- 金子みすゞ Misuzu Kaneko -

「金子みすゞ詩集 T、U、V」より

 金子みすゞの詩は、あの3・11の際、テレビで「こだまでせうか」が放送され続けたこともあり、今や日本で最も有名な詩人となった感もあります。実は、それ以前から小学校の教科書にも載っていて、子供たちもみんな既に知っていました。
 3・11から1年ということもあり、「金子みすゞ詩集 T、U、V」を一気に読んでみました。さすがに「目からウロコ」的作品が多く驚かされました。
 ということで、僕なりの「ベスト・オブ・金子みすゞ」を選んでみました。
 彼女の作品を読んでみると、そこには彼女ならではの視線があり、限られた題材にこだわり続けていたことがわかります。
自然に関する題材としては、「魚」、「波」、「海」、「花」、「雪」、「太陽」、「空」などがあります。
子供目線で描かれた題材としては、「家」、「船」、「母」、「唄・歌」、「友だち」などがあげられます。
 彼女の凄さは、限られた題材にも関わらず、どの作品も異なる魅力をもっていることです。そして、それは彼女が同じ題材をまったく異なる視点、様々な角度、自由自在な距離感をもって描けたことから可能になったのでした。
 時には、顕微鏡で見るように虫たちに迫ったり、時には宇宙船に乗って地球を離れて地上を眺めたり、時には赤ちゃんにもどって母親に抱かれたり・・・その視点の自由さこそ、彼女の作品がもつ最大の魅力だと思います。
 ただし、そうした彼女の自由さは、彼女の考え方の自由さと差別や先入観のない子供以上の純粋さと優しさからくるものだということを忘れてはいけないのでしょう。
 それぞれの詩を声に出してお読み下さい。


<自然に関する作品>

「夕顔」

蝉もなかない
くれがたに
ひとつ、ひとつ、
ただひとつ、

キリリ、キリリと
ねぢをとく、

みどりのつぼみ
ただひとつ。

おお、神さまはいま
このなかに。


機械仕掛けの世界。しかし、その仕掛けはあらゆる細部に隠されています。
まるでウィリアム・ブレイクの有名な「一握の砂に世界のすべてがある・・・」というフレーズを読むようです。


「蜂と神さま」

蜂はお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、
土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。

さうして、さうして、神さまは、
小つやな蜂のなかに。


視点を一気に動かす彼女の得意技。小さな虫から神さままで、その差別のない視点もまた彼女ならではのもの。


「花のたましい」

散つたお花のたましいは、
み佛さまの花ぞのに、
ひとつ残らずうまれるの。

だつて、お花はやさしくて、
おてんとさまが呼ぶときに、
ぱつとひらいて、ほほゑんで、
蝶々にあまい蜜をやり、
人にや匂いをみなくれて、

風がおいでとよぶときに、
やはりすなほについてゆき、
なきがらさへも、ままごとの
御飯になつてくれるから。


ここには、仏教における輪廻転生とキリスト教における犠牲の精神が同居しています。だからこそ、命をいただくなら、すべてを無駄なく大切にいただかなければ・・・。


「花屋の爺さん」

花屋の爺さん
花売りに、
お花は町でみな売れた。

花屋の爺さん
さびしいな、
育てたお花がみな売れた。

花屋の爺さん
日が暮れりや、
ぽつつり一人で小舎のなか。

花屋の爺さん
夢にみる、
売ったお花のしやはせを。


珍しく大人を主人公にした作品。でも、花屋の爺さんは、まるで「花の精」のように優しい存在として描かれています。
そこには生活感はなく、あくまでファンタジーの世界です。良くも悪くもこれが彼女の世界。


「繭と墓」

かひこは繭に
はいります。
きうくつさうな
あの繭に。

けれどかひこは
うれしかろ、
蝶々になつて
飛べるのよ。

人はお墓へ
はいります、
暗いさみしい
あの墓へ。


ただ単に子供のように世界を楽しむのではなく、常に「死」を意識しているのも、彼女ならではの世界観。

「お魚」

海の魚はかはいそう。
お米は人につくられる、
牛は牧場で飼われてる、
鯉もお池で麩を貰う

けれども海のお魚は
なんにも世話にはならないし
いたづら一つしないのに
かうして私に食べられる。

ほんとに魚はかはいそう。


仏教的な究極のベジタリアン思想なのか、「優しさ」と「想像力」が生み出した金子みすづ的世界観なのか?


「濱の石」

濱辺の石は玉のやう、
みんなまるくてすべつこい。

濱辺の石は飛び魚か、
投げればさつと波を切る。

濱辺の石は唄うたひ、
波といちにち唄ってる。

ひとつびとつの濱辺の石、
みんなかはいい石だけど、

濱辺の石は偉い石、
皆して海をかかへてる。


小さきものを優しく見つめる視点が、突然、はるか大気圏外から海を見つめる視点へと瞬間移動。この自由さが凄い!


