかった)
「道草半時、戦争で活動写真と新演劇は天井知らずの好景気だ。東洋活動写真が去る十四日から日露の海戦陸戦を呼び物の一つとして四条南座で開場してゐるが、陸戦で衛生隊がたんかで怪我の負傷兵を懇切に救助しつつあるところ等は大喝采だ。
 何しろすこぶる非常つきの駒田の説明で、すこぶる非常の大人気だ。」

「京都朝報」6月16日より
1908年
牧野省三が横田商会の依頼により「本能寺合戦」を撮影。この作品から京都を舞台にした映画製作が本格化。
日本最初の本格的な映画監督となった牧野省三(1878年〜1929年)は、浄瑠璃小屋を所有していてそこで上演される物語をすべて暗記していた。(彼の息子がマキノ雅弘)
「和製グリフィスと呼ばれ、日本で最初の本格的監督として活躍した牧野省三は、人から活動写真を撮るときにもっとも大切なことはなにかと尋ねられて、「一スジ、二ヌケ、三ドウサ」と答えている。」
 ここでいうスジとは、物語の面白さのこと。ヌケとは、現像後に画面がすっきりと明るく仕上がっているかどうか。(当時は、フィルムもカメラも性能が劣っていたために画像が薄暗くなる場合が多かった)ドウサとは、役者の動き、演技のこと。(彼は浄瑠璃の動きなどからチャンバラの殺陣などの役者の動きを生み出していった)
四方田犬彦「日本映画史100年」より
1909年
牧野省三と尾上松之助のコンビがスタート。「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助はこの後大人気となる。牧野監督は日本初のスター俳優となった尾上松之助主演の映画を14年間に1000本以上撮ることになります
日本初の映画雑誌「活動写真界」発行(映画の制作会社である吉沢商会は自社作品を解説するために作ったものだった。翌年には、批評家による解説も登場した。
 フランス映画「ジゴマ」の和製リメイク(もちろん無許可)が上映禁止となる(ジゴマの犯行をマネた強盗事件が多発したため)大ヒットしていたため、映画館にとっては大きな打撃となった
1910年
「忠臣蔵」(監)牧野省三(出)尾上松之助(この作品は歌舞伎の実況中継的な作品でした)
1912年
<日活誕生>
四つの映画会社が合併し、日本活動写真株式会社「日活」となった
アメリカで「フォックス」や「ワーナーブラザース」の前身のスタートもこの年
日活は東京の向島と京都の二条城西櫓下に撮影に撮影所を設け、前者では新派(後の現代劇)を、後者では旧劇(後の時代劇)を制作した。以後、半世紀以上にわたって続く東京と京都の映画的対立は、ここに始まる。
東京は、モダンで西洋的な現代劇(ただし、関東大震災により一時的に発展はストップするが)
京都は、ノスタルジックで日本的な時代劇(こちらは第二次大戦後、GHQによって一時ストップする)
この二つのタイプの映画が同時進行することで、それぞれが独自性を保ち日本映画の多様性を生むことになったともいえます
1914年
オープンしたばかりの浅草電気館で弁士として活躍し始めた染井三郎は、大人気となり、弁士が人気スター的な扱いを受けるようになります。
1916年
一、国体及び君主の尊厳を侵す場面。
二、姦通、自由恋愛等がわが国の良風美浴に反する場面。
三、接吻、寝室等に於いて見物に猥褻な観念を起こさせる場面。
四、放火、殺人、強盗等、見物に犯罪の動機を与えるやうな場面。
活動写真検閲取締規則
1917年
「大尉の娘」(監)井上正夫(クローズアップ、移動撮影、カットバックなどの手法を用いて撮られた作品)
帰山教正による映画理論の書「活動写真劇の創作と撮影法」発表
電気仕掛けの芝居としての「活動写真」からフィルムとして存在する総合芸術としての「映画」への転換始まる
・舞台脚本ではなくシナリオ
・女形ではなく女優
・弁士ではなく字幕
・舞台演劇ではないリアルな劇の追求
1918年
「生の輝き」「深山(みやま)の乙女」(監)帰山教正(海外公開も意識して日本語、フランス語の字幕つき、西洋演劇専門の新劇の俳優を起用している)
「日本に最初の女優が生まれるためには、新劇からの働きかけが必須であったし、時代劇の手法をより洗練されたものにするためには、新国劇の成果が少なからぬ役割を果たした」
<新劇>ヨーロッパの演劇を演じる劇(チェーホフ、イプセンなどの作品)
<新派>現代を舞台にした大衆演劇(歌舞伎からの進化形)
<新国劇>時代劇と現代劇の中間的な大衆演劇(渡世人とヤクザなどが題材)
「キネマ旬報」創刊
1920年
松竹映画誕生
歌舞伎の松竹が蒲田に撮影所を設立史、映画製作に進出。そのために俳優養成所も設立し、新劇運動の中心人物、小山内薫を所長に迎えた。その弟子の一人に村田実がいた
「アマチュア倶楽部」(監)トーマス栗原(出)葉山三千子(葉山はこの映画で初の水着スターとなった!ハリウッドの影響を受けたこの作品は古いスタイルの作品に慣れた日本人に受け入れられなかった)
1921年
粟島すみ子「虞美人草」で日本初のスター女優となる
「路上の霊魂」(監)村田実(出)英百合子
1923年
マキノ省三が独立プロ活動を開始
関東大震災により映画製作の中心が京都に移動
1924年
松竹の蒲田撮影所所長に城戸四郎が就任。20年代後半の「蒲田調」映画の時代始まる
第一回キネマ旬報ベスト・テンが発表される
1925年
阪東妻三郎が独立プロを設立。スターによる独立プロ設立の先駆けとなる
貿易商、皆川芳造がアメリカよりトーキー技術の権利を購入。それを元にミナ・トーキーを考案し、「昭和キネマ」を設立
「日輪」(監)衣笠貞之助(出)市川猿之助(卑弥呼の物語を描いた作品が天皇制に反すると批判され検閲でずたずたにされてしまった
「荒木又右衛門」(監)池田富保(出)尾上松之助(なんと主演1000本目の作品)
「雄呂血」(監)二川文太郎(出)阪東妻三郎(迫力ある殺陣とバンツマの演技が圧倒的な作品)
1926年
制作者、城戸四郎の登場により、松竹が現代劇路線を本格化させる(一般大衆を主人公とするドラマ)
「狂った一頁」(製)(監)(脚)衣笠貞之助(原)(脚)川端康成(脚)犬塚稔、澤田晩紅(撮)杉山公平(配給)新感覚派映画連盟(出)井上正夫、中川芳江
(日本初の本格的な前衛映画として現在でも高く評価されている傑作)
「足にさはった女」(監)阿部豊(原)沢田撫松(脚)益田甫(撮)碧川道夫(出)岡田時彦、梅村蓉子
「日輪」(監)(脚)村田実(原)三上於菟吉(撮)青島順一郎(出)岡田嘉子、山本嘉一、中野英治
「陸の人魚」(監)阿部ジャック(阿部豊)(脚)畑本秋一(原)菊地寛(撮)伊佐山三郎(出)梅村蓉子、谷幹一、砂田駒子
「カラボタン」(監)(脚)野村芳亭(原)柴田端子、寺尾幸夫(脚)村上徳三郎(撮)長井信一郎(出)諸口十九、筑波雪子、新井淳
「受難華」(監)山本嘉次郎(原)菊地寛(脚)小林正(出)市川春代、星玲子、瀬良章太郎
「紙人形の春の囁き」(監)溝口健二(原)(脚)田中栄三(撮)横田達之(出)山本嘉一、島耕二
「転落」(監)井上金太郎(原)(脚)秋篠珊次郎(撮)石本秀雄(出)マキノ輝子、都賀清司
「水戸黄門」(監)(脚)池田富保(撮)松村清次郎、中西与之助(出)山本嘉一、河部五郎
「蜘蛛」(監)悪麗之助(原)(脚)寿々喜多呂九平(撮)鈴木博(出)阪東妻三郎、中村琴之助
1927年
「忠次郎旅日記」(三部作)(監)伊藤大輔(出)大河内傳次郎(移動撮影を多用したダイナミックな撮影が話題になった作品)
「彼を繞る五人の女」(監)阿部豊(原)(脚)田中栄三(撮)碧川道夫(出)岡田時彦、岡田嘉子
「海の勇者」(監)島津保次郎(原)菊地寛(脚)村上徳三郎(撮)桑原昴(出)鈴木伝明、松井千枝子
「からくり姫」(監)(原)五所平之助(脚)伏見晃(撮)三浦光男(出)渡辺篤、星光、八雲恵美子
「慈悲心鳥」(監)溝口健二(原)菊地寛(脚)畑本秋一(撮)横田達之、中山良夫(出)山本嘉一、中野英治、岡田時彦
「悪魔の星の下に」(監)二川文太郎(原)(脚)山上伊太郎(撮)松浦詩華留(出)月形龍之介、関根達発
「下郎」(監)(脚)伊藤大輔(原)中村藤吉(撮)唐沢弘光(出)河部五郎、久米譲、沢村春子
「道中悲記」(監)井上金太郎(原)(脚)秋篠珊次郎(撮)松浦茂(出)津村博、月形龍之介、杉狂児
1928年
全日本無産者芸術連盟(NAPF)が結成され、同時に日本プロレタリア映画同盟(NCPF)も誕生(中心人物は佐々元十、岩崎昶)
「十字路」(監)(脚)衣笠貞之助(撮)杉山公平(出)千早晶子、阪東寿之助(ヨーロッパでも公開され高い評価を受けた作品)
「浪人街 第一話 美しき獲物」(監)マキノ正博(原)(脚)山上伊太郎(撮)三木稔(出)南光明、谷崎十郎
「陸の王者」(監)牛原虚彦(原)畑耕一(脚)野田高梧(撮)水谷文次郎(出)鈴木伝明、八雲恵美子
「新版大岡政談 第三篇 解決篇」(監)(脚)伊藤大輔(撮)唐沢弘光(出)大河内伝次郎、尾上卯多五郎、伊藤みはる
「崇禅寺馬場」(監)マキノ正博(原)(脚)山上伊太郎(撮)三木稔(出)南光明、高木新平
「彼と東京」(監)牛原虚彦(原)(脚)北村小松(撮)水谷文次郎(出)田中絹代
「村の花嫁」(監)五所兵之助(原)桃園狂太(脚)伏見晃(撮)三浦光男(出)武田晴郎、八雲恵美子
「結婚二重奏」(監)田坂具隆(原)菊地寛(脚)畑本秋一(撮)伊佐山三郎(出)岡田時彦、夏川静枝
「平手造酒」(監)(原)(脚)志波西果(撮)松村清太郎(出)大河内伝次郎、梅村蓉子
「伊豆の踊り子」(監)五所兵之助
1929年
ロシア革命の影響、日本プロレタリア映画同盟の誕生を受け、左翼系の「傾向映画」が続々公開される
ミナ・トーキーによる第一作の映画「大尉の娘」公開。監督は落合浪雄
東條政生がディスク式のイーストフォン・トーキーで「戻橋」を制作
「実際ぼくら邦人俳優にとって、トーキーは苦手ですが、映画の将来はトーキーでなかればならぬと私は思います。トーキーは唖娘が口をきいたようなものだと思います。
サイレント・ピクチュアは唖娘です - 唖娘なるがゆえにかわいい、その唖娘がものをいうようになると思えば、親心としていかなる手段を講じても口を利かせてやらねばなりません。」

上山草人(俳優)
「首の座」(監)マキノ正博((原)(脚)山上伊太郎(撮)三木稔(出)谷崎十郎、桜木梅子
「灰燼」(監)村田実(原)徳富蘆花(脚)如月敏(撮)青島順一郎(出)三桝豊、英百合子
「浪人街 第三話 憑かれた人々」(監)マキノ正博(原)(脚)山上伊太郎(撮)三木稔(出)沢村国太郎、荒木忍
「摩天楼 争闘篇」(監)村田実(原)士師清二ほか(脚)畑本秋一(撮)青島順一郎(出)中野英治、高木高木永二
「沓掛時次郎」(監)辻吉朗(「股旅もの」の先駆作品)
「暫人暫馬剣」(監)(原)(脚)伊藤大輔(撮)唐沢弘光(出)月形龍之介、金子弘(時代劇版の「傾向映画」)
「生ける人形」(監)内田吐夢(原)片岡鉄兵(脚)小林正(撮)松沢又男(出)小杉勇、入江たか子(現代劇としての「傾向映画」)
「パイプの三吉」(監)滝沢英輔(原)(脚)近藤伊与吉(撮)木村角山(出)津村博、砂田駒子
「東京交響楽」(監)溝口健二(原)片岡鉄兵ほか(脚)岡田三郎、畑本秋一、小林正(撮)横田達之(出)夏川静江、小杉勇(現代劇としての「傾向映画」、新し物好きの溝口は時代の流行に軽く乗る傾向があった)
「無理矢理三千石」(監)松田定次(原)根岸東一郎(撮)大森伊八(出)根岸東一郎、桜木梅子
1930年
オペラ歌手、藤原義江主演で溝口健二が監督の映画「ふるさと」完成。この映画は字幕と音声が併用された部分トーキー映画として最初の作品となった
トーキー研究所(Photo Chemical Loboratory略してPCL)設立(後の東宝)
「何が彼女をそうさせたか」(監)鈴木重吉(「傾向映画」の代表作。孤児院で育った少女が好色な男たちや偽善的なブルジョアたちによって苦しめられる現実を描いた作品)
「挑戦」(監)小石栄一(百姓一揆を題材にした「傾向映画」)
「落第はしたけれど」(監)小津安二郎
1931年
<トーキー革命>
洋画「モロッコ」に初めて字幕スーパーがつく(これにより、洋画に弁士は不要になりました)
初の完全なトーキー映画「マダムと女房」(監督は五所平之助で土橋システムによるトーキー)が公開される

トーキー革命は、これまでなかった分野からの俳優の活躍や新ジャンルの出現をもたらすことになります。浅草のオペレッタや声帯模写、大阪の喜劇役者、落語家、浪曲師など語り芸のスペシャリストたちから次々にヒーローが誕生することになります。(「エノケン」こと榎本健一、古川緑波、エンタツ・アチャコ、柳谷金五楼・・・)

「弁士の消滅は映画体験から、その場かぎりの演劇的パフォーマンスという性格を一掃し、観客を特定の映画館に帰属しない匿名の存在に変えた。」
四方田犬彦「日本映画史100年」より

<字幕の影響>
「イタリアとドイツは今日まで吹替えが一般的だが、日本とフランスはそれを原則的に嫌った。そのため現在にいたるまで、外国映画を純粋な映画としてよりも、むしろ吹き出しをもった漫画に近いものとして体験することになった。」四方田犬彦「日本映画史100年」より
(フランスと日本のアニメ好きは、ここからすでに始まっていたのかもしれません)
日本の中国進攻に合わせ国内ではナショナリズムが盛り上がり、プロレタリア運動は統制の対象となる。そのため「傾向映画」に代わり「侵略映画」が新たな流れとなる
「瞼の母」(監)稲垣浩(「股旅もの」の超定番作品)
1932年
「満蒙建国の黎明」(監)溝口健二(流行に敏感な溝口の「侵略映画」)
「生まれてはみたけれど」(監)小津安二郎
「国士無双」(監)伊丹万作(剣豪を主人公としたパロディー的な時代劇)
<映画監督虎の巻>(伊丹万作による)
一、有名にして高価なる原作を獲得せよ。
一、人気ある役者を獲得せよ。
一、主演者のアップはできるだけ多くせよ。
一、主人公は決して負けるべからず。
一、ラストは幸福なるべし。
一、カットは短く。カットの数は多く。
一、カメラはわけもなく動かすべし。
1933年
<PCLのスタート>
PCLが映画制作を行うため、スタッフを公募。この時入社したのが黒澤明と本田猪四郎でした。
PCLは日本初のプロデューサー・システムを採用し、新しい時代の企業としてスタートした
「丹下作膳」(監)伊藤大輔(日活初のトーキー映画)
1934年
日活が関東大震災後、11年ぶりに東京調布にスタジオを開設(トーキーの現代劇は東京弁でというのが基本になる)
「隣の八重ちゃん」(監)島津保次郎(松竹の正調ホームドラマ)
1935年
各社が映画館の弁士・楽師を全廃
「丹下左膳・百万両の壺」(監)山中貞雄(原)林不忘(脚)三村伸太郎(撮)安本淳(音)西梧郎(出)大河内傳次郎、喜代三、宗春太郎、沢村国太郎
(居候先の用心棒を勤める格好良くない丹下左膳を描いた異色の作品。数少ない現存する山中作品でもあります)
「雪之丞変化」(監)衣笠貞之助(原)三上於菟吉(脚)伊藤大輔(配給)松竹(出)林長二郎(長谷川一夫)、嵐徳三郎、伏見直江、千早晶子
「妻よ薔薇のやうに」(監)成瀬巳喜男(ニューヨークで一般公開された最初の日本映画)
「子宝騒動」(監)斉藤寅次郎
1936年
松竹が蒲田から大船へ撮影所を移転させる
<満映の設立>
 満州人への教化指導宣伝を主な目的として満州映画協会(満映)が長春(当時の名は新京)に設立。国策映画を次々と発表してゆきます。終戦後、満州人のスタッフの多くはソ連による占領前に香港や台湾へと散らばり、そこで映画の製作に関わることになります。そして日本に戻ったスタッフの多くは、終戦後に設立された東映の中心となります。
「河内山宗俊」(監)(脚)山中貞雄(脚)三村伸太郎(撮)町井晴美(音)西梧郎(出)河原崎長十郎、山岸しづ江、中村翫右衛門、原節子
「赤西蠣太」(監)伊丹万作(原)志賀直哉(出)片岡千恵蔵
「有りがたうさん」(監)清水宏(出)大河内傳次郎(素人の子供を主役にした即興的な演出によるロードムービー)
「人生劇場・青春篇」(監)内田吐夢(仁侠映画の代表作)
1937年
満州で満州映画協会設立される
東宝映画設立(関西の鉄道王で宝塚少女歌劇団の経営者、小林一三がオーナーとなり、興行のルートも確立された)
日独合作映画「新しき土」主演の原節子は、この作品で「ファシストの女神」となった
「新しき土は兎に角完成し欧州十数か国の映画館で数千万の観衆に公開せられた。日本製映画に対する欧州一般大衆の興味は勃然と湧いて来た。映画館は日本製映画の上映を希望し、興行配給者は繁く次の私達の計画を問う合わせてくる。
新しき土の捨石は有意義だったのだ。
第二段階として、アングロサクソン系国の開拓にスタンバーグか誰かアメリカの監督を招び、ラテン系諸国の市場の為にデュヴィヴィエを招きたいと考えている。
然しこれ等の計画もまた作品に輸出的商品をつける手段であって終局の目的は衣笠作品溝口作品小津作品が堂々と全世界の常設館に上映されることにあるのだ。」

川喜多長政
「人情紙風船」(監)山中貞雄(脚)三村明(原)黙阿弥(音)太田忠(出)中村翫右衛門、河原崎長十郎、助高屋助蔵
「蒼茫」(監)熊谷久虎(ブラジルへ移民する日本人の収容所を描いた作品)
「花形選手」(監)清水宏
「若い人」(監)豊田四郎(原)石坂洋次郎(脚)八田尚之(撮)小倉金弥(音)久保田公平(出)大目方傳、市川春代
1938年
野村浩将監督の「愛染かつら」(松竹)が大ヒットし、一大ブームとなり、恋愛メロドラマの定番となる
「映画の偉大なる力は、その通俗性と、その大衆性とにあるのである。大衆がその生活から切り離すことのできない娯楽性にある。・・・
吾々は、まづ、映画を知らない満人に、映画に親しませしめ、更に一歩進めて、映画に依る物の観方を満人に教えることが何よりの急務なのではないだろうか!?・・・」

マキノ光雄
 満州での映画製作は、日本人にとっては満州人を教育するための善意の行いと考えられていたわけです。それが他国を侵略するための作戦の一部であると気づいていたのかどうか?
「東洋平和の道」(監)鈴木重吉(「侵略映画」の典型的な作品)
「巨人伝」(監)伊丹万作(名作「レ・ミゼラブル」を西南戦争をバックに展開した作品)
「阿部一族」(監)熊谷久虎(原)森鴎外(原作に忠実ではなく武士道を批判した内容)
「花ちりぬ」(監)石田民三(京都祇園の芸妓からみた幕末の混乱)
「五人の斥候兵」(監)田坂具隆(けっして戦意高揚映画ではない戦争映画、ヴェネチア映画祭で入賞)
1939年
映画法制定。検閲や製作・配給の制限が始まる
「天狗廻状」「江戸日記」など、嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」ものが大ヒット
「残菊物語」(監)溝口健二(歌舞伎の世界を舞台にした作品、クローズ・アップを用いず、長回しによりワンショットでシーンを撮る手法が完成)
「土」(監)内田吐夢(脚)八木保太郎(農民たちの苦悩をリアルに描いた作品)

「土と兵隊」(監)田坂具隆(敵軍が登場しない戦争映画で、兵士たちの苦悩が描かれた人間映画になっている。それは戦場を舞台にした人間ドラマと呼ぶべきかもしれない)

「この時期の日本映画は戦闘の悲惨さと兵士たちの辛苦を強調するあまりに、もしアメリカ的な文脈で見るならば、ほとんどが反戦映画として受けとられることだろう。」
ルース・ベネディクト(文化人類学者)

「敵を醜悪な悪として描く必要は、あえてなかった。味方である皇軍の艱難の映像を通して、天皇の恩に報いるという道徳的メッセージの方が、はるかに重要とされていたのである。ここに当時の日本と西洋の戦争観の決定的な違いが横たわっている。」
四方田犬彦「日本映画史100年」より

 日本人にとって戦争が悲惨なものであることは自明のことでした。それでもなお日本人が戦争に命がけで協力するという発想が、アメリカ人には理解できなかったのかもしれません。このことは21世紀におけるアメリカと中東の関係にも共通すると思います。
「鴛鴦歌合戦」(監)マキノ雅弘(日本初のミュージカル映画をあえてこの時期に発表したのはなぜか?)
1940年
「支那の夜」(監)伏水修(出)李香蘭(山口淑子)(日活無国籍アクションの原点ともいえる作品。日本人は誰もが李香蘭は中国人だと思っていた)
 「支那の夜」は、中国人孤児の信頼を、そして最後には愛を手に入れる理想主義的な日本人船員の物語で、なかばミュージカル仕立てになっており、じつは三様に異なる観客のために、三つの異なる幕切れになるようつくられていた。(日本版、中国版、東南アジア版があった)
「蛇姫様」(監)衣笠貞之助(出)長谷川一夫
1941年
李香蘭の人気が頂点に達する
ニュース映画の強制上映が始まる
アメリカ映画の公開禁止となる
「元禄忠臣蔵」(監)溝口健二
 ハイライトであるはずの討ち入りシーンがない異色の忠臣蔵。そのためにチャンバラ映画とは異なる人間ドラマになった。(戦中のため予算不足だったことが原因という説もある)
 戦前の禁欲的な時代背景は、彼の作品により魅力をもたらし、自由に映画を撮れる時代は彼にとっては逆効果になったかもしれない。
 彼の作品は現実社会を描くというよりも、様式や抑圧のもとで生まれた閉ざされた世界を描くほうが魅力的なのはそのため。
1942年
<大映(大日本映画)設立>
政府の企業統制により日活、新興、大都の三社が合併し大映設立。映画製作会社は、東宝、松竹、大映3社に統合される
(1941年にABC包囲網による経済制裁が始まりアメリカからのフィルム輸入が困難になったため、映画の製作本数を減らすことになったため。1941年の製作本数が500本近かったのに対し、1945年にはそれがわずか26本に激減しています)
「ハワイ・マレー沖海戦」(監)山本嘉次郎(特撮)円谷英二(戦争娯楽作品として大ヒット)
1943年
戦後の日本映画を代表する二人の監督、黒澤明が「姿三四郎」で、木下恵介が「花咲く港」でデビュー
菊地寛が大映の社長に就任。ただし、実質的な最高権力者は永田雅一
学生の自由な映画観覧禁止
「無法松の一生」が年間最高収入の大ヒットとなる
「『ファンタジア』を見ながらこいつはいけない。相手が悪い。大変な相手とけんかをしたと思いましたね。」
小津安二郎
「姿三四郎」(監)(脚)黒澤明(原)富田常雄(撮)三村明(音)鈴木静一(出)藤田進、大河内伝次郎、轟夕起子、月形龍之介、志村喬
「阿片戦争」(監)マキノ雅弘(アメリカの巨匠D・H・グリフィスの「嵐の孤児」(1921年)を19世紀の広州に移したグリフィスへのオマージュ的作品、あきらかに新米的だがその意図を見破る検閲官はいなかった)
「望楼の決死隊」(監)今井正(日本人巡査一家が部下の朝鮮人と抗日ゲリラと戦う戦争映画)
1944年
<戦中映画の特徴>
 ・・・日本の戦争映画の多くには、はっきりとした敵の姿がまったく現れない。どういうことかといえば、焦点はほとんどもっぱら純粋な自己のあてられたままなのだ。・・・敵はたんに「彼ら」あるいは漠然と「敵」「敵兵」「敵軍」などとして単純に認識されるのがしばしばである。・・・
 日本人にとっての戦争は、誰とどう戦うか、よりもいかに自分が戦うかの問題に重きを置いていたということです。それに対して、ハリウッド映画の場合は、日系人を使って日本兵(ジャップ)を具体的に描き、敵兵=日本兵をいかに倒すかを描いています。

「敵の人格化というものがなく、それゆえ、敵にたいする憎しみがない」
ルース・ベネディクト
 しかし、日本人が「敵」の存在を具体的な人間として描かないことは、「敵」を人間扱いしないことにも結びつきます。戦時中に日本兵が行った様々な残虐行為の根っこにはそのことがあったのかもしれません。こうした日本人の特徴は、その後の日本における様々な事件にも共通する要素のような気がします。(連合赤軍の「総括」、「オウム真理教の地下鉄サリン事件」など残虐な殺人事件)
川島雄三「還ってきた男」で監督デビュー
家城巳代治「激流」で監督デビュー
日劇など19の大劇場が閉鎖となる
生フィルム欠乏のため、731館への配給停止となる
「加藤隼戦闘隊」がこの年最大のヒットとなる
「陸軍」(監)木下恵介(息子を兵士として送り出すことになった母親が哀しみを表せず苦悩する姿を描いた人間ドラマ、反戦の意図が見え隠れする微妙な作品)
 この映画のように戦争を悲劇として描いた作品は、意外に多かったようです。実は戦時中も日本の映画監督たちは、戦争の悲劇を描くことに積極的だったのです。だからこそ、終戦後すぐに日本映画は反戦映画、民主主義映画の名作を世に出すことが可能だったのです。
黒澤明の「わが青春に悔いなし」(1946年)、溝口健二の「女性の勝利」(1946年)、木下恵介の「大曾根家の朝」(1946年)、今井正の「民衆の敵」(1946年)・・・
1945年
敗戦により映画製作は占領軍の指導を受けるようになる。
 そこには、映画製作禁止条項の指示があり、その中では国家主義、愛国主義、封建的忠誠心を礼賛する内容、仇討ちに関する内容、自殺を認める内容、残忍非道な暴力を謳歌する内容、そしてGHQの指令に反する内容が禁止されていました。それにより、事実上、「時代劇」は撮れなくなったため、多くのチャンバラ・スターが現代劇に出演するようになります。(片岡千恵蔵は「多羅尾伴内」シリーズに、阪東妻三郎は「破れ太鼓」など)
反民主主義的映画225本が焼却処分となる
松竹大船従業員組合結成。(初代委員長は野田高梧)
戦後最初の映画企画松竹映画「そよ風」が主題歌「リンゴの唄」とともに大ヒット
「ユーコンの叫び」(監)B・リーブス・イーソン(戦後初の洋画が公開される)
「そよかぜ」(監)佐々木康(撮)寺尾清(並木路子の主題歌「リンゴの唄」大ヒット)
「虎の尾を踏む男達」(監)(脚)黒澤明(製)伊達基彦(撮)伊藤武夫(音)服部正(出)大河内伝次郎、藤田進、榎本健一、森雅之、志村喬
1946年
GHQの指導により「アイデア映画」(民主主義を礼賛する映画)が次々と公開された
接吻映画第一号が公開される。「はたちの青春」(佐々木康監督作品)もしくは「或る夜の接吻」(千葉泰樹監督作品)
民主的恋愛映画の先駆「女生徒と教師」公開される
東宝のニューフェース48人が入社(その中に三船敏郎もいた)
9月、「キネマ旬報」が32ページの小冊子として復刊
アメリカ映画「春の序曲」、「キュリー夫人」公開
東宝争議が始まる>
 終戦後、アメリカによる日本の民主化が行われ、その一環として組合活動の合法化がすすめられました。
しかし、急激な組合活動の活発化により、多くの企業でストライキなどの内紛が起きました。その代表的なものとして、東宝で起きたストライキ「東宝争議」があります。
「或る夜の殿様」(監)衣笠貞之助(脚)小国英雄(出)長谷川一夫、山田五十鈴、大河内伝次郎
「日本の悲劇」(監)亀井文夫(軍部に対する戦争責任追及の作品)
「大曽根家の朝」(監)木下恵介(脚)久坂栄二郎(出)杉村春子、小沢栄太郎、三浦光子(軍部に対する戦争責任追及の作品)
「はたちの青春」(監)佐々木康(出)大坂志郎、幾野道子(日本初の「キス」映画、これもGHQの指導によるものでした)
「ニコニコ大会 追ひつ追はれつ」(監)川島雄三(この映画が初のキスシーンがある作品とも言われています)
「待ちぼうけの女」(監)マキノ正博(脚)新藤兼人(出)小杉勇、高峰三枝子
「わが青春に悔いなし」(監)黒澤明(脚)久坂栄二郎(出)藤田進、原節子、大河内伝次郎(戦後、急激に民主主義化した社会を生きる女性を描いた黒澤にとっては異色の「アイデア映画」)
1947年
東宝脱退者が新東宝を設立
戦犯として映画人31名(城戸四郎、森岩雄ら)が業界から追放される(ただし、1950年には復帰)
東宝争議の混乱続く
ソ連映画「石の花」公開
米映画専門封切館として東京・有楽町に「スバル座」開場(3月25日)(第1回上映は『アメリカ交響楽』。入場料は25円だった)
「戦争と平和」(監)山本薩夫、亀井文夫(脚)八住利雄〈出)伊豆肇、岸旗江
 この映画では、軍によって戦時中公開を禁止された兵士たちの悲惨な日常を描いた作品「戦う兵隊」のフィルムが一部使われています。
「安城家の舞踏会」〈監)〈原)吉村公三郎〈脚)新藤兼人〈出)滝沢修、森雅之、原節子(「アイデア映画の女神」となった原節子の代表作)
「今ひとたびの」〈監)五所平之助(原)高見順(脚)植草圭之助(出)竜崎一郎、高峰三枝子
「女優」〈監)〈脚)衣笠貞之助〈脚)久板栄二郎〈出)山田五十鈴、土方与志
「素晴らしき日曜日」〈監)黒澤明(脚)植草圭之助〈音)服部正(出)沼崎勲、中北千枝子
「長屋紳士録」〈監)〈脚)小津安二郎(脚)池田忠雄〈出)飯田蝶子、青木富広
1948年
大映の三益愛子主演の「母もの」シリーズがスタートし大ヒット(大映のドル箱シリーズとなる)
美空ひばりが歌手デビュー
<第三次東宝争議による大混乱>
 東宝で1200人のリストラが発表される。ストライキは134日に及び、その沈静化のためアメリカ軍が介入。飛行機3機、戦車7台、一個中隊が投入される大混乱となった。
その結果、東宝内部は分裂状態となり、多くの映画人が東宝を去ることになりました。
 長谷川一夫、大河内伝次郎らは、第二組合を設立し、後の新東宝の基盤となります。こちらは右派グループといえます。
 逆に戦いに敗れた山本嘉次郎、黒澤明らは、独自に映画芸術協会を設立し、自由な映画作りを目指します。
 最後まで組合活動にこだわった今井正、山本薩夫、亀井文夫らは行き場を失い、自ら独立プロを設立します。
 こうして、東宝争議は、戦前の3社による映画界の独占体制や古い企業体質を壊すきっかけとなった。
「王将」〈監)〈脚)伊藤大輔(原)北條秀司〈出)阪東妻三郎、水戸光子
「風の中の牝鶏」〈監)〈脚)小津安二郎(脚)斉藤良輔〈出)佐野周二、田中絹代
「手をつなぐ子等」〈監)稲垣浩〈脚)伊丹万作(原)田村一二〈出)初山たかし
「破戒」〈監)木下恵介〈原)島崎藤村〈脚)久坂栄二郎(出)池辺良、桂木洋子、宇野重吉
「酔いどれ天使」〈監)〈脚)黒澤明〈脚)植草圭之助〈出)志村喬、三船敏郎、久我美子、笠置シヅ子「ジャングル・ブギ」
「夜の女たち」〈監)溝口健二(脚)依田義賢(原)久坂栄二郎〈出)田中絹代,高杉早苗
「山猫令嬢」(監)森一生(出)三宅愛子(この作品から、無学だが優しく厳しい母親のおかげで子供が一人前になってゆくという物語からなる「母もの」シリーズが始まる)
「三百六十五夜 東京篇・大阪篇」監督:市川崑
「サザエさん 前後篇」監督:荒井良平
1949年
自主規制のための機関「映倫」が発足。映画倫理規定が作成される
美空ひばりの「悲しき口笛」が大ヒット
二時間を越える映画の料金50円に統一される
「青い山脈」(監)(脚)今井正(原)石坂洋次郎(脚)井出俊郎(出)原節子、杉葉子、池辺良(大ヒットし一大ブームとなる!)
「女の一生」(監)亀井文夫(原)徳永直(出)岸旗江、沼崎勲
「森の石松」(監)吉村公三郎(脚)新藤兼人(出)藤田進、殿山泰司
「晩春」〈監)(脚)小津安二郎(原)広津和郎(脚)野田高梧〈出)原節子、笠智衆
「野良犬」(監)(脚)黒澤明(脚)菊島隆三(撮)中井朝一(出)三船敏郎、志村喬、淡路恵子
「破れ太鼓」(監)(脚)木下恵介(脚)小林正樹(出)阪東妻三郎、森雅之、宇野重吉
「忘れられた子等」(監)(製)(脚)稲垣浩(出)堀雄二、笠智衆、島村イツマ
「人間模様」(監):市川崑
「銀座カンカン娘」(監):島耕二
1950年
外国映画の輸入が自由化される
松竹、東宝、大映で「赤狩り」が始まる(亀井文夫、山本薩夫、今井正、宮島義男、加藤泰らの監督、前進座所属の俳優たちがメジャーから追放されました)
独立プロを発足させる動きが活発化する(吉村公三郎の近代映画協会など)
「暁の脱走」(監)(脚)谷口千吉(脚)黒澤明(出)池辺良、山口淑子(李香蘭)、若山セツ子(朝鮮人従軍慰安婦を描いた最初の作品だったが、検閲により大幅カットとなった)
「帰郷」(監)大庭秀雄(脚)池田忠雄(原)大佛次郎(出)佐分利信、木暮実千代、津田恵子
「佐々木小次郎」(監)(脚)稲垣浩(原)(脚)村上元三(撮)安本淳(音)深井史郎(出)大谷友右衛門、山根寿子、清川荘司(この年「続・佐々木小次郎」も大ヒット)
「細雪」(監)阿部豊(原)谷崎潤一郎(出)花井蘭子、山根寿子
「執行猶予」(監)(出)佐分利信(脚)猪俣勝人(原)小山いと子(出)木暮実千代
「醜聞」(監)(脚)黒澤明(脚)菊島隆三(製)小出孝(出)山口淑子、三船敏郎、志村喬
「また逢う日まで」(監)今井正(脚)水木洋子、八住利雄(出)岡田英次、久我美子、滝沢修
「宗方姉妹」(監)(脚)小津安二郎(脚)野田高梧(原)大佛次郎(出)田中絹代、高峰秀子(興行収入第一位のヒット作)
「羅生門」(監)黒澤明(翌1951年ヴェネチア映画祭金獅子賞の傑作)(出)森雅之、三船敏郎、京マチ子
「きけわだつみの声」(監)関川秀雄(学徒出陣の悲劇を描いた作品)
「てんやわんや」(監)渋谷実(戦後の価値転換を描いたコメディ作品)
「銭形平次」監督:森一生
1951年
<東映設立>
1938年に誕生した東急資本の東横映画を中心に太泉映画、東京映画配給が合併、満州映画の根岸寛一が参加して東映が設立
中心となったスタッフは満州帰りの映画人で、そこにレッドパージによりフリーになっていた今井正、関川秀雄、家城巳代治らも加わった
京都に撮影所を作った後は時代劇を中心に映画を制作。その他のスタッフとしては、加藤泰、山下耕作、内田吐夢らがいた
長谷川一夫の「銭形平次捕物控」シリーズ始まる(1951年〜1961年)