「夜の雪」

牡丹雪、こ雪
雪ふる街を、
盲人がひとり、
子供がひとり。

明るい窓で
ピアノはうたふ。

盲人はきくよ、
杖をとめて。
牡丹雪はかかる、
その手のうへに。

子供はみるよ
明るい窓を。

牡丹雪はかざる、
おかつぱの髪を。

ピアノはうたふ
こころをこめて、
ふたりのために、
春の日の唄を。

牡丹雪、こ雪、
ひらひら舞ふよ、
二人のうへに
あたたかく、うつくしく。


音楽が聞こえてくる。そして、その音楽が降る雪に消えてゆく情景が目に浮かぶような心に残る作品。


「月のひかり」
(一)
月のひかりはお屋根から、
明るい街をのぞきます。

なにも知らない人たちは、
ひるまのやうにたのしげに、
明るい街をあるきます。

月のひかりはそれを見て、
そつとためいきついてから、
誰も貰わぬ、たくさんの、
影を瓦にすててます。

それを知らない人たちは、
あかりの川のまちすぢを、
魚のやうに、とほります。
 ひと足ごとに、濃く、うすく、
 伸びてはちぢむ、気まぐれな、
 電燈のかげを曳きながら。

(二)
月のひかりはみつけます、
暗いさみしい裏町を。

いそいでさつと飛び込んで、
そこのまづしいみなし児が、
おどろいて眼をあげたとき、
その眼のなかへもはいります。
 ちつとも痛くないやうに、
 そして、そこらの破屋(あばらや)が、
 銀の、御殿にみえるよに。

子供はやがてねむつても、
月のひかりは夜あけまで、
しづかにそこに佇(た)つてます。
 こはれ荷ぐるま、やぶれ傘、
 一本はえた草にまで、
 かはらぬ影をやりながら。


ここでは「月の光」に生命が与えられています。また「太陽の光」ではなく「月の光」としたところが、彼女らしいのではないでしょうか。


「水と風と子供」

天と地を
くゥるくゥる
まはるは誰ぢや。
それは水。

世界中を
くゥるくゥる
まはるは誰ぢや。
それは風。

柿の木を
くゥるくゥる
まはるは誰ぢや。

それはその実の欲しい子ぢや


「沈黙の春」の著者、レイチェル・カーソンに先駆けて書かれたエコロジーの先駆的作品。


「私と小鳥と鈴と」

私が両手をひろげても、
お空はちつとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速く走れない。

私がからだをゆすつても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがつて、みんないい。


小学校の教科書に載っているのが、この詩。
すべての個性を認める平等な視点は、生物、無生物に関係のない彼女ならではのものです。

<子供目線の世界>

「こだまでせうか」

「遊ぼう」つていふと
「遊ぼう」つていふ。

「馬鹿」つていふと
「馬鹿」つていふ。

「もう遊ばない」つていふと
「遊ばない」つていふ。

さうして、あとで
さみしくなつて、

「ごめんね」つていふと
「ごめんね」つていふ。

こだまでせうか、
いいえ、誰でも。


子供ならではの残酷さ。子供ならではの優しさ。それはどんな子供にも共通すること。いや、子供でけではなく誰でも。
「子供」でせうか、いいえ、誰でも。

「佛さまのお國」

おなじところへゆくのなら、
み佛さまはたれよりか、
わたくしたちがお好きなの。

あんないい子の花たちや、
みんなにいい唄きかせてて、
鉄砲で射たれる鳥たちと、
おなじところへゆくのなら。

ちがふところへゆくのなら、
わたくしたちの行くとこは、
一ばんひくいとこなのよ。

一ばんひくいとこだって、
私たちには行けないの。
それは支那より遠いから、
それは、星より高いから。

人間の罪深さを冷静に見る視線。人々を平等に見るだけでなく、すべての生命を平等に見る視線は、究極の「愛」があるからこそのものです。


「蓄音機」

大人はきつとおもつてゐるよ、
子供はものをかんがえないと。

だから、私が私の舟で、
やつとみつけたちいさな島の、
お城の門をくぐったとこで、
大人はいきなり蓄音機をかける。

私はそれを、きかないように、
話のあとをつづけるけれど、
話のあとをつづけるけれど、
唄はこっそりはいつて来ては、
島のお城もぬすんでしまふ。


子供の視点から書かれた大人への反抗の詩。
大人による子供の世界への侵略は、子供の人格さえも壊しかねない。彼女の持つ子供の視点は、現代の子供ですら失いつつあります。


「障子」

お部屋の障子は、ビルディング。

しろいきれいな石づくり、
空まで届く十二階、
お部屋のかずは、四十八。

一つの部屋に蠅が射ゐて、
あとの部屋はみんな空。

四十七間の部屋部屋へ、誰がはいつてくるのやら。

ひとつひらいたあの窓を、どんな子供がのぞくやら。

- 窓はいつだか、すねたとき、指でわたしがあけた窓
ひとり日永にながめてりや、そこからみえる青空が、
ちらにと日永にながめてりや、指でわたしがあけた窓
底から見える青空が、
ちらりと影になりました。