「羅生門」がヴェネチア国際映画祭金獅子賞、イタリア批評家賞、アカデミー外国語映画賞などを受賞
初の国産カラー映画「カルメン故郷に帰る」公開
サンフランシスコ講和条約の締結により日本は独立。GHQによる検閲も終了することになる。そのため、それまで不可能だった軍部批判ではなく戦争の悲惨を描く映画を発表することが可能になります。
「愛妻物語」(監)(脚)新藤兼人(出)宇野重吉、乙羽信子、香川良介、滝沢修
「偽れる盛装」(監)吉村公三郎(脚)新藤兼人(音)伊福部昭(出)京マチ子、藤田泰子、進藤英太郎
「大江戸五人男」(監)伊藤大輔(脚)八尋不二、柳川真一、依田義賢(撮)石本秀雄(音)深井史朗(出)阪東妻三郎、山田五十鈴、本松一成
「カルメン故郷に帰る」(監)(脚)木下恵介(音)木下忠司(出)高峰秀子、小林トシ子、佐野周二
「源氏物語」(監)吉村公三郎(脚)新藤兼人(撮)杉山公平(出)長谷川一夫、京マチ子、大河内伝次郎(大映10周年記念大作。大ヒットとなる!カンヌ映画祭で撮影賞を受賞)
「自由学校」(監)渋谷実(原)獅子文六(脚)斉藤良輔(撮)長岡博之(音)伊福部昭(出)佐分利信、高峰三枝子、淡島千影(戦後の価値転換を描いた作品)
「どっこい生きてる」(監)(脚)今井正(脚)岩佐氏寿、平田兼三(出)河原崎長十郎、河原崎しづ江
「風雪二十年」(監)佐分利信(脚)猪股勝人(出)岡田英次、佐分利信、佐々木孝丸
「麦秋」(監)(脚)小津安二郎(脚)野田高梧(撮)厚田雄春(出)原節子、笠智衆、三宅邦子、杉村春子
「めし」(監)成瀬巳喜男(原)林芙美子(出)上原謙、原節子、島崎雪子
「八ツ墓村」監督:松田定次
1952年
東宝の「サラリーマン喜劇」シリーズ始まり、人気シリーズとなる
松竹が二本立て公開用の映画を製作開始
生きる」(監)(脚)黒澤明(脚)橋本忍、小国秀雄(製)本木荘二郎(出)志村喬、小田切みき、金子信夫、伊藤雄之助(ベルリン映画祭三位入選)
「稲妻」(監)成瀬巳喜男(原)林芙美子(脚)田中澄江(出)高峰秀子、三浦光子
「おかあさん」〈監)成瀬巳喜男〈脚)水木洋子〈出〉田中絹代、岡田英次、香川京子
「お茶漬の味」(監)(脚)小津安二郎(脚)野田高梧(撮)厚田雄春(音)斉藤一郎(出)佐分利信、木暮実千代、鶴田浩二、笠智衆
「カルメン純情す」(監)(脚)木下恵介(音)黛敏郎(出)高峰秀子、若原雅夫、淡島千影
「現代人」(監)渋谷実(製)山本武((脚)猪俣勝人(出)池辺良、小林トシ子、山田五十鈴、山村聡
「原爆の子」(監)(脚)新藤兼人(撮)伊藤武夫(音)伊福部昭(出)乙羽信子、滝沢修、宇野重吉、山内明(英国アカデミー賞国連賞)
「西鶴一代女」(監)溝口健二(脚)依田義賢(出)三船敏郎、田中絹代(ヴェネチア映画祭監督賞
「真空地帯」(監)山本薩夫(原)野間宏(脚)山形雄策(出)木村功、利根はる恵
「西陣の姉妹」(監)吉村公三郎(脚)新藤兼人(撮)宮川一夫(音)伊福部昭(出)宮城野由美子、三浦光子、津村悠子、田中絹代、宇野重吉
「ひばり姫初夢道中」(監)大曾根辰夫(脚)八住利雄(撮)片岡清(出)美空ひばり、宮城千賀子、高田浩吉、伴淳三郎
「本日休診」(監)渋谷実(原)井伏鱒二(製)山本武(出)柳永二郎、鶴田浩二、淡島千影
「山びこ学校」(監)今井正(脚)八木保太郎〈撮)伊藤武夫〈出)木村功、岡田英次、杉葉子
1953年
「ひめゆりの塔」が大ヒットし、戦争の悲劇を描いた映画のブームが起きる(アメリカ批判ともなるこれらの作品は、GHQによる検閲廃止により可能になったともいえる)
邦画5社による引き抜き防止協定(五社協定)
この後映画のライバルとなるテレビの本放送開始(NHK)
阪東妻三郎(俳優)死去(51歳)
<「君の名は」ブーム>
 「君の名は」が大ヒットし社会現象となる(ラジオ・ドラマは1952年から1953年にかけて放送された)
映画版の興行収入は3作で9億6千万円。この金額は日本国民全員が一度は見た金額に相当します
マフラーの「真知子巻き」の流行。ラジオ放送が始まる夕方8時には銭湯の女湯から人が消えるという現象も起きた
当然、ブームに乗ろうとする類似作品も登場。大映の「愛染かつら」、「金色夜叉」、東映の「この太陽」などが生まれた。
松竹は「君の名は」の大ヒットにより、その後もメロドラマ路線にこだわり続けることになり、逆に作品の幅を狭めることになります
「あにいもうと」〈監)成瀬巳喜男(原)室生犀星(脚)水木洋子〈出)京マチ子、森雅之、久我美子
「雨月物語」(監)溝口健二〈製)永田雅一(出)京マチ子、田中絹代、森雅之(ヴェネチア映画祭銀獅子賞
「煙突の見える場所」〈監)五所平之助〈原)椎名鱗三(出)田中絹代、上原謙、芥川比呂志
「雁」〈監)豊田四郎〈原)森鴎外〈脚)成沢雅茂〈出)高峰秀子、芥川比呂志、宇野重吉
「君の名は(第一部)〈第二部)」〈監)大庭秀雄(原)菊田和夫(脚)柳井隆雄〈出)佐田啓二、岸恵子、淡島千影、月丘夢路
「祇園囃子」〈監)溝口健二〈原)川口松太郎(脚)依田義賢(出)木暮実千代、若尾文子
「太平洋の鷲」(監)本多猪四郎(脚)橋本忍(撮)山田一夫(音)古関裕而(出)大河内伝次郎、二本柳寛、清水将夫
「地獄門」(監)衣笠貞之助(カンヌ映画祭グランプリアカデミー外国語映画賞!和田三造はアカデミー衣装デザイン賞受賞)
「東京物語」(監)〈脚)小津安二郎〈脚)野田高梧〈撮)厚田雄春〈出)笠智衆、東山千栄子、原節子、山村聡
「夏子の冒険」(監)中村登(原)三島由紀夫(脚)山内久(撮)生方敏夫(音)黛敏郎(出)角梨枝子、若原雅夫、高橋貞二、東山千栄子
「にごりえ」〈監)今井正〈原)樋口一葉〈脚)水木洋子、井手敏郎〈出)杉村春子、淡島千影、久我美子
「日本の悲劇」〈監)〈脚)木下恵介(撮)楠田浩之〈出)望月優子、桂木洋子、三橋達也
「ひめゆりの塔」〈監)今井正〈脚)水木洋子〈出)津島恵子、香川京子、岡田英次、小田切みき(戦地となった沖縄に散った少女たちの悲劇)
1954年
日活が映画製作を再開。「国定忠治」、「かくて夢あり」
東映が二本立て興行を始める
日本映画が海外で多くの賞を獲得し、黄金時代を迎える
中村錦之助が「笛吹き童子」の大ヒットにより子供たちのアイドルとなった
<5社体制の始まり>
 新東宝、東映、さらに日活が設立され、5社体制の時代が始まり、それぞれが独自の路線を打ち出してゆきます。こうして、始まった競合が邦画の黄金時代を生み出すことになります
 以下は、この後の各社の方向性です
<新東宝>
 「細雪」、「宗方姉妹」、「雪夫人絵図」などの文芸作路線
<東映>
 市川歌右衛門、片岡千恵蔵らによる時代劇。「きけわだつみの声」、「ひめゆりの塔」などの反戦映画路線でヒットを連発
<松竹>
 いち早く国産初のカラー映画「カルメン故郷へ帰る」公開し、カラー化を進める
 スター路線を打ち出し、男優では鶴田浩二、佐田啓二、高橋貞二、女優では淡島千景、津島恵子、岸恵子らを中心に恋愛メロドラマのヒットを飛ばす
<大映>
 三益愛子の「母もの」映画。長谷川一夫の時代劇ものに加え、新たなスターとして京マチ子、若尾文子、山本富士子らを育てる
 さらに質の高い芸術映画の路線では、溝口健二、吉村公三郎、成瀬巳喜男らの作品を発表
<東宝>
 新人俳優として育てた三船敏郎、久我美子、若山セツ子、杉葉子、さらに有馬稲子、岡田茉莉子をスターに育てます
<日活>
 松竹から月丘夢路、北原三枝を東宝から三国連太郎、大映から南田洋子らを引き抜いて1954年、製作活動を再開します。ただし、メジャー他社が引き抜きを阻止するために協定を結んだためにそれ以上の引抜が不可能となり、しかたなく公募による新人獲得を行うことに。しかし、その新人たちが日活の新時代を築くことになります。(石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、宍戸錠、渡哲也・・・)
 日活は青春映画のヒット作を連発し、大人と子供が中心だった映画界に若者の観客をもたらすことになり、全世代が映画館を訪れる黄金時代を築くことになります。
「女の園」(監)(脚)木下恵介(原)阿部知二(出)東山千栄子、毛利菊江、高峰三枝子
「君の名は(第三部)」〈監)大庭秀雄(原)菊田和夫(脚)柳井隆雄〈出)佐田啓二、岸恵子、淡島千影、月丘夢路
「黒い潮」(監)山村聡(原)井上靖(脚)菊島隆三(出)山村聡、東野英治郎、津島恵子
「ゴジラ」(監)本多猪四郎(特)円谷英二(この映画の撮影は当時極秘で行われたそうです)
「金色夜叉」(監)(脚)島耕二(原)尾崎紅葉(脚)川口松太郎(撮)高橋通夫(出)山本富士子、根上淳、信欣三
「山椒太夫」(監)溝口健二(出)田中絹代、花柳喜章(ヴェネチア映画祭銀獅子賞
「七人の侍」(監)(脚)黒澤明(脚)橋本忍(出)三船敏郎、志村喬(ヴェネチア映画祭銀獅子賞
「近松物語」(監)溝口健二(原)近松門左衛門、川口松太郎(出)長谷川和夫、香川京子、進藤英太郎
「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」(監)大曾根辰夫(脚)村上元三、依田義賢(撮)石本秀雄(音)鈴木静一(出)松本幸四郎、高田浩吉、滝田修、鶴田浩二
「晩菊」(監)成瀬巳喜男(原)林芙美子(脚)田中澄江、井出俊郎(出)杉村春子、見明凡太郎
「二十四の瞳」〈監)〈脚)木下恵介(原)壺井栄(出)高峰秀子、天本英世、八代敏之(小学校の教師の目から見た太平洋戦争の悲劇)
「宮本武蔵」(監)(脚)稲垣浩(脚)若尾徳平(出)三船敏郎(1956年度アカデミー外国語映画賞
1955年
日本テレビ、東京放送が開局。しかし、まだテレビの普及台数はまだ13万台に過ぎなかった
東映の娯楽映画「紅孔雀」(中村錦之介)大ヒット
「生きものの記録」(監)(脚)黒澤明(脚)橋本忍、小国英雄(出)三船敏郎、志村喬、東郷春子
「浮雲」(監)成瀬巳喜男(原)林芙美子(脚)水木洋子(出る)高峰秀子、森雅之
「浮草日記」(監)山本薩夫(脚)八住利雄(出)津島恵子、菅原謙二、小沢英太郎
「狼」(監)(脚)新藤兼人(出)音羽信子、浜村純、殿山泰司、菅井一郎(実録もの、生命保険の勧誘員5人による郵便車襲撃事件)
「警察日記」(監)久松静児(脚)井出俊郎(撮)姫田真左久(出)森繁久弥、三国連太郎
「ここに泉あり」(監)今井正(脚)水木洋子(出)小林桂樹、岸恵子、岡田英次
「緑はるかに」(監)井上梅次(脚)京中太郎(出)浅丘ルリ子、高田稔、藤代鮎子(浅丘ルリ子14歳でのデビュー作)
「野菊の如き君なりき」(監)(脚)木下恵介(原)伊藤左千夫(出)有田紀子、田村高広
「ひろしま」(監)関川秀雄(撮)宮島義勇(ベルリン映画祭作品賞
夫婦善哉(監)豊田四郎(原)織田作之助(脚)八住利雄(出)森繁久弥、淡島千景
「力道山物語 怒濤の男」(監):森永健次郎
1956年
「太陽の季節」など「太陽族映画」がブームとなる
<石原裕次郎の魅力>
(1)日本の男優は尾上松之助から長谷川一夫にいたるまで、これまで大きな目立つ顔をもつことが第一条件だと考えられてきた。裕次郎は違った。顔よりもその身長の高さ、足の長さによって観客を掴んだ。(彼を生かすのはアップではなくロングショットだった)
(2)彼が戦後ようやく日本人が学びだした個人主義の完璧な体現者であるとともに、自己意識の塊だという事実だった。
 こうして、彼の後には、宍戸錠、小林旭、赤木圭一郎、渡哲也らが続くことになりました。彼らに共通していたのは、世界そのものへの捕らえがたい違和感であり、家族や国家といった共同体かた追放された者のみがもちうるダンディズムと孤独だった。
(当時、「狂った果実」をフランスで見たまだ映画評論家だったフランソワ・トリュフォーは、この映画を絶賛。この映画がその後彼が撮ることになる「大人は判ってくれない」に影響を与えなかったはずはないと思われます)
四方田犬彦「日本映画史100年」より

日仏合作映画「忘れ得ぬ慕情」公開
アニメ映画発展の原動力となる東映動画設立
溝口健二(監督)死去(58歳)
「カラコルム」(ドキュメンタリー映画)(撮)中村誠二(ベルリン映画祭シルバー・ベア賞
「白夫人の妖恋」(監)豊田四郎(撮)三浦光雄(ベルリン映画祭色彩映画特別賞
「早春」(監)(脚)小津安二郎(脚)野田高梧(出)池辺良、淡島千影、岸恵子
「太陽の季節」(監)(脚)古川卓巳(原)石原慎太郎(出)石原裕次郎(裕次郎が鮮烈デビューを飾る)
「狂った果実」(監)中平康(出)石原裕次郎
「猫と庄造と二人のをんな」(監)豊田四郎(原)谷崎潤一郎(脚)八住利雄(出)森繁久弥、山田五十鈴、香川京子
「ビルマの竪琴 第一部」(監)市川崑(原)竹山道雄(出)三国連太郎(ヴェネチア映画祭サン・ジョルジョ賞)(外地ビルマで死んだ兵士たちへの鎮魂の映画)
「真昼の暗黒」(監)今井正(脚)橋本忍(原)正木ひろし(出)左幸子、内藤武敏、草薙幸二郎
「夜の河」(監)吉村公三郎(原)沢野久雄(脚)田中澄江(出)山本富士子、上原謙、小野道子
1957年
シネマスコープ作品第一作「鳳城の花嫁」公開。他社も追随する
「お姉さんといっしょ」(監)青山通春(撮)木塚誠一(ヴェネチア記録児童映画祭グランプリ)
「蜘蛛巣城」(監)(製)(脚)黒澤明(製)本木荘二郎(脚)三船敏郎、山田五十鈴、千秋実
「米」(監)今井正(原)(脚)八木保太郎(撮)中尾駿一郎(出)江原真二郎、中村雅子、望月優子、木村功
「純愛物語」(監)今井正(原)(脚)水木洋子(製)大川博(出)江原真二郎、中原ひとみ、楠田薫、岡田英次(ベルリン国際映画祭監督賞
「どん底」(監)(脚)黒澤明(脚)小国英雄(出)三船敏郎、山田五十鈴、香川京子
「幕末太陽伝」(監)川島雄三(脚)田中啓一、川島雄三、今村昌平(出)フランキー堺、左幸子、石原裕次郎、南田洋子
「マナスルに立つ」(監)依田孝喜(撮)渡辺浦人(イタリア・ダヴェンツォ国際スポーツ映画祭最高賞モスクワ映画祭特別賞
「明治天皇と日露大戦争」(監)渡辺邦男(出)嵐寛寿郎(新東宝のシネマスコープ作品第一号作品。戦争へのノスタルジア、反米感情の盛り上がり、天皇のヒーロー復帰などの流れを受けたヒット)
「喜びも悲しみも幾歳月」(監)(原)(脚)木下恵介〔撮)楠田浩之(音)木下忠司(出)佐田啓二、高峰秀子、桂木洋子
1958年
「嵐を呼ぶ男」(監)井上梅次のヒットにより裕次郎ブーム本格化
初の長編カラーアニメ映画「白蛇伝」公開
この年、日本の映画観客動員数が11億2745万人(国民一人あたり年12.3回)これがピークとなりこの後、観客動員数は減り続けることになります。
この年の配給収入は邦画が294億円に対し洋画は91億円、本数では邦画が504本に対し洋画は171本でした。
「駅前旅館」(監)豊田四郎(脚)八住利雄(原)井伏鱒二(出)森繁久弥、伴淳三郎、フランキー堺、淡島千景、淡路恵子
(駅前シリーズの他の作品とは異なる古き良き旅館を描いた隠れた名作)
「炎上」(監)市川昆(原)三島由紀夫(音)黛敏郎(製)永田雅一(出)市川雷蔵、仲代達也
「隠し砦の三悪人」(監)(脚)(製)黒澤明(脚)菊島隆三、小国英雄、橋本忍(出)三船敏郎、上原美佐、千秋実、藤原鎌足(ベルリン映画祭作品、監督、国際批評家賞
「巨人と玩具」(監)増村保造(脚)白坂依志夫(原)開高健(出)川口浩、野添ひとみ、高松英郎
「楢山節考」(監)(脚)木下恵介(原)深沢七郎(出)田中絹代、高橋貞二、望月優子、宮口精二
「裸の大将」(監)堀川弘通(脚)水木洋子(出)小林桂樹、三益愛子、青山京子
「裸の太陽」(監)家城巳代治(脚)新藤兼人(原)氷室和敏(出)江原真二郎、丘さとみ、中原ひとみ
「張り込み」(監)野村芳太郎(原)松本清張(脚)橋本忍(出)高峰秀子、田村高広、宮口精二
「彼岸花」(監)(脚)小津安二郎(脚)野田高梧(製)山内静夫(出)佐分利信、田中絹代、山本富士子、有馬稲子
「無法松の一生」(監)稲垣浩(出)三船敏郎、高峰秀子(ヴェネチア映画祭金獅子賞
「白蛇伝」(監)藪下泰司(日本初の長編カラー・アニメ映画)
「月光仮面」(監):小林恒夫
1959年
皇太子と美智子妃の結婚により、テレビが急激に売れ始め、155万台から346万台に増える
日活の小林旭「渡り鳥」シリーズ始まる(日活「無国籍アクション」の代表作、このシリーズは1962年まで続きます)
(株)黒澤プロダクション設立
「蟻の街のマリア」(監)五所平之助(撮)竹野治夫(スペイン・サンセバスチャン映画祭カトリック賞
「愛と希望の街」(監)大島渚(監督デビュー作)
「いつか来た道」(監)島耕二(撮)小原譲治(モスクワ国際映画祭審査員特別賞
「キクとイサム」(監)今井正(脚)水木洋子(撮)中尾俊一郎(出)高橋エミ子、奥の山ジョージ、北林谷栄
「白鷺」(監)衣笠貞之助(撮)渡辺公夫(カンヌ映画祭審査委員賞
「第五福竜丸」(監)新藤兼人(脚)八木保太郎(音)林光(出)宇野重吉、小沢英太郎
「にあんちゃん」(監)(脚)今村昌平(脚)池田一郎(原)安本末子(出)長門裕之、松尾嘉代、吉行和子
「荷車の歌」(監)山本薩夫(原)山代巴(脚)依田義賢(出)三国連太郎、望月優子、左幸子
「人間の条件(第一部・第二部)」(監)(脚)小林桂樹(原)五味純平(脚)松山善三(出)仲代達也、山村聡、新珠三千代、淡島千影
ヴェネチア映画祭サンジョルジョ賞、パシネッティ賞
「野火」(監)市川崑(原)大岡昇平(脚)和田夏十(出)船越英二、ミッキー・カーティス、滝沢修
「独立愚連隊」(監)(脚)岡本喜八(出)佐藤充、中谷一郎、雪村いづみ、鶴田浩二、三船敏郎
「任侠中仙道」(監):松田定次
1960年
松竹ヌーヴェルバーグが注目される。ただし、興行的には失敗、一時的なブームで終わった
「青春残酷物語」(大島渚)、「ろくでなし」(吉田喜重)、「乾いた湖」(篠田正浩)、「悪人志願」(田村孟)、「真昼の罠」(八木美津雄)・・・
政治的、前衛的な作品は松竹では受け入れられず、それぞれが松竹を離れATGなどで映画を撮ることになります。逆に松竹は多くの才能を失うことになり、この後、松竹を支えるのは、小林正樹、野村芳太郎、山田洋次(寅さん)ぐらいになってしまいます。
映画の製作本数が547本、映画館数7457。ともにこの年がピークとなりました(ロサンゼルスにも東宝の直営館ができた)
「秋日和」(監)(脚)小津安二郎(脚)野田高梧(撮)厚田雄春(出)原節子、佐田啓二、司葉子
「おとうと」(監)市川崑(製)永田雅一(原)幸田文(脚)水木洋子(出)岸恵子、田中絹代、川口浩
「鍵」(監)市川崑(カンヌ映画祭審査員賞
「黒い画集 あるサラリーマンの証言」(監)堀川弘通(脚)橋本忍(原)松本清張「証言」(出)小林桂樹、原知佐子、西村晃
「拳銃無頼帖・電光石火の男」(監)野口博志(出)赤木圭一郎、吉永小百合(吉永小百合のデビュー作
「少年猿飛佐助」(監)藪下泰次(ヴェネチア国際児童映画祭サンマルコ獅子賞
「青春残酷物語」(監)大島渚(松竹ヌーヴェル・ヴァーグの第一作として公開)
「長靴をはいた猫」(監)矢吹公郎(脚)井上ひさし
「日本の黒い霧」(監)(脚)大島渚(脚)石堂淑朗(出)渡辺文雄、津川雅彦、桑野みゆき、小山明子(4日間で公開打ち切りとなる)
「裸の島」(監)(製)(脚)新藤兼人(音)林光(出)殿山泰司、乙羽信子(モスクワ映画祭グランプリ受賞)
「ぼんち」(監)(脚)市川崑(脚)和田夏十(撮)宮川一夫(原)山崎豊子(出)市川雷蔵、若尾文子、京マチ子、中村玉緒(「おとうと」、「鍵」の影に隠れてしまった作品)
「悪い奴ほどよく眠る」(監)(製)(脚)黒澤明(脚)小国英雄、菊島隆三、橋本忍他(出)三船敏郎、森雅之
1961年
日本アートシアター・ギルド(ATG)発足(製作費一千万円の映画に500万円出資することで、日本映画の若手育成に大きな役割を果たすことになる)
新東宝が倒産
東宝「若大将」シリーズが始まる
初の70ミリ映画「釈迦」が公開
赤木圭一郎(俳優)日活の撮影所内でゴーカートでの事故死(21歳)
古川緑波(俳優、コメディアン)死去(57歳)
「悪名」(監)田中徳三(脚)依田義賢(撮)宮川一夫(原)今東光(出)勝新太郎、田宮二郎、中村玉緒、水谷良重
(「続・悪名」で田宮はチンピラに刺されて死んだが、あまりの人気に弟として復活。2作のはずが16作まで続くことになります)
「不良少年」(監)(脚)羽仁進(音)武満徹(出)山田幸男、吉武広和
「永遠の人」(監)(製)(脚)木下恵介(出)高峰秀子、佐田啓二、仲代達也
「小早川家の秋」(監)(脚)小津安二郎(脚)野田高梧(出)中村鴻治郎、原節子、司葉子、新珠三千代(原節子が出演した最後の小津作品。1963年に彼の葬儀に出席後、彼女は公の場から消えることに)
「飼育」(監)大島渚(原)大江健三郎(脚)田村孟(出)三国連太郎、小山明子、H・ハード
「大学の若大将」(監)杉江敏夫(脚)笠原良三、田波靖男(出)加山雄三、星由里子(若大将シリーズがスタート!)
「妻は告白する」(監)増村保造(脚)井手雅人(原)円山雅也「遭難・ある夫婦の場合」(出)若尾文子、川口浩、小沢栄太郎、馬渕晴子(法廷サスペンス、山岳サスペンス、サイコサスペンス)
「名もなく貧しく美しく」(監)(脚)松山善三(製)藤本真澄、角田健一郎(出)高峰秀子、小林桂樹、原泉(サンフランシスコ映画祭主演女優賞
「人間の条件(完結篇)」(監)(製)(脚)小林正樹(原)五味川純平(出)仲代達也、新珠三千代
「豚と軍艦」(監)今村昌平(脚)山内久(撮)姫田真左久(出)長門裕之、吉村実子、丹波哲郎(300頭の豚が松竹のオープンセットを駆けめぐったラストも見もの!)
用心棒」(監)黒澤明(アクション映画の仕掛けがすべてあり!三船敏郎ヴェネチア映画祭主演男優賞
「釈迦」(監)三隅研次(インドロケまで行った大映の超大作、映画黄金時代のピークだからこその作品)
1962年
大蔵映画設立
日本アートシアターギルド(ATG)発足
大映「座頭市」シリーズ始まる
「キングコング対ゴジラ」監督:本田猪四郎
「銀座の若大将」監督:杉江敏男
三船プロ、石原プロ、虫プロ(手塚治虫)が設立される
東京・砂川に日本初のドライブイン・シアター登場
大河内伝次郎(俳優)死去(64歳)
「キューポラのある街」(監)(脚)浦山桐郎(原)早船ちよ(脚)今村昌平(出)吉永小百合、浜田光夫、東野英治郎
「座頭市物語」(監)三隅研次(脚)犬塚稔(原)子母澤寛「座頭市物語」(主)勝新太郎、天知茂、万里昌代、柳永二郎(座頭シリーズ第一作、この後1971年まで続く)
「秋刀魚の味」(監)(脚)小津安二郎(脚)野田高梧(出)笠智衆、佐田啓二、岩下志麻
「忍びの者」(監)山本薩夫(脚)高岩肇(原)村山知義「忍びの者」(出)市川雷蔵、藤村志保、伊東雄之助、西村晃、岸田今日子(忍者ものがブームだった1960年代前半を代表する作品)
「切腹」(監)小林桂樹(原)滝口康彦(脚)橋本忍(撮)宮島義勇(出)仲代達也、石浜朗、岩下志麻
「椿三十郎」(監)(脚)黒澤明(原)山本周五郎(脚)菊島隆三、小国英雄(出)三船敏郎、仲代達也、加山雄三
「ニッポン無責任時代」(監)古澤憲吾(脚)田波靖男、松木ひろし(出)クレージー・キャッツ
「破戒」(監)市川崑(原)島崎藤村、(脚)和田夏十((撮)宮川和夫(出)市川雷蔵、船越英二、藤村志保
「私は二歳」(監)(製)市川崑(脚)和田夏十(原)松田道雄(出)鈴木博雄、山本富士子、船越英二
1963年
任侠映画の元祖とも言われる「人生劇場・飛車角」公開(この映画の主役、鶴田浩二、高倉健に藤純子、若山富三郎が加わり次々とヒット作が誕生します。「昭和残侠伝」、「網走番外地」、「緋牡丹博徒」などのシリーズ)
 任侠映画を熱狂的に支持したのは、60年代後半に新左翼的心情を抱いていた学生と三島由紀夫だった。その理由は簡単で、彼らはともに自分たちが個人主義を放棄しないままに埋没することのできる共同体を求めていたのであり、自己同一性を保証してくれる儀礼の体系こそが、まさに戦後の子である彼らに欠落していたためだった。
四方田犬彦「日本映画史100年」より
(この流れが世紀末にオウム真理教にまでつながることになります)
「社長漫遊記」監督:杉江敏男
「十三人の刺客」(監)工藤栄一(脚)池上金男(出)片岡千恵蔵、里見浩太郎、嵐寛寿郎、西村晃、月形龍之介、内田良平
(50年代の時代劇黄金時代を過ぎた次期に生まれた「集団抗争時代劇」の決定版。三池監督のリメイク版とほぼ同一の内容)
「ひとは侍といえば剣というが、今の世に真剣をもって闘った侍などおらぬのだ。われらもなければ、相手にもない。ひとが命と命をぶつけあって闘うとき、どんなことが起こるか、誰にも想像がつかぬのだ。」
嵐寛寿郎の科白
大映「眠狂四郎」シリーズ開始
山本富士子がフリー宣言。激怒した大映社長永田により映画界から干される
都内・川端にオールナイト映画館オープン
小津安二郎(監督)死去(60歳) 
「彼女と彼」(監)(脚)羽仁進(脚)清水邦夫(音)武満徹(出)左幸子、岡田英次
「切腹」(監)小林正樹(出)仲代達也(カンヌ映画祭審査員特別賞
「五番町夕霧楼」(監)(脚)田坂具隆(原)水上勉(脚)鈴木尚之(出)佐久間良子、河原崎長一郎、進藤英太郎
「下町の太陽」(監)(脚)山田洋次(脚)不破三雄、熊谷勲(出)倍賞千恵子、勝呂誉(倍賞千恵子のデビュー作
「しとやかな獣」(監)川島雄三(原)(脚)新藤兼人(出)若尾文子、伊藤雄之助、山岡久乃
「人生劇場・飛車角」(監)沢島忠(出)鶴田浩二、高倉健(任侠映画ブームの先駆けとなった作品)
「その夜は忘れない」(監)吉村公三郎(撮)小原譲治(ソ連平和擁護委員会賞カンヌ映画祭国際キリスト教会賞
「太平洋ひとりぼっち」(監)市川崑(原)堀江謙一(脚)和田夏十(音)芥川也寸志(出)石原裕次郎、森雅之
「天国と地獄」(監)(脚)黒澤明(脚)菊島隆三他(原)エド・マクベイン(出)三船敏郎、山崎努、香川京子、仲代達也
「にっぽん昆虫記」(監)(脚)今村昌平(脚)長谷部慶次(音)黛敏郎(出)左幸子(ベルリン国際映画祭主演女優賞)、岸輝子、佐々木すみ江、北村和夫
「拝啓天皇陛下様」(監)(脚)野村芳太郎(脚)多賀祥介(原)棟田博(出)渥美清、長門裕之、藤山寛美、桂小金治(渥美清のもうひとつの代表作。藤山寛美との共演も魅力)
「非行少女」(監)(脚)浦山桐郎(原)森山啓(出)浜田光夫、和泉雅子、小池朝雄(モスクワ映画祭金賞
「武士道残酷物語」(監)今井正(脚)鈴木尚之、佐田義賢(出)中村錦之助、東野英治郎(ベルリン国際映画祭グランプリ
「マタンゴ」(監)本多猪四郎(脚)木村武(原案)星新一、福島正美(ウィリアム・ホジスン作「闇の声」より)(特撮)円谷英二(出)久保明、水野久美、小泉博、佐原健二
「芽をふく子ども」(監)原功(撮)三宅義行(モスクワ記録映画祭名誉賞
「泥だらけの純情」(監)中平康(出)吉永小百合、浜田光夫(日活純情路線の代表作)
1964年
松竹「白日夢」「紅閨夢」(監督・武智鉄二)公開。成人映画ブームの先駆けとなる
「愛と死をみつめて」で吉永小百合ブームが起こる
「若草物語」監督:森永健次郎
「モスラ対ゴジラ」監督:本田猪四郎
「卍」監督:増村保造
円谷特技プロダクション設立
テレビのカラー放送開始
全国の映画館数が5000を切る
佐田啓二(俳優)死去(38歳)
「赤い殺意」(監)〈脚)今村昌平(脚)長谷部慶次(撮)姫田真左久〈出)西村晃、赤木蘭子、春川ますみ
「越後つついし親不知」(監)今井正(原)水上勉(脚)八木保太郎〈出)三国連太郎、小沢昭一、佐久間良子
「怪談」〈監)小林正樹〈原)小泉八雲(脚)水木洋子(撮)宮島義男(音)武満徹(出)新珠三千代、中村賀津雄、岸恵子
「乾いた花」(監)(脚)篠田正浩(脚)馬場当(原)石原慎太郎(出)池辺良、加賀まりこ、藤木孝、原知佐子、佐々木功、宮口精二
(池辺、加賀の出世作、公開時には不道徳、退廃的と批判されたハードボイルド&クールな犯罪娯楽映画の隠れた名作らしい)
「香華」〈監)(製)(脚)木下恵介〈原)有吉佐和子(出)乙羽信子、岡田英次、岡田茉莉子
砂の女(監)勅使河原宏(原)安部公房(出)岡田英次(カンヌ映画祭審査員特別賞メキシコ映画新聞雑誌協会外国語映画賞))
「荷車の歌」(監)山本薩夫(撮)前田実(アジア・アフリカ映画祭入賞
1965年
ドキュメンタリー映画「東京オリンピック」が大ヒットを記録(動員2000万人突破)2001年の「千と千尋の神隠し」公開まで破られない記録となった
東映が任侠・やくざ映画路線を本格化させる
ポルノ映画「壁の中の秘事」がベルリン映画祭に出品され、日本国内で「国辱だ!」と大騒ぎになる
松竹の京都撮影所が閉鎖される
「赤ひげ」(監)黒澤明〈原)山本周五郎〈脚)井手雅人、菊島隆三他
(出)三船敏郎ヴェネチア映画祭主演男優賞)加山勇三、山崎努(ヴェネチア映画祭サンジョルジョ賞、国際カトリック協会賞
「網走番外地」(監)〈脚)石井輝男〈原)伊藤一(出)高倉健、南原宏治、嵐寛寿郎、安倍徹、田中邦衛、丹波哲郎
(ヒロイン不在の映画ではヒットしないと予算を削られモノクロ映画になったが、そのおかげで今見ても古さを感じさせない映像になった。この映画のヒットにより、シリーズ化され10作品製作。
さらに「新網走番外地」が8作品作られた。高倉健と南原宏治のコンビによる脱獄はスタンリー・クレーマーの名作「手錠のままの脱獄」の翻案)
「怪談」(監)小林正樹(主)三国連太郎、岸恵子(カンヌ映画祭審査員特別賞)(公開は1964年)(原)小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)
「飢餓海峡」〈監)内田吐夢〈原)水上勉(脚)鈴木尚之〈音)富田勲〈出)三国連太郎、小沢昭一、左幸子、高倉健、伴淳三郎(ブラジル・サッシー賞外国語映画賞主演男優賞
(1947年に起きた青函連絡船洞爺丸の転覆事故を背景にしたサスペンス・ドラマ。532名の遺体の中に他殺体があったという設定が見事)
「黒い雪」(監)武智鉄ニ(わいせつ図画頒布の疑いで摘発される)わいせつ裁判の原点
「東京オリンピック」(監)市川崑(カンヌ映画祭特別賞
「にっぽん泥棒物語」(監)山本薩夫(脚)高岩肇、武田敦(出)三国連太郎、佐久間良子、伊東雄之助、市原悦子、緑魔子、北林谷栄(コメディータッチの犯罪娯楽映画、三国は「飢餓海峡」よりも好きだったらしい)
「日本列島」〈監)〈脚)熊井啓〈下炎)吉原公一郎(音)伊福部昭(出)二谷英明、宇野重吉、芦川いづみ
1966年
黒澤明が東宝から独立。多くの監督が独立プロを設立し始める
日本映画輸出振興協会発足
日活「二人の世界」が大ヒットし、日活ムードアクション映画ブーム始まる
「”エロ事師たちより”より人類学入門」〈監)〈脚)今村昌平(原)野坂昭如(出)小沢昭一、坂本スミ子、ミヤコ蝶々
「紀ノ川」〈監)中村登(原)有吉佐和子〈脚)久坂栄二郎〈出)司葉子、田村高広、岩下志麻
「沓掛時次郎遊侠一匹」(監)加藤泰(脚)鈴木尚之、掛札昌裕(原)長谷川伸(出)中村錦之助、池内淳子、渥美清、東千代介、弓恵子
(股旅ものの代表作。格調高い美しい画面と男たちの生き様が魅力。渥美清のヤクザ姿の魅力)
「けんかえれじい」(監)鈴木清順(出)高橋秀樹
「白い巨塔」〈監)山本薩夫〈原)山崎豊子〈脚)橋本忍(製)永田雅一(出)田宮二郎、小沢栄太郎、東野英治郎(モスクワ映画祭銀賞
「湖の琴」〈監)田坂具隆(原)水上勉(脚)鈴木尚之〈出)佐久間良子、中村賀津雄、山岡久乃
「他人の顔」〈監)勅使河原宏〈原)〈脚)安部公房(音)武満徹〈出)仲代達也、平幹二郎
「白昼の通り魔」〈監)大島渚(脚)田村孟(出)川口小枝、佐藤慶、小山明子
1967年
わいせつとして訴えられていた武智鉄二監督の「黒い雪」が無罪判決をうける
「殺しの烙印」監督:鈴木清順
「あかね雲」〈監)篠田正浩(原)水上勉〈脚)鈴木尚之(出)岩下志麻、小川真由美、山崎努
「上意討ち・拝領妻始末」(監)小林正樹(出)三船敏郎、加藤剛(ヴェネチア映画祭国際映画評論家連盟賞
「智恵子抄」〈監)〈脚)中村登〈原)高村光太郎、佐藤春夫〈出)岩下志麻、丹波哲郎、南田洋子
「日本のいちばん長い日」〈監)岡本喜八(原)大宅荘一(脚)橋本忍(出)三船敏郎、笠智衆、宮口精二、山村聡
「人間蒸発」(監)(企)今村昌平(撮)石黒健治(出)早川佳江、露口茂(ATGによる最初の作品)
「忍者武芸帳」〈監)〈脚)大島渚〈原)白土三平(脚)佐々木守〈出)山本圭、小沢昭一、小山明子
(当時大人気だった白土三平の漫画を映画化。アクション映画としての面白さを打ち出し漫画の実写映画化の先駆となった)
「華岡青洲の妻」〈監)増村保造(原)有吉佐和子(脚)新藤兼人〈出)市川雷蔵、若尾文子、高峰秀子
「乱れ雲」(監)成瀬巳喜男(脚)山田信夫〈音〉武満徹(出)加山雄三、司葉子、加藤大介
「夜霧よ今夜も有難う」(監)江崎実生(出)石原裕次郎、二谷英明(カサブランカの日本版、日活ムードアクションの代表作)
「拳銃は俺のパスポート」(監)野村孝(出)宍戸錠(「Aのジョー」の代表作)
1968年
ATGが「一千万円映画」の製作開始
黒澤明がアメリカ映画「トラ・トラ・トラ!」の監督を解約される
日活が鈴木清順との契約を解除
大映が田宮二郎を解雇
野田高梧(脚本家、小津組)死去(74歳)
「神々の深き欲望」(監)(脚)今村昌平(製)山野井正則(脚)長谷部慶次(出)三国連太郎、沖山秀子、河原崎長一郎
「黒部の太陽」(監)(脚)熊井啓(脚)井手雅人(原)水本正次(出)三船敏郎、石原裕次郎、宇野重吉(三船プロの大作が大ヒット!)
「絞首刑」(監)(脚)大島渚(脚)田村孟、佐々木守ほか(出)佐藤慶、渡辺文雄、戸浦六宏、小松方正
「人生劇場 飛車角と吉良常」(監)内田吐夢(原)尾崎士郎(脚)柳田吾郎(出)鶴田浩二、松方弘樹、辰巳柳太郎
「初恋 地獄篇」(監)(脚)羽仁進(脚)寺山修司(製)藤井知至(出)高橋章夫、石井くに子
「緋牡丹博徒」(監)山下耕作(出)藤純子(シリーズ第一作が大ヒットとなる)
「肉弾」(監)(脚)岡本喜八(製)馬場和男(撮)村井博(出)寺田農、大谷直子、天本英世
1969年
フジテレビが「御用金」で映画に進出(テレビ局による映画界進出が始まる)
「コント55号 人類の大弱点」監督:福田 純
松竹がシリーズ開始
黒澤明、木下恵介、市川崑、小林正樹が独立プロダクション「四騎の会」を設立
ソニーがビデオ・プレイヤーを開発
成瀬巳喜男(監督)死去(64歳)
市川雷蔵(俳優)肝臓癌にて死去(37歳)
「男はつらいよ」(監)(脚)山田洋次(脚)森崎東(出)渥美清、倍賞千恵子(超ロングラン・シリーズの始まり)
「続 男はつらいよ」(監)(脚)山田洋次(脚)森崎東(出)渥美清、佐藤オリエ
「かげろう」(監)(脚)新藤兼人(脚)関功(出)乙羽信子、富山真沙子、伊丹十三
「少年」(監)大島渚(脚)田村孟(製)中島正幸、山口卓治(出)渡辺文雄、阿部哲夫、小山明子
「新宿泥棒日記」(監)大島渚(脚)田村孟(製)中島正幸(出)横尾忠則、田辺茂一、唐十郎
「心中天網島」(監)(企)(脚)篠田正浩(原)近松門左衛門(脚)富岡多恵子、武満徹(出)岩下志麻、中村吉右衛門
「長靴をはいた猫」(監)矢吹公郎(原)シャルル・ペロー(アニメ作品)(モスクワ映画祭入賞
「橋のない川」(監)(製)今井正(原)住井すえ(脚)八木保太郎(出)北林谷栄、伊藤雄一郎、長山藍子(読売ホールから自主上映公開始まる)
「風林火山」(監)稲垣浩(脚)橋本忍ほか(出)三船敏郎、中村錦之助、佐久間良子
「私が棄てた女」(監)浦山桐郎(原)遠藤周作(脚)山内久(出)河原崎長一郎、小林トシエ、浅丘ルリ子
1970年
日活と大映がダイニチ映配を設立
国立フィルムセンター開設
「座頭市と用心棒」監督:岡本喜八
榎本健一(俳優)65歳で死去
円谷英ニ(特撮、監督、製作)68歳で死去
月形龍之介(俳優)死去(68歳)
内田吐夢(監督)72歳で死去
「エロス+虐殺」(監)(製)(脚)吉田喜重(脚)山田正弘(撮)長谷川元吉(出)茉莉麻理子、楠有子、細川俊之
「男はつらいよ 望郷篇」(監)(原)(脚)山田洋二(脚)宮崎晃(出)渥美清、長山藍子、倍賞千恵子
「家族」(監)(原)(脚)山田洋二(脚)宮崎晃(製)三嶋与四治(出)倍賞千恵子、井川比佐志、笠智衆、前田吟
「昭和残侠伝・死んで貰います」(監)マキノ雅広(出)高倉健、藤純子(黄金コンビ誕生!)
「戦争と人間」(監)山本薩夫(原)五味川純平(脚)山田信夫(撮)姫田真左久(出)滝沢修、芦田伸介、浅丘ルリ子
「地の群れ」(監)(脚)熊井啓(脚)(原)井上光晴(製)高島幸夫、大塚和(出)鈴木瑞穂、寺田誠、紀比呂子
「どですかでん」(監)(製)(脚)黒澤明(製)松江陽一(脚)橋本忍、小国英雄(出)頭師佳孝、菅井きん、芥川比呂志(アデレード映画祭作品賞、監督賞
「裸の十九才」(監)(脚)新藤兼人(製)能登節雄、桑原一雄ほか(出)原田大二郎、乙羽信子(モスクワ映画祭金賞
「無常」(監)実相寺昭雄(脚)石堂淑郎(製)淡豊昭(音)冬木透(出)田村亮、司美智子、岡田英次(ロカルノ映画祭ゴールデン・ジャガー賞
1971年
大映が倒産
東映社長・大川博の死去により、岡田茂が社長就任
日活はロマン・ポルノ製作へと方向転換。組合主導での再スタート。全作品を製作費750万円で製作。ロマン・ポルノ出身の監督は、西村昭五郎、林功、田中登、加藤彰、藤田敏八、神代辰巳、村川透、
根岸吉太郎、小原宏裕、曽根中生、池田敏春、中原俊らがいます。
黒澤明、手首を切り自殺を図る
「八月の濡れた砂」(監)(脚)藤田敏八(脚)大和屋竺(出)広瀬昌助、村野武範、中沢直人、テレサ野田、渡辺文雄、地井武男
(ロマンポルノ前、日活最後の作品。70年安保が終わり、学生運動の終焉とともに「全共闘世代」も「太陽族」も過去のものになりつつある時期の青春映画。それは日本の青春時代の終わりでもあった。
石川セリの同名主題歌はこの時代を象徴する歌詞だった。「あの夏の光と影は、どこへ行ってしまったの・・・」)
「後悔するぞ!健一郎!」
「ああ、したいんだ。できればな」