はっぴいえんどの名曲「風を集めて」を思わせる金子みすづならではの世界観に驚かされます。
もちろん、当時彼女のまわりに12階建ての建物など、ありませんでした。


<夢と現実のはざまで>

「井戸ばたで」

お母さまは、お洗濯、
たらひの中をみてゐたら、
しやぼんの泡にたくさんの、
ちいさなお空が光つてて、
ちひさな私がのぞいてる。

こんなに小さくなれるのよ、
こんなにたくさんになれるのよ、
私は魔法つかひなの。

何かいいことして遊ぼ、
つるべの縄に蜂がゐる、
私も蜂になつてあすぼ。

ふつと、見えなくなつたつて、
母さま、心配しないでね、
ここの、この空飛ぶだけよ。

こんなに青い、青ぞらが、
わたしの翅に触るのは、
どんなに、どんなに、いい気持ち。

つかれりや、そこの石竹の、
花にとまつて蜜吸つて、
花のおはなしきいてるの。

ちいさな蜂にならなけりゃ、
とても聞えぬおはなしを、
日暮まででも、きいてるの。

なんだか蜂になつたやう、
なんだかお空を飛んだやう、
とても嬉しくなりました。


まるでアマゾンに住むシャーマンのように虫になって空を飛ぶ感覚。これこそ、究極の金子節でしょう。


「夢と現(うつつ)」

夢がほんとでほんとが夢なら、
よかろうな。
夢ぢやなんにも決まつてないから、
よかろうな。

ひるまの次は、夜だつてことも、
私が王女でないつてことも、

お月さんは手では採れないつてことも、
百合の裡へははいれないつてことも、

時計の針は右にゆくつてことも、
死んだ人たちやゐないつてことも。

ほんとになんにも決まつていないから、
よかろうな。
ときどきほんとの夢にみたなら、
よかろうな。


夢と現実の境目がなくなった世界、これぞ金子ワールド!


「夢から夢を」

一寸法師はどこにゐる。
一寸法師は身がかるい、
夢から夢を飛んで渡る。

そして昼間はどこにゐる。
昼も夢みる子供等の、
夢から夢を飛んで渡る。

夢のないときや、どこにゐる。
夢のないときや、わからない、
夢のないときや、ないゆゑに。


おとぎ話の主人公、一寸法師と夢を結びつけるという離れ業。これもまた彼女ならではの発想。


「ながい夢」

けふも、きのふも、みんな夢、
去年、昨年、みんな夢。

ひよいとおめめがさめたなら、
かはい、二つの赤ちゃんで、
おつ母ちやんのお乳をさがしてる。

もしもさうなら、さうしたら、
それこそ、どんなにうれしかろ。

ながいこの夢、おぼえてて、
こんどこそ、いい子になりたいな。


夢と現実の境目はどこにあるのか?彼女ならではの世界観。そして、その曖昧な世界観は時間の壁をも越えさせてしまいます。これまた凄い作品です!

<過去へのまなざし>

「舟の唄」

わたしは若い舟だった。
あの賑やかな舟おろし、
五色の旗にかざられて、
はじめて海にのぞむとき、
限り知られぬ波たちは、
みんな一度にひれ伏した。

わたしは強い舟だった。
嵐も波も渦潮も、
荒れれば勇む舟だった。
銀の魚を山と積み、
しらしら明けに戻るときや、
勝った戦士のやうだつた。

わたしも今は年老いて、
瀬戸ののどかな渡し舟。
岸の薬屋の向日葵の、
まはるあひだをうつうつと、
眠りながらもなつかしい、
むかしの夢をくりかへす。


「舟」を主人公にした人生讃歌。たったこれだけの詩の中に人生のすべてが・・・。


「さよなら」

降りる子は海に、
乗る子は山に。

船はさんばしに、
さんばしは船に。

鐘の音は鐘に、
けむりは町に。

町は昼間に、
夕日は空に。

私もしましよ、
さよならしましよ。

けふの私に
さよならしましよ。


「さよならだけが人生さ」。しかし、それは明日の私との出会いなのです。まあ、この程度は彼女にしては普通の作品か?


「納屋」

納屋のなかは、うす暗い。
納屋のなかにあるものは、
みんなきのふものばかり。

あの隅のは縁台だ、
夏ぢゅうは、あの上で、
お線香花火をたいて居た。

梁に挿された、一束の、
黒く煤けたさくらの花は、
祭に軒へさしたのだ。

いちばん奥にみえるのは、
ああ、あれは絲ぐるま、
忘れたほども、とほい日に、
お祖母さまがまはしてた。

いまも、夜なかに屋根を洩る、
月のひかりをつむぐだろ。
 梁にかくれて、わるものの、
 蜘蛛がいつでもねらつてて、
 絲を盗つては息かけて、
 呪ひの絲にかへるのを、
 昼は眠てゐて知らないで。

納屋のなかは、うす暗い。
納屋のなかには、なつかしい、
すぎた日のかずかずが、
蜘蛛の巣にかがられてゐる。


納屋の中の暗闇に様々な思い出が見えてくる。ナルニア物語のタンスの中のようにそこから広い世界が・・・。

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