渡辺文雄と村野武範の会話
「男はつらいよ 寅次郎恋歌」(監)(原)(脚)山田洋次(脚)朝間義隆(出)渥美清、倍賞千恵子、池内淳子
「儀式」(監)(脚)大島渚(脚)田村孟、佐々木守(撮)成島東一郎(出)佐藤慶、河原崎健三、小山明子
「三里塚・第二砦の人々」(監)小川紳介(撮)田村正毅(ドキュメンタりー映画)(西独マンハイム映画祭ズテンベルグ映画祭
「書を捨てよ町へ出よう」(監)(原)(脚)寺山修司(音)下田逸郎、荒木一郎、クニ河内ほか(出)佐々木英明、小林由紀子、斉藤正治(サンレモ国際映画祭グランプリ
「戦争と人間 第二部愛と悲しみの山河」
(監)山本薩夫(原)五味川純平(脚)武田敦、山田信夫(出)滝沢修、吉永小百合
「沈黙」(監)(脚)篠田正浩(原)(脚)遠藤周作(出)デヴィッド・ランプソン、岩下志麻、マコ・岩松
「水俣-患者さんとその世界」(監)土本典昭(ドキュメンタりー映画)
「やさしいにっぽん人」(監)(脚)東陽一(脚)前田勝弘(製)高木隆太郎(出)河原崎長一郎、緑魔子、伊丹十三
「団地妻・昼下がりの情事」(監)西村昭五郎(日活ロマン・ポルノ第一作)
1972年
日活ロマン・ポルノ3作品が猥褻疑惑で問題となる(「恋の狩人」など)
映画館入館者数が1億8700万人となり2億人をきる
東映「女囚さそり」がヒット(劇画映画化の先駆)
市川崑 演出のテレビ・ドラマ「木枯らし紋次郎」スタート、大ヒットとなる(出)中村敦夫(映画版は菅原文太)
「一条さゆり 濡れた欲情」(監)(脚)神代辰巳(企)三浦朗(撮)姫田真左久(出)一条さゆり、白川和子、伊佐山ひろ子、高橋明(一世を風靡したストリッパーの人生)
「男はつらいよ 柴又慕情」(監)(原)(脚)山田洋次(製)島津清(脚)朝間義隆(出)渥美清、倍賞千恵子、吉永小百合
「軍旗はためく下に」(監)深作欣司(原)結城昌治(脚)新藤兼人(音)林光(出)丹波哲郎、三谷昇、左幸子
「忍ぶ川」(監)(脚)熊井啓(原)三浦哲郎(脚)長谷部慶次(撮)黒田清己(出)栗原小巻、加藤剛、永田靖、滝花久子
「女囚701号さそり」(監)伊藤俊也(脚)神波史男、松田寛夫(原)篠原とおる「さそり」(出)梶芽衣子、扇ひろ子、夏八木勲、渡辺文雄、横山リエ、三原葉子
(タランティーノの「キル・ビル」のエンディング・テーマとして復活した「怨み節」は梶自身が歌い当時大ヒットした。反権力のエネルギーが行き場を失った時代に梶の怨みを込めた目力が人々を魅了した。
さそりは園子温監督作品「愛のむきだし」でも復活しています。栗山千秋と満島ひかりは梶の後継者となるのか)
「白い指の戯れ」(監)(脚)村川透(脚)神代辰巳(企)三浦朗(撮)姫田真左久(出)荒木一郎、伊佐山ひろ子、谷本一(少女のスリの性を描いた青春ドラマ)
「旅の重さ」(監)斉藤耕一(原)素九鬼子(脚)石森史郎(製)上村務(音)吉田拓郎(出)高橋洋子、岸田今日子、高橋悦史、三国連太郎
「故郷」(監)(原)(脚)山田洋次(製)島津清(脚)宮崎晃(出)井川比佐志、倍賞千恵子、渥美清、笠智衆
「約束」(監)斉藤耕一(脚)石森史郎(製)斉藤節子、樋口清(撮)坂本典隆(出)岸恵子、萩原健一、南美江
1973年
東映「仁義なき戦い」から実録ヤクザ路線が始まる
東宝の大作路線として作られた「日本沈没」が大ヒット
オイルショックにより平日午前中の上映が中止になる
菊田一夫(作家、原作者)死去(65歳)
「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」(監)(原)(脚)山田洋次(脚)朝間義隆、宮崎晃(音)山本直純(出)渥美清、浅丘ルリ子
「恍惚の人」(監)豊田四郎(原)有吉佐和子(脚)松山善三(撮)岡崎宏三(出)森繁久弥、田村高広、高峰秀子、乙羽信子
「戦争と人間 第三部 完結篇」(監)山本薩夫(原)五味川純平(脚)武田敦、山田信夫(出)滝沢修、高橋悦史
「仁義なき戦い」(監)深作欣二(原)飯干千一(脚)笠原和夫(撮)吉田貞次(音)津島利章(出)菅原文太、松方弘樹、梅宮辰夫、金子信雄、田中邦衛、渡瀬恒彦
(この作品もまた全共闘世代に愛された。サム・ペキンパーが撮ったヤクザ映画でリアリズムに徹した娯楽アクションの傑作。松方演じる坂井のセリフ「わしらが最初に考えた、したことが自由に出来る組を作り直すんよ」は、内ゲバによって内部崩壊した赤軍派の言葉のようにも聞こえます)
「青幻記 遠い日の母は美しく」(監)(脚)(撮)成島東一郎(原)一色次郎(脚)平岩弓枝、伊藤昌輝(出)田村高広、賀来敦子、山岡久乃
「津軽じょんがら節」(監)(脚)斉藤耕一(脚)中島丈博(撮)坂本典隆(音)高橋竹山、白川軍八郎(出)江波杏子、織田あきら、中川三穂子
「股旅」(監)(脚)市川崑(脚)谷川俊太郎(出)小倉一郎、尾藤イサオ
「四畳半襖の裏張り」(監)(脚)神代辰巳(原)永井荷風(撮)姫田真左久(出)宮下順子、江角英明、山谷初男(戦前の遊郭を舞台にした娼婦たちの生活)
1974年
大映が独立プロとして再建
岩波ホールにおいてエキプ・ド・シネマがスタート。第一回作品としてサタジット・レイの「大樹のうた」公開
(東和副社長の川喜多かしこ、岩波ホール支配人の高野悦子によるプロジェクト)
東映と暴力団との癒着が問題になる
田坂具隆(監督)死去(73歳)
花菱アチャコ(俳優)死去(77歳)
山本嘉次郎(監督)死去(72歳)
「赤ちょうちん」(監)藤田敏八(脚)中島丈博(製)岡田裕(出)高岡健二、秋吉久美子、長門裕之
「伊豆の踊子」(監)西河克巳(原)川端康成(脚)若杉光夫(出)山口百恵、三浦友和(黄金コンビ第一作)
「妹」(監)藤田敏八(脚)内田栄一(製)岡田裕(音)木田高介(出)秋吉久美子、林隆三、吉田日出子
「華麗なる一族」(監)山本薩夫(原)山崎豊子(脚)山田信夫(出)佐分利信、京マチ子、仲代達矢
「小林多喜二」(監)今井正(原)手塚秀孝(脚)勝山俊介(出)山本圭、森幹太(ベルガモ国際映画祭グランプリ
「サンダカン八番娼館 望郷」(監)(脚)熊井啓(原)山崎朋子(脚)広沢栄(音)伊福部昭(出)栗原小巻、田中絹代(ベルリン映画祭主演女優賞)、田中健
「砂の器」(監)野村芳太郎(原)松本清張(脚)橋本忍、山田洋次(音)芥川也寸志
(出)丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、緒方拳(モスクワ国際映画祭審査員特別賞
「青春の蹉跌」(監)神代辰巳(原)石川達三(脚)長谷川和彦(製)田中収(出)萩原健一、桃井かおり、檀ふみ
「ともだち」(監)沢田幸弘(脚)勝目貴久(出)阿部仁志、鈴木典子、松田優作(ベルグラード国際映画祭 金賞
「ねむの木の詩」(監)(製)(原)(脚)(音)(歌)(ナレーション)宮城まり子(ドキュメンタリー映画)(国際赤十字映画祭銀賞
「竜馬暗殺」(監)黒木和雄(脚)清水邦夫、田辺泰志(製)黒田征太郎ほか(出)原田芳雄、石橋蓮司、松田優作、桃井かおり
「わが道」(監)(脚)新藤兼人(製)高島道吉ほか(撮)黒田清巳(出)乙羽信子、殿山泰司
「襤褸の旗」(監)吉村公三郎(脚)宮本研(撮)宮島義勇、関根重行(出)三国連太郎、荒木道子
1975年
洋画の興行収入が邦画を上回る
東映「トラック野郎」シリーズが始まる
東映太秦映画村がオープン
加藤大介(俳優)死去(64歳)
「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」(監)(構成)(台本)(インタビュー)新藤兼人(撮)三宅義行
「男はつらいよ 寅次郎相合傘」(監)(脚)山田洋次(製)島津清(脚)朝間義隆(出)渥美清、浅丘ルリ子
「化石」(監)小林正樹(原)井上靖(脚)稲垣俊、よしだたけし(音)武満徹(出)佐分利信、岸恵子、井川比佐志
「金環蝕」(監)山本薩夫(製)伊藤武郎(原)石川達三(脚)田坂啓(撮)小林節雄(出)宇野重吉、仲代達矢、三国連太郎
「新幹線大爆破」(監)(脚)佐藤純弥(原)加藤阿礼(脚)小野竜之介(撮)飯村雅彦(出)高倉健、山本圭、織田あきら
「田園に死す」(監)(製)(原)(脚)寺山修司(製)九条映子、ユミ・ゴヴァース(出)八千草薫、高野浩之、原田芳雄
「本陣殺人事件」(監)(脚)高林陽一(撮)森田富士郎(出)中尾彬、田村高広、高沢順子(横溝正史ブーム始まる)
「祭りの準備」(監)黒木和雄(原)(脚)中島丈博(製)大塚和、三浦波夫(出)江藤潤、ハナ肇、原田芳雄
1976年
角川書店「犬神家の一族」で映画製作に進出。メディア・ミックス、広告重視の映画公開時代始まる
映倫「一般映画制限付(R指定)」を設定
田中絹代(俳優)死去(67歳)
「嗚呼!!花の応援団」(監)曽根中生(原)どおくまんプロ(脚)田中陽造(出)井上治之、深見博
「あにいもうと」(監)今井正(原)室生犀星(脚)水木洋子(出)草刈正雄、秋吉久美子、大滝秀治(インド映画祭外国語映画最優秀賞
「犬神家の一族」(監)市川崑(製)角川春樹、市川喜一(原)横溝正史(出)石坂浩二、あおい輝彦、高峰三枝子、島田陽子
(角川映画第一作、映画会社以外の企業の参入により映画の製作スタイルが変わるきっかけとなった)
「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」(監)(原)(脚)山田洋次(脚)朝間義隆(出)渥美清、太地喜和子、倍賞千恵子
「さらば夏の光よ」(監)山根成之(原)遠藤周作(脚)ジェームス・三木(出)郷ひろみ、秋吉久美子
「青春の殺人者」(監)長谷川和彦(製)今村昌平、大塚和(原)中上健二「蛇淫」(脚)田村孟(音)ゴダイゴ(出)水谷豊、原田美枝子(デビュー作がキネマ旬報の1位に輝いた)
「この犯罪は、まさに都市と農村がぶつかるところ、日本社会の諸矛盾が一挙に吹き出ている”周縁地域”で起こっている」
川本三郎
「大地の子守歌」(監)増村保造(原)素九鬼子(脚)白坂依志夫(製)藤井浩明、木村元保(出)原田美枝子、佐藤佑介、岡田英次
「不毛地帯」(監)山本薩夫(原)山崎豊子(脚)山田信夫(出)仲代達矢、八千草薫、丹波哲郎 
1977年
邦画の一本立て公開が増加
角川映画「人間の証明」が大ヒット
アニメ映画「宇宙戦艦ヤマト」大ヒット(監)舛田利雄(原)松本零士。
豊田四郎(監督)死去(71歳)
「悪魔の手毬唄」(監)(製)市川崑(原)横溝正史(脚)久里子亭(出)石坂浩二、岸恵子、若山富三郎
「幸福の黄色いハンカチ」(監)(原)山田洋次(脚)朝間義隆(原)ピート・ハミル(撮)高羽哲夫(出)高倉健、倍賞千恵子、武田鉄矢、桃井かおり
(第一回日本アカデミー賞作品賞、監督賞受賞)
「青春の門 自立篇」(監)(脚)浦山桐郎(脚)早坂暁(原)五木寛之(出)田中健、大竹しのぶ、いしだあゆみ
「遠い一本の道」(監)(製)左幸子(脚)宮本研(出)井川比佐志、左幸子、市毛良枝
「竹山ひとり旅」(監)(脚)新藤兼人(音)林光(出)高橋竹山、林隆三、乙羽信子(モスクワ映画祭監督賞、ソ連美術家同盟賞
「ねむの木の詩がきこえる」(監)(製)(脚)(音)(出)宮城まり子(撮)岡崎宏三(国際赤十字映画祭最高賞
「八甲田山」(監)森谷司郎(製)橋本忍、野村芳太郎(原)新田次郎(脚)橋本忍(出)高倉健、北大路欣也、栗原小巻、三国連太郎
「はなれ瞽女おりん」(監)(脚)篠田正浩(原)水上勉(撮)長谷部慶次(出)岩下志麻、原田芳雄、奈良岡朋子、殿山泰司
「ボクサー」(監)(脚)寺山修司(脚)石森史郎、岸田理生(音)J・A・シーザー(出)菅原文太、清水健太郎
「八つ墓村」(監)野村芳太郎(原)横溝正史(脚)橋本忍(出)渥美清、萩原健一、小川真由美
「壇ノ浦夜枕合戦」(監)神代辰巳(12世紀の貴族・武将の性生活)
「日本の首領」(監)中島貞夫(3部作の第一作)
1978年
東映が小規模作品用の製作会社東映セントラル設立
第一回日本アカデミー賞受賞式が開催される
「日活」が「にっかつ」社名変更(アダルト・ビデオの登場により、ロマン・ポルノは終焉へ)
田宮二郎(俳優)散弾銃による自殺(43歳)
古賀政男(作曲家)死去(73歳)
佐野周二(俳優)死去(67歳)
「愛の亡霊」(監)大島渚(主)吉行和子、田村高広(カンヌ映画祭監督賞、フランス映画高等技術委員会賞
「帰らざる日々」(監)(脚)藤田敏八(製)岡田裕(原)(脚)中岡京平(撮)前田米造(音)アリス(出)永島敏行、江藤潤、浅野真弓
「鬼畜」(監)(製)野村芳太郎(原)松本清張(脚)井手雅人(撮)川又昴(出)緒方拳、岩下志麻、小川真由美
サード(監)東陽一(製)前田勝弘(原)軒上泊(脚)寺山修司(音)田中未知(出)永島敏行、森下愛子
「さらば宇宙戦艦ヤマト・愛の戦士たち」(監)舛田利雄(原)松本零士(一作目を上回る大ヒットとなる)
「事件」(監)(製)野村芳太郎(脚)新藤兼人(原)大岡昇平(撮)川又昴(出)永島敏行、松坂慶子、大竹しのぶ、渡瀬恒彦
「曽根崎心中」(監)(脚)増村保造(製)藤井浩明他(原)近松門左衛門(脚)白坂依志夫(音)武満徹(出)藤竜也、吉行和子
「ダイナマイトどんどん」(監)岡本喜八(原)火野葦平(脚)井手雅人(監)菅原文太、北大路欣也
「人妻集団暴行致死事件」(監)田中登(製)三浦朗(原)長谷部日出雄(脚)佐治乾(出)室田日出男、酒井昭、黒沢のり子(現代を「舞台にした極限の性)
「博多っ子純情」(監)曽根中生(製)土肥静加(原)長谷川法世(脚)石森史郎(出)光石研、松本ちえこ
「冬の華」(監)降旗康男(脚)倉本聰(音)クロード・チアリ(出)高倉健、池上季実子、田中邦衛
「柳生一族の陰謀」(監)(脚)深作欣二(脚)野上龍雄、松田寛夫(出)千葉真一、萬屋錦之助、丹波哲郎(東映12年ぶりの時代劇、大ヒットとなる)
「野性の証明」(監)佐藤純弥(原)森村誠一(脚)高田宏治(出)高倉健、薬師丸ひろ子
1979年
「銀河鉄道999」「ルパン三世」などのヒットからアニメ映画時代始まる
黒澤明監督の「影武者」オーディションに15000人が応募
「愛のコリーダ」猥褻裁判。大島渚に無罪判決
「ああ野麦峠」(監)山本薩夫(原)山本茂実(脚)服部佳(製)伊藤武郎(出)大竹しのぶ、原田美枝子
「赫い髪の女」(監)神代辰巳(製)三浦朗(原)中上健次(脚)荒井晴彦(出)宮下順子、石橋蓮司、亜湖、阿藤海
「エーゲ海に捧ぐ」(監)(脚)(原)池田満寿夫(出)イロナ・スターラ、クラウディオ・アリオッティ(異業種監督登場)
「限りなく透明に近いブルー」(監)(脚)(原)村上龍(出)三田村邦彦、中山真理、平田満(異業種監督登場)
「月山」(監)(製)村野鐡太郎(原)森敦(脚)高山由紀子(撮)高間賢治(出)河原崎次郎、友里千賀子
「Keiko」(監)(製)(脚)クロード・ガニヨン(撮)アンドレ・ペルチエ(音)深町純(出)若芝順子、きたむらあきこ
「絞殺」(監)(脚)(製)新藤兼人(出)西村晃、乙羽信子、狩場勉(ヴェネチア映画祭イタリア批評家連盟主演女優賞
「十九歳の地図」(監)(製)(脚)柳町光男(原)中上健次(撮)榊原勝己(出)本間優二、蟹江敬三、沖山秀子、山谷初男
「衝動殺人 息子よ」(監)(脚)木下恵介(製)飯島敏宏他(原)佐藤秀郎(脚)砂田量爾(出)若山富三郎、高峰秀子、田中健
「太陽を盗んだ男」(監)(脚)長谷川和彦(原)(脚)レナード・シュナイダー(製)山本又一朗(出)沢田研二、菅原文太、池上季美子
「東京大空襲 ガラスのうさぎ」(監)橘裕典(原)高木敏子(脚)立原りゅう(出)蛯名由紀子、長門裕之(インド国際児童映画祭最優秀賞
「復讐するは我にあり」(監)今村昌平(製)井上和男(原)佐木隆三(脚)馬場当(撮)姫田真左久(出)緒方拳、三国連太郎、小川真由美、倍賞美津子
「もう頬づえはつかない」(監)(脚)東陽一(製)有馬孝他(原)見延典子(脚)小林竜雄(音)田中未知(出)桃井かおり、森本レオ
「天使のはらわた・赤い教室」(監)曽根中生(学校を舞台にした暴行事件)
1980年
特設テント・シネマプラセットで「ツィゴイネルワイゼン」公開される(インディーズ映画公開の新しいスタイル)
日活ロマン・ポルノ裁判、全員に無罪判決
アニメ「ドラエもん」シリーズ始まる
「お母さんのつうしんぼ」(監)武田一成(原)宮川ひろ(出)藤田弓子、久保田理恵(サレルノ映画祭特別賞
「海潮音」(監)(脚)橋浦方人(製)佐々木史朗(音)深町純(出)池辺良、荻野目慶子、山口果林
「影武者」(監)黒澤明(製作総)フランシス・フォード・コッポラスティーブン・スピルバーグカンヌ映画祭パルムドール
「神様のくれた赤ん坊」(監)(脚)前田陽一(脚)荒井晴彦、南部英夫(出)渡瀬恒彦、桃井かおり、河原崎長一郎
「狂い咲きサンダーロード」(監)(脚)石井聡互(製)(脚)秋田光彦(撮)笠松則通(音)パンタ&ハル(出)山田辰夫、大地雅光
「四季・奈津子」(監)東陽一(原)五木寛之(製)吉田達(音)田中未知(出)烏丸せつこ、阿木耀子、風間杜夫、藤田敏八
「太陽の子 てだのふあ」(監)(脚)浦山桐郎(原)灰谷健次郎(撮)安藤庄平(出)原田春美、大空真弓、大竹しのぶ、河原崎長一郎
「父よ母よ!」(監)(脚)木下恵介(原)斉藤茂男(出)三原順子、滝沢美幸、吉田康子
「ツィゴイネルワイゼン」(監)鈴木清順(製)荒戸源次郎(脚)田中陽造
(出)大谷直子、原田芳雄、大楠道代、藤田敏八(ベルリン映画祭審査員特別賞、国際アートシネマ連盟賞
「遥かなる山の呼び声」(監)(脚)山田洋次(製)島津清(脚)朝間義隆(撮)高羽哲夫(出)高倉健、倍賞千恵子、吉岡秀隆(モントリオール映画祭審査員特別賞
「ヒポクラテスたち」(監)(脚)大森一樹(製)佐々木史朗(出)古尾谷雅人、柄本明、伊藤蘭
1981年
たのきんトリオ、薬師丸ひろ子など、アイドル映画がヒット
パイオニアが20世紀FOXの作品をビデオで販売開始
五所平之助(監督)死去(79歳)
木村功(俳優)死去(58歳)
伊藤大輔(監督)死去(82歳)
河原崎長十郎(俳優)死去(78歳)
伴淳三郎(俳優)死去(73歳)
「嗚呼!おんなたち 猥歌」(監)(脚)神代辰巳(脚)荒井晴彦(製)三浦朗(出)内田裕也、中村れい子
「ええじゃないか」(監)(原)(脚)今村昌平(製)小沢昭一他(脚)宮本研(音)池辺晋一郎(出)桃井かおり、泉谷しげる、草刈正雄
「駅 Station」(監)降旗康男(脚)倉本聡(撮)木村大作(音)宇崎竜童(出)高倉健、倍賞千恵子、いしだあゆみ、烏丸せつこ、根津甚八
「遠雷」(監)根岸吉太郎(原)立松和平(脚)荒井晴彦(撮)安藤庄平(出)永島敏行、石田えり、ジョニー大倉
「ガキ帝国」(監)井筒和幸(製)佐々木史朗、森信夫(脚)西岡琢也(出)島田紳介、松本竜介、趙方豪、紗貴めぐみ
「陽炎座」(監)鈴木清順(製)荒戸源次郎(原)泉鏡花(脚)田中陽造(撮)永塚一栄(出)松田優作、大楠道代、中村嘉津雄、加賀まりこ
「幸福」(監)市川崑(製)後藤由多加(原)エド・マクベイン(出)水谷豊、永島敏行、中原理恵、谷啓
「子どものころ戦争があった」(監)斉藤貞郎(脚)鈴木尚之(出)斉藤優一、樫山文枝(マニラ国際映画祭国際カトリック大賞
「近頃なぜかチャールストン」(監)(製)(脚)岡本喜八(脚)(出)利重剛(出)小沢栄太郎、古館ゆき
「泥の河」(監)小栗康平(原)宮本輝(出)田村高広、藤田弓子(子供たちがなんと生き生きしていたことか!)(モスクワ映画祭銀賞
「の・ようなもの」(監)(企)(脚)森田芳光(撮)渡部眞(編)川島章正(音)塩村宰(出)伊藤克信、秋吉久美子、尾藤イサオ
「北斎漫画」(監)(脚)新藤兼人(製)赤司学文、中條宏行(原)矢代静一(出)緒方拳、西田敏行、田中裕子、樋口可南子
1982年
ディレクターズ・カンパニー設立(長谷川和彦、相米慎二、根岸吉太郎、黒沢清、高橋伴明・・・)1992年解散
日中合作映画「未完の対局」公開
江利チエミ(歌手、俳優)死去(45歳)
衣笠貞之助(監督)死去(86歳)
岸田森(俳優)死去(43歳)
佐分利信(俳優)死去(73歳)
志村喬(俳優)死去(76歳)
「怪異談 生きている小平次」(監)中川信夫(製)磯田啓二、佐々木史朗(原)鈴木泉三郎(出)藤間文彦、宮下順子
「蒲田行進曲」(監)深作欣二(原)(脚)つかこうへい(製)角川春樹(出)風間杜夫、松坂慶子、平田満
「鬼龍院花子の生涯」(監)五社英雄(原)宮尾登美子(脚)高田宏治(出)仲代達矢、夏目雅子、岩下志麻(マニラ映画祭主演男優賞
「疑惑」(監)(製)野村芳太郎(原)(脚)松本清張(撮)川又昴(出)岩下志麻、桃井かおり、柄本明
「さらば愛しき大地」(監)(製)(脚)柳町光男(製)池田哲也、池田道彦(出)根津甚八、秋吉久美子、山口美也子
「TATOO[刺青]あり」(監)高橋伴明(製)佐々木史朗(脚)西岡琢也(音)宇崎竜童(出)宇崎竜童、関根恵子
「転校生」(監)大林宣彦(製)佐々木史朗(原)山中恒(脚)剣持宣(撮)阪本善尚(音)林昌平(出)小林聡美、尾見としのり
「遠野物語」(監)(製)村野鐡太郎(原)柳田國男(脚)高山由紀子(撮)吉岡康弘(出)原陽子、隆大介、仲代達也(サレルノ国際映画祭グランプリ
「日本国 古屋敷村」(監)小川紳介(製)伏屋博雄(撮)田村正毅(音)関一郎)(ドキュメンタリー映画)(ベルリン映画祭国際批評家賞
「未完の対局」(監)佐藤純弥、段吉順(脚)神波忠男ほか(出)三国連太郎、松坂慶子(モスクワ映画祭グランプリ
「水のないプール」(監)(製)若松孝二(脚)内田栄一(撮)袴一喜(音)大野克夫(出)内田裕也、中村れい子、MIE
「誘拐報道」(監)伊藤俊也(原)読売新聞大阪支社社会部(脚)松田寛夫(出)萩原健一、小柳ルミ子、秋吉久美子、伊藤四朗(モントリオール映画祭審査員特別賞
1983年
「南極物語」が興行記録を塗り替えるヒットとなる
「男はつらいよ」シリーズがギネス・ブックの映画の最長シリーズとして認定される
片岡千恵蔵(俳優)死去(79歳)
寺山修司(演出家、詩人、俳人、映画監督)死去(47歳)
山本薩夫(監督)死去(73歳)
「天城越え」(監)(脚)三村晴彦(製)野村芳太郎、宮島秀司(脚)加藤泰(原)松本清張(出)渡瀬恒彦、田中裕子、平幹二郎(モントリオール映画祭主演女優賞
「家族ゲーム」(監)(脚)森田芳光(製)佐々木史朗他(原)本間洋平(撮)松田優作、宮川一朗太、伊丹十三、由紀さおり
「魚影の群れ」(監)相米慎二(原)吉村昭(脚)田中陽造(撮)長沼六男(出)緒方拳、夏目雅子、十朱幸代
「細雪」(監)(製)(脚)市川崑(原)谷崎潤一郎(撮)長谷川清(出)岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川裕子、石坂浩二
「十階のモスキート」(監)(脚)崔洋一(脚)(出)内田裕也(出)中村礼子、小泉今日子
「戦場のメリー・クリスマス」(監)大島渚(原)ローレンス・ヴァンデル・ポスト(製)ジェレミー・トーマス(出)デヴィッド・ボウィ、坂本龍一、ビートたけし、トム・コンティ
イタリア映画批評家協会最優秀映画賞
「東京裁判」(監)(脚)小林正樹(原)稲垣俊(脚)小笠原清(音)武満徹(ドキュメンタリー)
「楢山節考」(監)(脚)今村昌平(主)緒方拳、坂本スミ子(カンヌ映画祭パルムドール受賞)
「南極物語」(監)(製)(脚)蔵原惟繕(脚)野上龍雄(日本映画史上最高のヒット56億の配給収入)
「ふるさと」(監)(製)(脚)神山征二郎(原)平方浩介(出)加藤嘉、長門裕之、樫山文枝(モスクワ映画祭主演男優賞
「竜二」(監)川島透(脚)鈴木明夫(プロ)大石忠敏(撮)川越道彦(出)金子正次、永島瑛子、北公次
1984年
西武シネセゾン設立
大川橋蔵(俳優)死去(55歳)
森谷司郎(監督)死去(53歳)
長谷川一夫(俳優)死去(75歳)
平田昭彦(俳優)死去(56歳)
「お葬式」(監)(脚)伊丹十三(撮)前田米造(出)山崎努、宮本信子、菅井きん、大滝秀治
「おはん」(監)(製)(脚)市川崑(原)宇野千代(出)吉永小百合、大原麗子、石坂浩二
「風の谷のナウシカ」(監)(原)(脚)宮崎駿(プロ)高畑勲(音)久石譲(作画監)小松原一男
「ゴジラ」(監)橋本幸治(原)(製)田中友幸(出)田中健、沢口靖子(ゴジラ三十周年記念作品)
「さらば箱舟」(監)(台)寺山修司(台)岸田理生(出)小川真由美、山崎努、原田芳雄
「瀬戸内少年野球団」(監)篠田正浩(製)原正人(原)阿久悠(脚)田村孟(出)夏目雅子、郷ひろみ、佐倉しおり
「Wの悲劇」(監)(脚)澤井信一郎(原)夏樹静子(脚)荒井晴彦(音)久石譲(出)薬師丸ひろ子、三田佳子
「チ・ン・ピ・ラ」(監)(脚)川島透(脚)(企)金子正次(出)柴田恭兵、ジョニー大倉、石田えり
「廃市」(監)(プ)(企)(音)大林宣彦(原)福永武彦(脚)内藤誠、桂千穂(出)小林聡美、山下規介、根岸季衣
「麻雀放浪記」(監)(脚)和田誠(原)阿佐田哲也(脚)澤井信一郎(出)真田広之、鹿賀丈史
1985年
映画館の入館者数1億5500万人となり、ピーク時の1/8となる
中堅、若手の監督たちの多くがテレビ界で稼ぐようになる。(「仕掛け人」シリーズの三隅研次、「キイハンター」の佐藤純弥
第一回東京国際映画祭開催
「ロマンX」路線というハードなポルノ映画へ転換
天地茂(俳優)死去(54歳)
浦山桐郎(監督)死去(54歳)
大友柳太郎(俳優)死去(73歳)
笠置シヅ子(歌手、俳優)死去(70歳)
加藤泰(監督)死去(68歳)
夏目雅子、急性骨髄性白血病にて死去(まだ27歳)
藤原釜足(俳優)死去(80歳)
細川俊夫(俳優)死去(54歳)
宮口精二(俳優)死去(70歳)
「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」(監)(脚)森崎東(脚)近藤昭二、大原清秀(出)倍賞美津子、平田満、原田芳雄
「国東物語」(監)(製)村野鐡太郎(原)(脚)高山由紀子(出)隆大介、貞永敏(サレルノ映画祭グランプリ
「恋文」(監)神代辰巳(製)奥山和由、長良じゅん(原)連城三紀彦(出)萩原健一、倍賞美津子、高橋恵子
「さびしんぼう」(監)(脚)大林宣彦(原)山中恒(脚)剣持宣、内藤忠司(撮)阪本善尚(出)富田靖子、尾美としのり、藤田弓子
「早春物語」(監)澤井信一郎(原)赤川次郎(脚)那須真知子(撮)仙元誠三(音)久石譲(出)原田知世、林隆三、田中邦衛
「それから」(監)森田芳光(原)夏目漱石(脚)筒井ともみ(撮)前田米造(出)松田優作、藤谷美和子、小林薫(モントリオール映画祭特別優秀作品賞
「台風クラブ」(監)相米慎二(企)(製)宮坂進(脚)加藤祐司(撮)伊藤昭裕(出)三上祐一、工藤夕貴、大西結花
「花いちもんめ」(監)伊藤修也(脚)松田寛夫(撮)井口勇(出)千秋実、十朱幸世、西郷輝彦
「火まつり」(監)柳町光男(脚)中上健次(製)清水一夫(撮)田村正毅(出)北大路欣也、太地喜和子、宮下順子、三木のり平
「ビルマの竪琴」(監)市川崑(原)竹山道雄(脚)和田夏十(撮)小林節雄(出)石坂浩二、中井貴一、川谷拓三
「乱」(監)(脚)黒澤明(脚)小国秀雄、井出雅人(音)武満徹
(出)仲代達矢、根津甚八、原田美枝子、隆大介(ワダエミがアカデミー衣装デザイン賞全米絵映画批評家協会作品賞))
1986年
六本木、渋谷に単館劇場が続々とオープン
海外からの輸入映画の多様化が進み、邦画離れが進む
レンタル・ビデオを中心にビデオ産業が急成長
日本映画学校(校長・今村昌平)の新校舎完成
フジテレビ製作の映画「子猫物語」が大ヒットとなる
佐々木孝丸(俳優)死去(88歳)
増村保造(監督)死去(62歳)
「ウホッホ探検隊」(監)根岸吉太郎(原)干刈あがた(脚)森田芳光(音)鈴木さえ子(出)十朱幸代、田中邦衛、藤真利子
「海と毒薬」(監)(脚)熊井啓(製)滝島恵一郎(原)遠藤周作(出)奥田瑛ニ、渡辺謙、田村高広(ベルリン映画祭銀熊賞
「火宅の人」(監)(脚)深作欣二(原)檀一雄(脚)神波史男(撮)木村大作(出)緒形拳、いしだあゆみ、松坂慶子、原田美枝子
「キネマの天地」(監)(脚)山田洋次(製)野村芳太郎(脚)井上ひさし、山田太一、朝間義隆(出)渥美清、有森也実、中井貴一
「恋する女たち」(監)(脚)大森一樹(原)氷室冴子(撮)室田武久(音)かしぶち哲郎(出)斉藤由貴、高井麻巳子、相楽ハル子
「コミック雑誌なんかいらない!」(監)滝田洋二郎(脚)内田裕也、高木功(音)大野克夫(出)内田裕也、麻生祐未、ビートたけし
「子猫物語」(監)畑正憲、市川崑(ナレーション)露口茂、小泉京子(フジ・テレビ初のテレビドラマが大ヒット、今後テレビ局よる映画製作は急に増えてゆく)
「ジャズ大名」(監)(脚)岡本喜八(原)(音)筒井康隆(脚)石堂淑郎(音)山下洋輔(出)古谷一行、財津一郎、神崎愛
「鑓の権三」(監)篠田正浩(原)近松門左衛門(脚)富岡多恵子(撮)宮川一夫(音)武満徹(出)郷ひろみ、岩下志麻、田中美佐子(ベルリン映画祭銀熊賞
「天空の城ラピュタ」(監)(原)(脚)宮崎駿(製)徳間康快(音)久石譲
「人間の約束」(監)(脚)吉田喜重(原)佐江衆一(脚)宮内婦貴子(撮)山崎善弘(出)三国連太郎、村瀬幸子、河原崎長一郎(セバスチャンシルバー・シェル賞)
「春駒のた」(監)(製)(脚)神山征二郎(原)宮川ひろ(出)田村高広、二木てるみ、左幸子(タシケント映画祭最優秀作品賞
「夢みるように眠りたい」(監)(製)(脚)(編)林海象(撮)長田勇一(出)佳村萌、佐野史郎(スペイン・ベナルマデナ映画祭大賞
1987年
異なる業界からの監督次々に誕生。異なる業界からの映画界への出資も増える
レンタル・ビデオが急速に普及。観客数が1億4000万人を突破
石原裕次郎(俳優)死去(52歳)
有島一郎(俳優)死去(71歳)
鶴田浩二(俳優)死去(62歳)
「永遠の1/2」(監)根岸吉太郎(原)佐藤正午(脚)内田栄一(撮)川上皓一(出)時任三郎、大竹しのぶ、中島朋子
「映画女優」(監)(製)(脚)市川崑(製)田中友幸(原)新藤兼人(出)吉永小百合、菅原文太、石坂浩二、渡辺徹
「男はつらいよ 知床慕情」(監)(原)(脚)山田洋次(脚)朝間義隆(出)渥美清、倍賞千恵子、竹下景子
「親鸞 白い道」(監)(原)(脚)三國連太郎(出)森山潤久、大楠道代、泉谷しげる(カンヌ映画祭審査員賞
「女衒」(監)(脚)今村昌平(脚)岡部耕大(撮)栃沢正夫(出)緒形拳、倍賞美津子、深水三章
「1000年刻みの日時計 牧野村物語」(監)小川紳介(製)伏屋博雄(撮)田村正毅
「ちょうちん」(監)梶間俊(原)(脚)金子正次(脚)縞五郎(撮)鈴木達矢(出)陣内孝則、石田えり、新田恵利
「光る女」(監)相米慎二(原)小檜山博(脚)田中洋造(撮)長沼六男(出)武藤敬司、安田成美、すまけい
「BU・SU」(監)市川準(脚)内館牧子(製)小倉斉(出)富田靖子、高島政宏、大楠道代
「マルサの女」(監)(脚)伊丹十三(製)玉木泰、細越省吾(撮)前田米造(音)本多俊之(出)宮本信子、山崎努、津川雅彦、大滝秀治
「ゆきゆきて、神軍」(監)(撮)原一男(製)小林佐智子(企)今村昌平(編・構)鍋島惇(ロッテルダム映画祭批評家賞国際ドキュメンタりー映画祭グランプリベルリン映画祭カリガリ賞
1988年
にっかつロマン・ポルノが終了、「にっかつ」は「ロッポニカ」と社名を変更し、一般映画に復帰。結局、1年もたずに再び破綻することになりますが、そこから多くの監督が誕生します。(池田敏春、中原俊、那須博之、金子修介、石井隆、根岸吉太郎、森田芳光・・・・。その他にも、黒沢清、周坊正行などもいます。
「座頭市」撮影中に真剣が刺さり俳優加藤幸雄が死亡
ミニシアターのブームにより、外国映画の封切りが急増
東八郎(俳優、コメディアン)死去(52歳)
荻昌弘(映画解説者)死去(62歳)
清水俊二(映画字幕の草分け)死去(81歳)
中井朝一(黒澤組カメラマン)死去(78歳)
異人たちとの夏(監)大林宣彦(製)杉崎重美(原)山田太一(脚)市川森一(出)風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎
「怪盗ルビイ」(監)(脚)和田誠(原)ヘンリイ・スレッサー(撮)丸池納(出)小泉今日子、真田広之、水野久美
「木村家の人々」(監)滝田洋二郎(原)谷俊彦(脚)一色伸幸(音)大野克夫(出)鹿賀丈史、桃井かおり、岩崎ひろみ
「郷愁」(監)(脚)中島丈博(撮)林淳一郎(音)近藤等則(出)西川弘志、小牧彩里、吉行和子
「さくら隊散る」(監)(脚)新藤兼人(原)江津萩枝(撮)三宅義行(音)林光(出)吉田将士、未来貴子
「釣りバカ日誌」(監)栗山富夫(出)西田敏行、三國連太郎(「釣りバカ・シリーズ」の第一作)
「となりのトトロ」(監)(原)(脚)宮崎駿(製)徳間康快(撮)白井久男(音)久石譲
「TOMORROW/明日」(監)(脚)黒木和雄(脚)井上正子、竹内銃一郎(原)井上光晴(出)桃井かおり、南果歩、原田芳雄
「敦煌」(監)(脚)佐藤純弥(原)井上靖(脚)吉田剛(出)西田敏行、佐藤浩市、中川安奈(45億円の超大作大ヒットとなる)
「火垂の墓」(監)(脚)高畑勲(原)野坂昭如(撮)小山信夫(音)間宮芳生
「リボルバー」(監)藤田敏八(原)佐藤正午(脚)荒井晴彦(出)沢田研二、村上雅俊、佐倉しおり
「ロックよ、静に流れよ」(監)(脚)長崎俊一(原)吉岡紗千子(脚)北原陽一(出)岡本健一、成田昭次
1989年
東映Vシネマ「クライム・ハンター」発売(映画館以外で映画が稼ぐ新たなスタイルが生まれる)
新しい映画の興行スタイルを目指すアルゴ・プロジェクト設立
井出雅人(脚本家)死去(69歳)
菊島隆三(脚本家)死去(75歳)
辰巳柳太郎(俳優)死去(84歳)
殿山泰司(俳優)死去(73歳)
原泉(俳優)死去(84歳)
松田優作(俳優)死去(39歳)
「あ・うん」(監)降旗康男(原)向田邦子(脚)中村努(撮)木村大作(出)高倉健、富司純子、板東英二
「ウンタマギルー」(監)(脚)高嶺剛(撮)田村正毅(出)小林薫、戸川純、ジョン・セイルズ
「黒い雨
(監)(脚)今村昌平(原)井伏鱒二(脚)石堂淑郎(出)田中好子、北村和男、市原悦子(カンヌ映画祭フランス映画芸術貢献賞
「社葬」(監)舛田利雄(脚)松田寛夫(撮)北坂清(音)宇崎竜童(出)緒形拳、十朱幸代、江守徹
「千利休 本覺坊遺文」(監)熊井啓(原)井上靖(脚)依田義賢(撮)栃沢正夫(出)奥田瑛ニ、三船敏郎、萬谷錦之助(ヴェネチア映画祭サンマルコ銀獅子賞
「その男、凶暴につき」(監)北野武(製)奥山和由(脚)野沢尚(撮)佐々木原保志(出)ビートたけし、白竜、川上麻衣子、芦川誠
「どついたるねん」(監)(脚)阪本順治(製)荒戸源次郎(撮)笠松則通(出)赤井英和、相楽晴子、原田芳雄、麿赤児
「ファンシイダンス」(監)(脚)周坊正行(原)岡野玲子(撮)長田勇市(音)周坊義和(出)本木雅弘、鈴木保奈美、大沢健、彦麿呂、田口浩正
「北京的西瓜」(監)大林宣彦(原)林小利、久我山通(脚)石松愛弘(撮)長野重一(出)ベンガル、もたいまさこ、峰岸徹
「魔女の宅急便」(監)(脚)(プロ)宮崎駿(原)角野栄子(音)久石譲
「満月のくちづけ」(監)(脚)金田龍(製総)三宅祐司(出)高原里絵、寺脇康文、松村亜希子(ローマ国際ファンタスティック映画祭監督賞、主演女優賞
「利休」(監)(企)(脚)勅使河原宏(原)野上彌生子(脚)赤瀬川原平(撮)森田富士郎(音)武満徹
(出)三国連太郎、山崎努、三田佳子(モントリオール映画祭最優秀芸術賞
1990年
東映Vシネマの人気に乗りオリジナル・ビデオ映画が急増。映画業界に追い風となる
ビデオによる映画人口が7〜8億人に達する。映画館では1億4千万人。10億人近い数字の人がテレビ放映を見ていると考えると、映画最盛期の11億人を超えたといえます
夕張国際冒険・ファンタスティック映画祭始まる
「アルゴ・プロジェクト」スタート(佐々木史郎らのプロデューサー6人によるインディーズ映画専門の映画館)
木暮実千代(俳優)死去(72歳)
高峰三枝子(俳優)死去(71歳)
成田三樹夫(俳優)死去(55歳)
藤田進(俳優)死去(78歳)
藤山寛美(俳優、コメディアン)死去(60歳)
「櫻の園」(監)中原俊(原)吉田秋生(脚)じんのひろあき(撮)藤沢順一(音)熊本マリ(出)中島ひろ子、つみきみほ、白島靖代
「3−4×10月」(監)(脚)北野武(製)奥山和由(撮)柳島克巳(出)小野昌彦、石田ゆり子、井口薫仁
「式部物語」(監)(脚)熊井啓(原)秋元松代(出)奥田瑛ニ、原田美枝子(モントリオール映画祭準グランプリ
「死の棘」(監)(脚)小栗康平(主)松坂慶子、岸辺一徳(カンヌ映画祭審査員特別賞、国際批評家連盟賞
「少年時代」(監)篠田正浩(企)(製)藤子不二雄(脚)山田太一(音)池辺晋一郎(出)藤田哲也、堀岡祐二
「白い手」(監)神山征二郎(原)椎名誠(脚)佐藤繁子(撮)飯村雅彦(出)南野陽子、哀川翔
「つぐみ TUGUMI」(監)(脚)市川準(原)吉本ばなな(音)坂倉文(出)牧瀬里穂、中島朋子、白島靖代、真田広之
「バタアシ金魚」(監)(脚)松岡錠司(製)長谷川誠(原)望月峯太郎(出)筒井康隆、高岡早紀、白川和子
「夢」(監)(脚)黒澤明(撮)斉藤孝雄、上田正治(美)村木与四郎(出)寺尾聡、倍賞美津子、原田美枝子、笠智衆(黒澤明がアカデミー特別賞受賞)
「夢には人間の心の中に眠っている、あるいは、かくしたり、押さえ込んだりしている、いろいろな気持ちが正直にあらわれます。
 そして、夢はそれを驚くほど自由奔放な形で見事に表現してくれます」

黒澤明

「浪人街」(監)黒木和雄(原)山上伊太郎(脚)笠原和夫(撮)高岩仁(出)原田芳雄、勝新太郎、樋口可南子、石橋蓮司
「われに撃つ用意あり」(監)若松孝二(原)佐々木譲(脚)丸内敏治(プ)清水一夫(出)原田芳雄、桃井かおり、蟹江敬三
1991年
今井正(監督)死去(79歳)
上原謙(俳優)死去(82歳)
「あの夏、いちばん静かな海」(監)(企)(脚)北野武(音)久石譲(撮)柳島克巳(出)真木蔵人、大島弘子(淀川長治が最も愛した映画、僕も大好きです!)
「王手」(監)(脚)阪本順治(製)荒戸源次郎(脚)豊田利晃(撮)伊藤昭裕(出)赤井英和、加藤雅也、広田玲央名
「四万十川」(監)恩地日出夫(原)笹山久三(脚)古田求(撮)安藤庄平(音)毛利蔵人(出)樋口可南子、小林薫
「おもいでぽろぽろ」(監)(脚)高畑勲(プ)鈴木敏夫ほか(原)岡本蛍、刀根夕子(音)星勝
12人の優しい日本人(監)中原俊(脚)三谷幸喜、東京サンシャイン・ボーイズ(出)塩見三省、相島一之、豊川悦司(三谷幸喜の出世作、もちろん「十二人の怒れる男」のパロディー)
「大誘拐 Rainbow Kids」(監)(脚)岡本喜八(原)天藤真(撮)岸本正広(出)北林谷栄、緒形拳、風間トオル、樹木希林
「八月の狂詩曲」(監)(脚)黒澤明(原)村田喜代美(出)村瀬幸子、吉岡秀隆、リチャード・ギア
「ふたり」(監)大林宣彦(原)赤川次郎(脚)桂千穂(撮)長野重一(音)久石譲(出)石田ひかり、中島朋子、富司純子
「息子」(監)(脚)山田洋次(原)椎名誠(脚)朝間義隆(撮)高羽哲夫(出)三国連太郎、永瀬正敏、和久井映見
「無能の人」(監)(主)竹中直人(原)つげ義春(原)丸内敏治(音)GONTITI(出)風吹ジュン(ヴェネチア映画祭国際批評家連盟賞
1992年
ワーナーマイカルのシネマ・コンプレックス海老名にオープン(映画公開の新しい流れが始まる)
厚田雄春(小津組カメラマン)死去(87歳)
岡田嘉子(俳優)死去(89歳)
小川紳介(監督)死去(55歳)
五社英雄(監督)死去(63歳)
太地喜和子(俳優)自殺?(48歳)
三宅邦子(俳優)死去(76歳)
若山富三郎(俳優)死去62歳
「阿賀に生きる」(監)(編)佐藤真(撮)小林茂(音)経麻朗(国際ドキュメンタりー映画祭国際批評家連盟賞
「いつかギラギラする日」(監)深作欣二(脚)丸山昇一(製)奥山和由(出)萩原健一、石橋蓮司、荻野目慶子、木村八大
「紅の豚」(監)(原)(脚)宮崎駿(製)徳間康快他(音)久石譲
「シコふんじゃった。」(監)(脚)周坊正行(製)徳間康快・平明(撮)栢野直樹(出)本木雅弘、清水美砂、柄本明、竹中直人
「死んでもいい」(監)(脚)石井隆(製)伊地智啓(原)西村望(撮)佐々木保志(出)大竹しのぶ、永瀬正敏、室田日出男
「青春デンデケデケデケ」(監)大林宣彦(脚)石森史郎(原)芦原すなお(音)久石譲(出)林泰文、大森嘉之、浅野忠信
「寝盗られ宗介」(監)若松孝二(製)奥山和由(原)(脚)つかこうへい(出)原田芳雄、藤谷美和子
「橋のない川」(監)(脚)東陽一(原)住井すゑ(音)エルネスト・カブール(出)大谷直子、中村玉緒、杉本哲太、高岡早紀
「墨東綺譚 」(監)(製)(脚)新藤兼人(原)永井荷風(撮)三宅義行(音)林光(出)津川雅彦、墨田ユキ、杉村春子、乙羽信子
「ミンボーの女」(監)(脚)伊丹十三(製)玉木泰(撮)前田米造(音)本多俊之(出)宮本信子、宝田明、大地康雄、村田雄浩
1993年
シネコンの建設が本格化
「にっかつ」が事実上の倒産
安部徹(俳優)死去(76歳)
大和屋竺(脚本家)死去(55歳)
川喜多和子(東和副社長、エキプ・ド・シネマ)死去(53歳)
服部良一(作曲家)死去(85歳)
本多猪四郎(監督)死去(81歳)
笠智衆(俳優)死去(88歳)
「愛について、東京」(監)(プ)(脚)柳町光男(撮)安藤庄平(出)ウー・シャオトン、岡坂あすか、藤岡弘、戸川純
「お引越し」(監)相米慎二(原)ひこ・田中(脚)奥寺佐渡子、小比木聡(出)中井貴一、桜田淳子、田畑智子
「学校」(監)(脚)山田洋次(原)廣澤榮(脚)朝間義隆(音)富田勲(出)西田敏行、竹下景子、萩原聖人、中江有里
「ソナチネ」(監)(脚)(編)北野武(製)奥山和由(撮)柳島克巳(音)久石譲(出)ビートたけし、渡辺哲、勝村政信、寺島進
「月はどっちに出ている」(監)(脚)崔洋一(原)梁石日(脚)鄭義信(出)岸谷五朗、ルビー・モレノ、絵沢萌子
「ヌードの夜」(監)(脚)石井隆(撮)佐々木原保志(出)竹中直人、余貴美子、椎名桔平、清水美子
「病院で死ぬということ」(監)(脚)市川準(原)山崎章郎(撮)小林達比古(出)岸辺一徳、塩野谷正幸、石井育代
「僕らはみんな生きている」(監)滝田洋二郎(原)(脚)一色伸幸(撮)浜田毅(出)真田広之、岸辺一徳、嶋田久作、ベンガル
「まあだだよ」(監)(脚)黒澤明(原)内田百聞(美)村木与四郎(出)松村達雄、香川京子、井川比佐志、所ジョージ
「わが愛の譜 滝廉太郎物語」(監)(脚)澤井信一郎(脚)宮崎晃、伊藤亮爾(出)風間トオル、鷲尾いさ子、雨宮良
1994年
東映がヤクザ路線から撤退
乙羽信子(俳優)死去(70歳)
「愛の新世界」(監)高橋伴明(原)島本慶(脚)剣山象(音)山崎ハコ、かしぶち哲郎(出)鈴木砂羽、片岡礼子
「居酒屋ゆうれい」(監)渡辺孝好(原)山本昌代(脚)田中洋造(撮)藤沢順一(出)萩原健一、山口智子、室井滋
「119」(監)(脚)(出)竹中直人(脚)筒井ともみ、宮沢章夫(音)忌野清志郎(出)赤井秀和、鈴木京香、
「全身小説家」(監)(撮)原一男(製)小林佐智子(撮)大津幸四郎(音)関口孝(出)井上光晴、井上侑子、埴谷雄高
「忠臣蔵外伝・四谷怪談」(監)(脚)深作欣二(製)桜井洋三(脚)古田求(撮)石原興(出)佐藤浩市、高岡早紀
「夏の庭」(監)相米慎二(原)湯本香樹実(脚)田中洋造(撮)篠田昇(出)三国連太郎、坂田直樹、戸田菜穂
「平成狸ぽんぽこ」(監)(原)(脚)高畑勲(企)宮崎駿(プ)鈴木敏夫
「棒の哀しみ」(監)(脚)神代辰巳(原)北方謙三(脚)伊藤秀裕(撮)林淳一郎(出)奥田瑛ニ、永島瑛子
「毎日が夏休み」(監)(脚)金子修介(原)大島弓子(製)藤峰貞利(出)佐野史郎、佐伯日菜子
1995年
入江たか子(俳優)死去(83歳)
金子信雄(俳優)死去(71歳)
川谷拓三(俳優)死去(54歳)
神代辰巳(監督)死去(67歳)
山田康雄(俳優、声優)死去(62歳)
「KAMIKAZE TAXI」(監)(脚)原田眞人(撮)阪本善尚(音)川崎真弘(出)役所広司、高橋和也、片岡礼子
「ガメラ 大怪獣空中決戦」(監)金子修介(脚)伊藤和典(出伊原剛志、中山忍、小野寺
「攻殻機動隊 Ghost in the Shell」(監)押井守(ビデオ版が発売されアメリカで売上トップに)
午後の遺言状(監)新藤兼人(製)新藤次郎(撮)三宅義行(出)杉村春子、乙羽信子、観世榮夫、津川雅彦(モスクワ映画祭批評家賞
「写楽」(監)(脚)篠田正浩(脚)皆川博子、堺正俊、片倉美登(プ)原正人(出)真田広之、岩下志麻、葉月里緒菜
「東京兄妹」(監)市川準(脚)藤田昌裕、猪股敏郎、鈴木秀行(出)緒形直人、栗田麗、手塚とおる
「TOKYO FIST 東京フィスト」(監)(プ)(脚)(撮)(美)塚本真也(出)藤井かほり、塚本真也、六平直政
「マークスの山」(監)(脚)崔洋一(原)高村薫(脚)丸山昇一(出)中井貴一、萩原聖人、名取裕子
「渚のシンンドバッド」(監)橋口亮輔(撮)上野彰吾(出)岡田義徳、草野康太、山口耕史(ロッテルダム映画祭グランプリ
「幻の光」(監)是枝裕和(原)宮本輝(脚)荻田芳久(撮)中堀正夫
(出)江角マキコ、内藤剛志、浅野忠信ヴェネチア映画祭オゼロ・ドゥ・オロ賞シカゴ国際映画祭ゴールド・ヒューゴ賞バンクーバー映画祭グランプリ
「深い河」(監)(脚)熊井啓(原)遠藤周作(撮)栃沢正夫(出)奥田瑛ニ、秋吉久美子、井川比佐志
「Love Letter」(監)(脚)岩井俊二(撮)篠田昇(音)REMEDIOS(出)中山美穂、豊川悦司、酒井美紀
1996年
「にっかつ」が社名を「日活」と再スタート
映画人口が戦後最低となった(1億4千万を切る)ただし、制作本数はプラスに転じる(DVDの登場により、収益が増したため)
「絵の中の僕の村」(監)(脚)東陽一(原)田島征三(脚)中島丈博(出)松山慶吾、松山翔吾、原田美枝子
「学校U」(監)(脚)山田洋次(脚)朝間義隆(撮)長沼六男(音)富田勲(出)西田敏行、吉岡秀隆、いしだあゆみ
「岸和田少年愚連隊」(監)井筒和幸(原)中場利一(脚)鄭義信、我妻正義(出)矢部浩之、岡村隆史、大河内奈々子
「キッズ・リターン」(監)(脚)北野武(撮)柳島克巳(音)久石譲(出)金子賢、安藤政信、森本レオ、石橋凌
「シャブ極道」(監)細野辰興(原)山之内幸夫(脚)成島出(撮)山本英夫(出)役所広司、早乙女愛、菅田俊
「Shall we ダンス?」(監)(脚)周防正行(撮)柏野直樹(出)役所広司、草刈民代、竹中直人、渡辺えり子
「トキワ荘の青春」(監)(脚)市川準(脚)鈴木秀行、森川幸治(出)本木雅弘、大森嘉之、古田新太
「眠る男」(監)(脚)小栗康平(脚)剣持潔(撮)丸池納(出)安聖基、クリスティン・ハキム、役所広司(モントリオール映画祭審査員特別賞
「(ハル)」(監)(脚)森田芳光(製)鈴木光(撮)高橋比呂志(出)深津絵里、内野聖陽、戸田菜穂
「ビリケン」(監)(脚)阪本順治(脚)豊田利晃(出)杉本哲太、岸辺一徳、山田智子
1997年
「もののけ姫」が史上最高の興行記録達成
「うなぎ」(監)今村昌平(主)役所広司、清水美砂(カンヌ映画祭パルム・ドール受賞)
「鬼火」(監)望月六郎(原)山之内幸夫(脚)森岡利行(出)原田芳雄、片岡礼子、哀川翔
「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」(監)篠田正浩(原)阿久悠(脚)成瀬活雄(出)長塚京三、岩下志麻、鳥羽潤
「東京日和」(監)竹中直人(原)荒木陽子、荒木経惟(脚)岩松了(出)中山美穂、竹中直人、松たか子、三浦友和
「東京夜曲」(監)市川準(脚)佐藤信介(撮)小林達比古(出)長塚京三、桃井かおり、倍賞美津子
「バウンス ko GALS」(監)(脚)原田眞人(撮)阪本善尚(出)佐藤仁美、佐藤康恵、岡本夕紀子
「マルタイの女」(監)(脚)伊丹十三(製)玉木泰(撮)前田米造(音)本多俊之(出)宮本信子、西村雅彦、江守徹、村田雄浩
「身も心も」(監)(脚)荒井晴彦(原)鈴木貞美(企)黒澤満、植村徹(出)奥田瑛二、かたせ梨乃、柄本明、永島映子
「萌の朱雀」(監)(脚)河瀬直美(主)國村隼(カンヌ映画祭カメラ・ドール賞受賞)
「もののけ姫」(監)(原)(脚)宮崎駿(プ)鈴木敏夫(作監)安藤雅司、高坂希太郎、近藤喜文
「誘拐」(監)大河原孝夫(脚)森下直(撮)木村大作(音)服部隆之(出)渡哲也、永瀬正敏、酒井美紀、柄本明
「ラヂオの時間」(監)(脚)三谷幸喜(撮)高間賢治(音)服部隆之(出)唐沢寿明、鈴木京香、西村雅彦、戸田恵子
1998年
フジテレビのドラマの映画版「踊る大捜査線 THE MOVIE」が大ヒット。テレビから映画へというヒットの新しいパターンが生まれる
(テレビ・ドラマ→映画→スピンオフ→DVD)
「タイタニック」の興行記録更新により、映画館への観客動員がプラスに転じる
「リング」のヒットにより和製ホラー映画ブーム始まる
映画評論家 淀川長治氏死去
「愛を乞うひと」(監)平山秀幸(原)下田治美(脚)鄭義信(出)原田美枝子、中井貴一、小日向文世
「犬、走る DOG RACE」(監)(脚)崔洋一(原)丸山昇一(脚)鄭義信(出)岸谷五朗、大杉漣
「愚か者 傷だらけの天使」(監)(脚)阪本順治(脚)田村竜(音)鈴木茂(出)真木蔵人、鈴木一真、大楠道代、大杉漣
「学校V」(監)(原)(脚)山田洋次(原)鶴島緋紗子(脚)朝間義隆(出)大竹しのぶ、小林稔侍、黒田勇樹
「カンゾー先生」(監)(脚)今村昌平(原)坂口安吾(脚)天願大介(撮)小松原茂(出)柄本明、麻生久美子、松坂慶子
「がんばっていきまっしょい」(監)(脚)磯村一路(製)周防正行(原)敷村良子(出)田中麗奈、清水真実
「絆 - きずな-」(監)根岸吉太郎(原)白川道(脚)荒井晴彦(撮)丸池納(出)役所広司、渡辺謙、麻生祐未
「CURE キュア」(監)黒沢清(製)加藤博之(出)役所広司、萩原聖人、うじきつよし
「鮫肌男と桃尻娘」(監)石井克人(出)浅野忠信
「時雨の記」(監)(脚)澤井信一郎(脚)伊藤亮二(撮)木村大作(出)吉永小百合、渡哲也、林隆三
「中国の鳥人」(監)三池崇史(原)椎名誠(脚)NAKA雅MURA(撮)山本英夫(出)本木雅弘、石橋蓮子、マコ・イワマツ
「HANA-BI」(監)(脚)北野武(音)久石譲(出)ビートたけし、岸本加世子、大杉漣(ヴェネチア映画祭金獅子賞
1999年
「あ、春」(監)相米慎二(脚)中島丈博(原)村上政彦(出)佐藤浩市、斉藤由貴、山崎努
「雨あがる」(監)小泉堯史(出)寺尾聡、宮崎美子(ヴェネチア映画祭緑の獅子賞
「大阪物語」(監)市川準(脚)犬童一心(撮)小林達比古、蔦孝洋(出)池脇千鶴、沢田研二、田中裕子、ミヤコ蝶々
「菊次郎の夏」(監)(脚)北野武(撮)柳島克巳(音)久石譲(出)ビートたけし、関口雄介、岸本加世子、吉行和子
「金融腐食列島[呪縛]」(監)原田眞人(原)(脚)高杉良(脚)鈴木智、木下麦太(出)役所広司、椎名桔平、仲代達矢
「コキーユ 貝殻」(監)中原俊(原)山本おさむ(脚)山田耕大(出)小林薫、風吹ジュン
「39 刑法第三十九条」(監)森田芳光(原)永井泰宇(脚)大森寿美男(音)佐橋俊彦(出)鈴木京香、堤真一、岸部一徳
「鉄道屋(ぽっぽや)」(監)(脚)降旗康男(原)浅田次郎(脚)岩間芳樹(出)高倉健、大竹しのぶ、広末涼子
「どこまでもいこう」(監)(脚)塩田明彦(撮)鈴木一博(出)鈴木雄作、水野真吾
「のど自慢」(監)(脚)井筒和幸(脚)安部照男(音)藤野浩一(出)室井滋、大友康平、尾藤イサオ、竹中直人
「M/OTHER」(監)(脚)諏訪敦彦(主)三浦友和、渡辺真紀子(カンヌ映画祭国際批評家連盟賞受賞)
「ワンダフルライフ」(監)(脚)(編)是枝裕和(撮)山崎裕(音)笠松泰洋(出)ARATA、小田エリカ、内藤剛司、谷啓、伊勢谷友介
2000年
韓国映画「シュリ」が大ヒット。韓国映画のブーム始まる
松竹大船撮影所閉鎖
デジタル方式による公開が始まる
「顔」(監)(脚)阪本順治(原・脚)宇野イサム(撮)笠松則通(音)coba(出)藤山直美、豊川悦史、国村隼、佐藤浩市、大楠道代
「御法度」(監)(脚)大島渚(製)大谷義信(撮)栗田豊通(音)坂本龍一(出)松田龍平、ビートたけし、武田真治、浅野忠信、崔洋一
「三文役者」(監)(脚)新藤兼人(製)新藤次郎(撮)三宅義行(音)林光(出)竹中直人、荻野目慶子、吉田日出子、乙羽信子
「十五才 学校W」(監)(脚)山田洋次(脚)朝間義隆、平松恵美子(撮)長沼六男(出)金井勇太、麻美れい、赤井英和、丹波哲郎
「ジュブナイル」(監)(脚)(SFX)山崎貴(撮)柴崎幸三(テーマ曲)山下達郎(出)香取慎吾、酒井美紀、鈴木杏
「スリ」(監)(原)(脚)黒木和雄(脚)真辺克彦、堤泰之(撮)川上皓一(音)松村貞三(出)原田芳雄、風吹ジュン、真野きりな、石橋蓮司
「独立少年合唱団」(監)緒方明(原)(脚)青木研次(撮)猪本政三(音)池辺晋一郎(出)伊藤淳史、藤間宇宙、香川照之、光石研
「バトル・ロワイアル」(監)深作欣二(脚)深作健太(撮)柳島克己(原)高見広春(出)藤島竜也、前田亜季、ビートたけし
「ナビィの恋」(監)(脚)中江悠司(製)竹中功、佐々木史郎(撮)高間賢治(音)磯田健一郎(出)西田尚美、村上淳、平良とみ、登川誠仁
「EUREKA ユリイカ」(監)(脚)(編)(音)青山真治(製)塩原徹、長瀬文男、仙頭武則、滝島優行(出)役所広司(沢井)、宮崎あおい、宮崎将、斉藤陽一郎、光石研
2001年
「ウォーターボーイズ」(監)(脚)矢口史靖(撮)長田勇市(音)松田岳二、冷水ひとみ(出)妻夫木聡、玉木宏、三浦哲郎、金子貴俊、平山綾
「陰陽師」(監)滝田洋二郎(原)(脚)夢枕獏(脚)福田靖(音)梅林武(出)野村万斎、伊藤英明、今井絵里子、夏川結衣
「GO」(監)行定勲(脚)宮藤官九郎(原)金城一紀(撮)柳島克己(音)めいなCo(出)窪塚洋介、柴咲コウ、山崎努、大竹しのぶ
「千と千尋の神隠し」(監)(脚)(原)宮崎駿(プ)鈴木敏夫(音)久石譲(作監)宮藤雅司、高坂希太郎、賀川愛
「DISTANCE/ ディスタンス」(監)(脚)(編)是枝裕和(撮)山崎裕(出)ARATA、伊勢谷友介、寺島進、夏川結衣、浅野忠信、りょう
「ハッシュ!」(監)(脚)(原)橋口亮輔(撮)上野彰吾(音)ボビー・マクファーリン(出)田辺誠一、高橋和也、片岡礼子
「光の雨」(監)高橋伴明(原)立松和平(脚)青山武(音)梅林武(出)萩原聖人、祐木奈江、山本太郎、大杉蓮
「風花」(監)相米慎二(原)鳴海章(脚)森らいみ(撮)町田博(音)大友良英(出)小泉今日子、浅野忠信、香山美子、柄本明、麻生久美子
「リリィ・シュシュのすべて」(監)(脚)岩井俊二(撮)篠田昇(音)小林武(出)市原隼人、忍成修吾、伊藤歩、蒼井優
2002年
「AIKI」(監)(脚)天願大介(撮)李以須(音)めいなCo(出)加藤晴彦、ともさかりえ、石橋凌、原千晶
「OUT」(監)平山秀幸(原)桐野夏生(脚)鄭義信(撮)柴崎幸三(音)安川午朗(出)原田美枝子、倍賞美津子、室井滋、西田尚美
「アカルイミライ」(監)(脚)黒沢清(撮)柴主高秀(音)パシフィック231(出)オダギリ・ジョー、浅野忠信、藤竜也、笹野高史、白石マル美、りょう
(シュールで不気味な暴力映画。オダギリ、浅野の魅力全開)
「阿弥陀堂だより」(監)(脚)小泉堯史(原)南木佳士(撮)上田正治(音)加古隆(出)寺尾聰、樋口可南子、北林谷栄、田村高広、香川京子
「刑務所の中」(監)(脚)崔洋一(原)花輪和一(脚)鄭義信、中村義洋(撮)浜田毅(出)山崎努、香川照之、田口トモロヲ、松重豊、大杉蓮
「KT」(監)阪本順治(原)中薗英助『拉致-知られざる金大中事件』(脚)荒井晴彦(撮)笠松則通(出)佐藤浩市、キム・ガブス、筒井道隆、香川照之
(日本では珍しい本格的な社会派歴史サスペンス映画。金大中事件の真相に迫った作品)
「たそがれ清兵衛」(監)(脚)山田洋次(原)藤沢周平(脚)朝間義隆(撮)長沼六男(出)真田広之、宮沢りえ、田中眠、大杉蓮
(江戸時代に舞台を移したサラリーマン社会の悲哀を描いた名作。真田の渋い男の魅力が生かされ、宮沢りえの美しさも光る)
「ピンポン」(監)曽利文彦(原)松本大洋(脚)宮藤官九郎(撮)佐光朗(音)真魚(出)窪塚洋介、中村獅童、ARATA、大倉孝二
(ロンドン・オリンピックの原点はもしかするとここにあるのかもしれません。卓球ブームの火付け役のひとつ。窪塚、ARATA、中村獅童の魅力が生かされた青春映画)
「笑う蛙」(監)平山秀幸(原)藤田宜永(脚)成島出(撮)柴崎幸三(音)村山竜二(出)長塚京三、大塚寧々、國村隼
2003年
「赤目四十八瀧心中未遂」 (監)荒戸源次郎(原)車谷長吉(脚)鈴木棟也(撮)笠松則通(音)千野秀一(出)大西滝次郎、寺島しのぶ、大楠道代、内田裕也
「阿修羅のごとく」(監)森田芳光(原)向田邦子(脚)筒井ともみ(撮)北信康(音)大島ミチル(出)大竹しのぶ、黒木瞳、深津絵里、深田恭子
「ヴァイブレータ」(監)廣木隆一(原)赤坂真里(脚)荒井晴彦(撮)鈴木一博(出)寺島しのぶ、大森南朋、田口トモロヲ、戸田昌宏
「美しい夏キリシマ」(監)(脚)黒木和雄(脚)松田正隆(撮)田村正毅(音)村松禎三(配給)パンドラ(出)柄本佑、原田芳雄、小田エリカ、牧瀬里穂
「座頭市」(監)(脚)北野武(原)子母沢寛(撮)柳島克己(音)鈴木慶一(出)ビートたけし、浅野忠信、大楠道代、夏川結衣
「ジョゼと虎と魚たち」(監)犬童一心(原)田辺聖子(脚)渡辺あや(撮)蔦井孝洋(音)くるり(出)妻夫木聡、池脇千鶴、上野樹里
(池脇千鶴が最高の演技。悲しく美しい青春ラブ・ストーリーの傑作!大好きです)
「東京ゴッドファーザーズ」(監)(脚)(原)(キャラクター・デザイン)今敏(音)鈴木慶一(声)江守徹、梅垣義明、岡本綾
「ドッペルゲンガー」(監)(脚)黒川清(脚)古澤健(撮)水口智之(音)林祐介(出)役所広司、永作博美、ユースケ・サンタマリア、柄本明
「壬生義士伝」(監)滝田洋二郎(原)浅田次郎(脚)中島丈博(撮)浜田毅(音)久石譲(出)中井貴一、三宅祐司、夏川結衣、中谷美紀、村田雄造、佐藤浩市
(現代的な視点から描いた幕末を舞台にした人間群像劇。中井貴一のまじめさがぴったりはまった異色の時代劇)
「わらびのこう 蕨野行」(監)恩地日出男(原)村田喜代子(脚)渡辺寿(撮)上田正治(出)市原悦子、清水美那、石橋蓮司
「リアリズムの宿」(監)(脚)(編)山下敦弘(原)つげ義春(撮)近藤龍人(曲)くるり(出)長塚圭史、山本浩司、尾野真千子
(「山下ワールド」「つげワールド」に「くるりワールド」が合体した「ゆるーい青春ロードムービー」、夜中に静かにくすくすしながら見ましょう!)
「『リアリズムの宿』は、貧しげな風景が好きな人間が本当に貧しい世界の中に入ってしまったときの困惑をユーモラスに描いている」川本三郎
2004年
「隠し剣 鬼の爪」(監)(脚)山田洋次(脚)朝間義隆(原)藤沢周平(撮)長沼六男(音)富田勲(出)永瀬正敏、松たか子、吉岡秀隆、小澤征悦、田畑智子
「下妻物語」(監)(脚)中島哲也(原)嶽本野ばら(撮)阿藤正一(音)菅野よう子(出)深田恭子、土屋アンナ、宮迫博之、篠原涼子、樹木希林
(ジャパ二メーション風ゴスロリ耽美主義コメディ映画?の傑作。中島ワールドはここですでに完成していた)
「スウィングガールズ」(監)(脚)矢口史靖(撮)柴主高秀(音)ミッキー吉野(出)上野樹里、貫地谷しほり、本仮屋ユイカ、豊島由佳、平岡祐太
(我が家では飽きるほどサントラを聞きました。長男が音楽の道を目指すきっかけもこの映画だったかもしれません)
「世界の中心で、愛をさけぶ」(監)(脚)行定勲(原)片山恭一(脚)坂元裕二、伊藤ちひろ(撮)篠田昇(音)めいなCo(出)大沢たかお、柴崎コウ、長澤まさみ、森山未来
「誰も知らない」(監)(プロ)(脚)(編)是枝裕和(撮)山崎裕(音)ゴンチチ(出)柳楽優弥、北浦愛、木村飛影、韓英恵、YOU
「父と暮らせば」(監)(脚)黒木和雄(原)井上ひさし(撮)鈴木達夫(音)松村貞三(出)原田芳雄、宮沢りえ、浅野忠信
(黒木監督による「原爆映画」の傑作。原田芳雄と宮沢りえの魅力全開の作品。浅野忠信の静かな魅力も印象的)
「血と骨」(監)(脚)崔洋一(原)梁石日(脚)鄭義信(撮)浜田毅(出)ビートたけし、新井浩文、田畑智子、オダギリ・ジョー、松重豊
(「これぞ韓国パワー」です。韓国に日本がいつも負けるのはこのパワーの差があるから・・・重くて力強い本格歴史映画の傑作)
「チルソクの夏」(監)(脚)佐々部清(撮)坂江正明(音)加羽沢美濃(出)水谷妃里、上野樹里、桂亜沙代
「トニー滝谷」(監)(脚)市川準(原)村上春樹(撮)広川泰士(音)坂本龍一(出)イッセー尾形、宮沢りえ(ナレーター)西島秀俊
(村上ワールドにはやはり市川監督でした。まさに「クール・ジャパン・ムービー」)
「ハウルの動く城」(監)(脚)宮崎駿(原)ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『魔法使いハウルと火の悪魔』(音)久石譲(声)倍賞千恵子、木村拓哉、美輪明宏
「理由」(監)(脚)大林宣彦(原)宮部みゆき(脚)石森史郎(撮)加藤雄大(音)山下康介(出)村田雄宏、寺島咲、岸部一徳、大和田伸也
2005年
岡本喜八(監督)2005年2月19日死去
「ALWAYS 3丁目の夕日」(監)(脚)山崎貴(脚)古沢良太(撮)柴崎幸三(原)西岸良平(音)佐藤直紀(出)吉岡秀隆、堤真一、小雪、掘北真希
(CGの新たな魅力を発掘した名作。僕はまだ生まれていない時代ですが・・・でも涙が出るほど懐かしい)
「いつか読書する日」(監)(案)緒方明(原)(脚)青木研次(撮)笠松則通(音)池辺晋一郎(出)田中裕子、岸部一徳、仁科明子、上田耕一
(映画では貴重な大人のラブ・ストーリー作品。僕は昔からずっと田中裕子さんのファンでした・・・・)
「運命じゃない人」(監)(脚)内田ケンジ(撮)井上恵一(音)石橋光晴(出)中村靖日、霧島れいか、山中聡、山下規介
(内田ワールドが世に知られることになった傑作。やあ面白かった!)
「男たちの大和/YAMATO」(監)(脚)佐藤純彌(原)辺見じゅん(撮)阪本善尚(音)久石譲(出)反町隆史、中村獅童、仲代達矢、松山ケンイチ
「空中庭園」(監)(脚)豊田利晃(原)角田光代(撮)藤澤順一(音)ZAK(出)小泉今日子、板尾創路、鈴木杏
「交渉人 真下正義」(監)本広克行(案)君塚良一(脚)十川誠志(撮)佐光朗(音)松本晃彦(出)ユースケ・サンタマリア、寺島進、小泉孝太郎
「パッチギ!」(監)(脚)井筒和幸(脚)羽原大介(案)松山猛(撮)山本英夫(音)加藤和彦(出)塩谷瞬、高岡蒼佑、沢尻エリカ
「メゾン・ド・ヒミコ」(監)犬童一心(脚)渡辺あや(撮)蔦井孝洋(音)細野晴臣(出)オダギリ・ジョー、柴咲コウ、田中眠
(田中眠の迫力とオダギリの魅力だけでも最高の作品、もちろん柴崎コウちゃんの魅力も全開です!)
「リンダ・リンダ・リンダ」(監)(脚)山下敦弘(脚)向井康介、宮下和雅子(撮)池内義浩(音)JamesIha(出)ペ・ドゥナ、前田亜希、香椎由宇
(青春音楽ムービーの名作。山下監督作品と多くの人の出会いがここから始まりました)
2006年
「明日の記憶」(監)堤幸彦(原)萩原浩(脚)砂本量、三浦為子(撮)唐沢悟(音)大島ミチル(出)渡辺謙、樋口可南子、坂口憲二
(東京でこの映画を見たのですが、その後渋谷の駅前で道に迷いそうになり、渡辺謙さん気分を味わいました。堤監督異色の重い映画)
「紙屋悦子の青春」(監)(脚)黒木和雄(脚)山田英樹(原)松田正隆(撮)川上皓市(音)松村禎三(出)原田知世、永瀬正敏、松岡俊介、本上まなみ、小林薫
(黒木監督による戦争3部作はどれも素晴しい!原田知世がいよいよ大人の女性として名優の域に到達した作品)
「かもめ食堂」(監)(脚)荻上直子(原)群ようこ(撮)トゥオモ・ヴィルタネン(音)テロ・マルムベリ(出)小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ
(これぞ癒しの映画、旅行にゆきたいけど時間もお金もないという方にお奨めの心のリゾート映画)
「嫌われ松子の一生」(監)(脚)中島哲也(原)山田宗樹(撮)阿藤正一(音)金橋豊彦(出)中谷美紀、瑛太、伊勢谷友介、香川照之
(毒満載のミュージカル、コメディ?ミュージカル?人生賛歌?犯罪映画?まあ見てからのお楽しみ・・・)
「THE 有頂天ホテル」(監)(脚)三谷幸喜(撮)山本英夫(音)本間勇輔(出)役所広司、松たか子、佐藤浩市、香取慎吾、篠原涼子
(本当にこういうタイプの映画はアメリカでも珍しくなっている気がします。懐かしのハリウッド映画がここ日本で作られているという不思議)
「博士の愛した数式」(監)(脚)小泉尭史(原)小川洋子(撮)上田正治、北澤弘之(音)加古隆(出)寺尾聡、深津絵里、斉藤隆成、浅丘ルリ子
(小川洋子さんの原作がいい。あとはそれをきちんと映像化すればいいのですから・・・)
「武士の一分」(監)(脚)山田洋次(原)藤沢周平(脚)平松恵美子、山本一郎(撮)長沼六男(音)富田勲(出)木村拓哉、檀れい、笹野高史
「フラガール」(監)(脚)李相日(脚)羽原大介(撮)山本英夫(音)ジェイク・シマブクロ(出)松雪泰子、豊川悦司、蒼井優、山崎静代
(ちょっと暗いけど、町おこしと集団ドラマものの傑作、実録ものというのがミソでもあります)
「雪に願うこと」(監)根岸吉太郎(脚)加藤正人(原)鳴海章(撮)町田博(音)伊藤ゴロー(出)伊勢谷友介、佐藤浩市、小泉今日子、吹石一恵、山崎努
「ゆれる」(監)(脚)西川美和(企)是枝裕和(撮)高瀬比呂志(音)カリフラワーズ(出)オダギリ・ジョー、香川照之、伊武雅刀、真木よう子
(才色兼備の西川監督による毒満載のサスペンス心理ファミリー映画の傑作。是枝監督にはできない世界はやはり女性ならではか?)
2007年
「あしたの私のつくり方」(監)市川準(原)真戸香(脚)細谷まどか(撮)鈴木一博(音)佐々木友理(出)成海璃子、前田敦子
(「市川ワールド」全開の少女映画の傑作。ここでも市川監督は二人の少女の魅力を見事に引き出しています)
「河童のクゥと夏休み」(監)(脚)原恵一(原)木暮正夫(作画)末吉雄一郎(声)田中直樹、西田尚美、なぎら健壱、ゴリ
「サイドカーに犬」(監)根岸吉太郎(原)長嶋有(脚)田中晶子、真辺克彦(撮)猪本雅三(音)大熊ワタル(出)竹内結子、古田新太、鈴木砂羽、ミムラ、トミーズ雅
(竹内結子の魅力全開です!生意気な女子をやらせると本当に素敵です。主人公の女の子も上手かったし、かわいかった)
「サッド・ヴァケイション」(監)(原)(脚)青山真治(撮)たむらまさき(音)長蔦寛幸(出)浅野忠信、石田えり、宮崎あおい、オダギリ・ジョー、光石研
「しゃべれども しゃべれども」(監)平山秀幸(原)佐藤多佳子(脚)奥寺佐渡子(撮)藤澤順一(音)安川午朗(出)国分太一、香里奈、松重豊、八千草薫、伊藤四郎
「それでもボクはやってない」(監)(脚)周坊正行(撮)栢野直樹(音)周坊義和(出)加瀬亮、役所広司、瀬戸朝香、もたいまさこ、光石研、山本耕史
「魂萌え!」(監)(脚)阪本順治(原)桐野夏生(撮)大塚亮(音)coba(出)風吹ジュン、常盤貴子、田中哲司、藤田弓子、由紀さおり、今陽子、林隆三
「天然コケッコー」(監)山下敦弘(原)くらもちふさこ(脚)渡辺あや(撮)近藤龍人(音)レイ・ハラカミ(出)夏帆、岡田将生、夏川結衣、佐藤浩市
(山下監督にしては珍しい爽やかでノスタルジックな青春映画、夏帆、岡田が魅力的です)
「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」(監)(脚)吉田大八(原)本谷有希子(撮)阿藤正一、尾澤篤史(音)鈴木惣一郎(出)佐藤江梨子、永作博美、永瀬正敏
(毒の撒き散らし方が半端じゃないと思ったら原作は舞台劇とのことで納得。それも素敵な女性作家の作品。主演の女性二人が魅力全開!)
「松ヶ根乱射事件」(監)(脚)山下敦弘(脚)向井康介、佐藤久美子(撮)蔦井孝洋(音)パスカルズ(出)新井浩文、山中崇、川越美和、木村祐一、三浦友和
(なんでしょう、この世界観。残念な人々の残念な物語がリアルに展開されます。実話が基になっていないと「アリエネー!」って感じかもしれません)
「エクステ」(監)(脚)園子温(脚)安達正軌、真田真(撮)柳田裕男(音)長谷川智樹(出)栗山千明、大杉漣、佐藤めぐみ、つぐみ、山本未来
(なんで髪の毛ってこんなに不気味なんでしょう。大杉漣の演技も怖いけど、「伸びる髪の毛」ほど怖いキャラクターはないです。この手の作品は苦手だけどついつい見ちゃった・・・)
「たみおのしあわせ」(監)(脚)(出)岩松了(撮)山崎裕(音)勝手にしやがれ(出)オダギリ・ジョー、原田芳雄、麻生久美子、大竹しのぶ、小林薫、忌野清志郎、石田えり、富士真奈美)
(家族ドラマなのにスリリングで予想不能な展開が面白い作品、常連の「ふせえり」が出てこないと思ったらラストに石田えりが登場!おまけにラストはあの名作映画のパロディー!)
2008年
「アフタースクール」(監)(脚)内田けんじ(撮)柴崎幸三(音)羽岡恵(出)大泉洋、佐々木蔵之助、堺雅人、常盤貴子、田畑智子
(「内田ムービー」全開で楽しめます!文句なしに楽しく、最低2回は見て細部まで楽しみたい作品です)
「歩いても 歩いても」(監)(原)(脚)是枝裕和(撮)山崎裕(音)ゴンチチ(出)阿部寛、夏川結衣、YOU、高橋和也、原田芳雄、樹木季林、加藤治子
(力が抜けたさっぱり系の是枝映画もまた味わいがあっていいです。小津作品へのオマージュといった感じの作品)
「おくりびと」(監)滝田洋二郎(脚)小山薫堂(撮)浜田毅(音)久石譲(出)本木雅弘、広末涼子、山崎努、余貴美子、吉行和子、笹野高史、杉本哲太、峰岸徹
「母べえ」(監)(脚)山田洋次(原)野上照代(撮)長沼六男(音)富田勲(出)吉永小百合、浅野忠信、檀れい、志田未来、笹野高志、でんでん
「崖の上のポニョ」(監)(原)(脚)宮崎駿(プロ)鈴木敏夫(音)久石譲(作監)近藤勝也(声)山口智子、長島一茂
「クライマーズ・ハイ」(監)(脚)原田眞人(原)横山秀夫(脚)加藤正人、成島出(撮)小林元(音)松村崇雄(出)堤真一、堺雅人、尾野真千子、高島政宏、山崎努、田口トモロヲ
(気合の入った本格的な「映画」です。娯楽映画であり、社会派映画でもあるバランスがとれた名作です。やはり原作がいいのでしょうか)
「ぐるりのこと。」(監)(原)(脚)(編)橋口亮輔(音)Akeboshi(出)木村多江、リリー・フランキー、倍賞美津子、寺島進、柄本明、安藤玉恵、加瀬亮、上田耕一・・・
「接吻」(監)(脚)万田邦敏(脚)万田珠美(撮)渡辺眞(音)長蔦寛幸(出)小池栄子、豊川悦司、仲村トオル、篠田三郎
「トウキョウソナタ」
(監)(脚)黒沢清(脚)マックス・マニックス、田中幸子(撮)芦沢明子(出)香川照之、小泉今日子、井之脇海、小柳友、井川遥、役所広司
「闇の子供たち」(監)(脚)阪本順治(原)梁石日(撮)笠松則通(音)岩代太郎(出)江口洋介、宮崎あおい、妻夫木聡、プラパドン・スウワンバーン、プライマー・ラッチャッタ
2009年
「愛のむきだし」(監)(原)(脚)園子温(撮)谷川創平(音)(主題歌)ゆらゆら帝国(出)西島隆弘、満島ひかり、安藤サクラ、渡辺篤郎、渡辺真起子
(4時間弱の超変態大作!世界中の変態たちに愛を込めて送る真実の愛の物語。エロこそが人類にとって最後のエネルギー源なのかもしれない・・・パワーにやられました。ひかり&サクラが凄い!)
「ウルトラミラクルラブストーリー」(監)横浜聡子
「風が強く吹いている」(監)大森寿美男
「空気人形」(監)是枝裕和
「サマーウォーズ」(監)細田守(我が家ではこの映画のおかげで花札がブームになりました。もちろんアニメの枠を超えた名作です)
「沈まぬ太陽」(監)若松節朗
「誰も守ってくれない」(監)君塚良一
「剱岳 点の記」(監)木村大作(いまどき珍しい本格的な歴史大作映画。スタッフの苦労が感じられる力のこもった作品です。これはやっぱり映画館で見るべき作品)
「ディア・ドクター」(監)西川美和(毒が少ないのがちょっと不満かな?でも彼女独特の世界にいることが楽しめます)
「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」(監)根岸吉太郎(「純文学」の世界そのものの不条理な世界。こんな馬鹿な男がモテル時代もまた良しかな・・・)
2010年
「悪人」(監)(脚)李相日(原)(脚)吉田修一(撮)笠松則通(音)久石譲(出)妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、塩見三省、樹木希林、柄本明、・・・名演技ばかりでした!
(暗く悲しい映画、でもそこには生きる力が詰め込まれている、そんな映画です。久々に「映画」を見たという気がしました)
「海炭市叙景」(監)熊切和嘉
「川の底からこんにちは」(監)石井裕也
「キャタピラー」(監)若松孝二
「告白」(監)中島哲也
「十三人の刺客」(監)三池崇史(どぎついまでの残虐描写から痛快?娯楽時代劇へ。三池監督ならではの作品です)
「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」(監)石井隆
「必死剣鳥刺し」(監)平山秀幸
「ヒーローショー」(監)井筒和幸
「BECK」(監)堤幸彦(原)ハロルド作石(脚)大石哲也(撮)唐沢悟(音)GRAND FUNK ink.(音プロ)茂木英興(出)水嶋ヒロ、佐藤健、桐谷健太、向井理、中村蒼、忽那汐里
「ヘブン・ストーリー」(監)瀬々敬久
2011年
一枚のハガキ(監)(原)(脚)新藤兼人(撮)林雅彦(音)林光(出)大竹しのぶ、豊川悦司、大杉連、六平直政、柄本明、倍賞美津子、川上麻衣子
「大鹿村騒動記」(監)阪本順治(原田芳雄の遺作となった名作。歌舞伎と現代劇のコラボであり、名優たちの演技合戦が楽しい集団人間ドラマ)
「サウダーヂ」(監)富田克也
「探偵はBARにいる」(監)橋本一(ありそうでなかった和製ハードボイルド作品。舞台が地方都市、札幌というところがミソです)
「冷たい熱帯魚」(監)園子温
「東京公園」(監)青山真治(「ユリイカ」とは異なり、爽やかな癒しの映画。これもまた確かに「青山ワールド」です)
「マイ・バック・ページ」(監)山下敦弘
「まほろ駅前多田便利軒」(監)大森立嗣(映画もいいけど、テレビ版も楽しいです!)
「モテキ」(監)大根仁(文句なしに面白い!森山未来はいいなあ。それと四人の魅力も全開!長澤まさみ、真木よう子、仲里依紗、麻生久美子)
「八日目の蝉」(監)成島出(原)角田光代(脚)奥寺佐渡子(撮)藤澤順一(音)安川午朗(出)井上真央、永作博美、小池栄子、田中哲司、平田満、風吹ジョン
(井上真央と永作博美が女優賞を総なめにしたのも当然。重いテーマを見事に映像化。見ごたえのある映画です)
2012年
「歌旅 中島みゆきLIVE劇場(出)中島みゆき
「おおかみこどもの雨と雪」((監)細田守(声)宮崎あおい、大沢たかお、谷村美月、菅原文太、麻生久美子、黒木華(やっぱり細田作品は魅力的です。ジブリをも上回る存在)

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