「恋する惑星 Chungking Planet 重慶森林」

- ウォン・カーウェイ Wong Kar-wai -

<村上春樹海外ブームの原点>
「この映画は、言ってみればシネマの再創造だ。まるで初期のゴダールのように、軽快で、スピード感があり、興奮させ、面白く、運命的で、感動的で、非常に魅力的だ。ナレーションは日本の村上春樹の小説を思わせる。おそらく今年見た映画の中で最も楽しませてくれる映画!」

トニー・レイン「サイト&サウンド誌」

 この文章は日本でこの映画が公開された時(1995年)、パンフレットに掲載されていたものです。今振り返ると、この時すでに村上春樹が世界的な存在なりつつあったことが予見されていたようです。そのうえ、この映画の原題は「重慶森林」。直訳すると「重慶の森」となります。ここでいう「重慶」とは、この映画の舞台になっている香港に実在した無国籍風の有名なビル「重慶マンション」のことです。そして、このタイトルは村上春樹の小説「ノルウェイの森」を意識してつけられているようです。
 どうやらこの頃、すでに香港では村上春樹のブームが起きていて、その世界観が多くの若者たちに影響を与えていたようです。まだ中国に復帰していなかった当時の香港は、今以上に本土とは異なる西欧化が進んだ都会でした。それだけに、アジアの中でもいち早く村上春樹の小説が受け入れる下地があったのでしょう。村上春樹の海外での人気について書かれた「世界は村上春樹をどう読むか」によると、「ノルウェイの森」は、1989年に台湾で出版され、その後、香港で1991年に出版されたそうです。したがって、この映画の撮影当時、すでに香港で「ノルウェイの森」は大ヒットしていたようです。
 そう考えると、この映画がそれまでの香港映画のイメージを一気に変えてしまった理由もわかる気がします。そこには、村上春樹の小説が描き出した新しい無国籍で都会的な若者たちの生活があったのですから・・・。それを見た世界中の若者たちが「恋する惑星」に共感したのは、その後の村上ワールドの世界進出を予見していたと言えそうです。

<ウォン・カーウェイ>
 もちろん、物語の世界観が新らしいからといって、映画が傑作になる保証はどこにもありません。なんといっても、この映画を監督したウォン・カーウェイの力量が重要だったことは間違いありません。
 ウォン・カーウェイ(王家衛)は、1958年に上海で生まれた彼は、5歳の時、家族とともに香港に移住。1980年に香港理工学院を卒業した彼はテレビ局で働いた後、1982年「彩雲曲」で映画の脚本家としてデビューしています。その後、10本以上の脚本を書いた後、パトリック・タム監督の「最後勝利」(1987年)の脚本でその名を知られるようになった彼は1988年、アンディ・ラウ、マギー・チョン主演のノワール映画「いますぐ抱きしめたい」で監督デビューを果たしました。
 それまでの香港映画にはない独自の美しさが高く評価された彼は次作「欲望の翼」(1990年)で香港電影金像賞でグランプリ、監督賞、主演男優賞などを獲得します。その後、彼は時代劇「東邪西毒」を撮った後、たて続けに本作を撮り始め、3ヶ月で完成させました。この映画の撮影時、彼は36歳。まさに絶頂を迎えようとしていました。

<二人のカメラマン>
 この映画、最大の映像的な魅力は、独特の色合いと手持ちカメラによるスピード感のあるカメラワークにあります。
「その時、
 彼女との距離は0.1ミリ。
 57時間後、
 僕は彼女に恋をした。」


 この映画のナレーションが象徴しているのは、まさにこの映画のスピード感です。そして、そのイメージを映像として表現しているのが、ラウ・ワイキョンの手持ちカメラによる撮影です。彼が担当しているのは、前半部と麻薬密売人の美女のパートです。
 そして、後半の重慶マンションと深夜食堂「ミッドナイト・エクスプレス」を中心とするドラマ部分を撮っているのがクリストファー・ドイルです。彼は照明器具を使わずに自然光による撮影にこだわることで独自の色彩を生み出すことに成功しています。ちなみにこの映画のトニー・レオンの部屋は、実際にクリストファー・ドイルが当時住んでいた部屋を撮影に使用したとのことです。

<俳優陣>
 この映画がデビュー作となったフェイ・ウォン Faye Wongは、1969年8月8日中国本土で生まれ、18歳の時、香港に移住し歌手としての活動を開始しています。一時期アメリカに渡り、帰国後に発表したアルバム「カミング・ホーム」が大ヒットして一気に人気アーティストになりました。ファッション・リーダーとして人気を獲得すると同時に海外でもアメリカ、カナダなどでライブを行うなどワールド・ワイドに活躍。「不思議チャン」的なこの映画の役どころは、彼女にぴったりで、演技をしているようには見えません。
 彼女が歌うこの映画の主題歌「夢中人」も忘れられません。(クランベリーズのヒット曲「Dreams」のカバーです)

 刑事223号を演じているのは、その後、日本でも大活躍することになる金城武です。彼は1973年10月11日台北に生まれていて、父親は日本人、母親が台湾人です。CMへの出演後にスカウトされた彼は歌手としてデビュー。その後、TVドラマに出演した後、1993年に映画デビュー。この映画での成功をきっかけに香港以外、日本や中国本土へと活躍の場を広げてゆくことになります。

 警官633号を演じるトニー・レオン Leung Chiu-wai Tony は、1962年6月27日生まれです。テレビドラマの俳優からスタートし、スタンリー・クァン監督の「地下情」で映画俳優として注目される。1987年「野獣たちの掟」(イー・トンシン監督)、1989年「風にバラは散った」(パトリック・タム監督)で香港版のアカデミー賞の助演男優賞を二度受賞。ホウ・シャオシェン監督のヴェネチア映画祭グランプリの名作「非情城市」(1989年)や「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3」(1991年)、「ハードボイルド/新男たちの挽歌」(1992年)などにも出演しています。
 ウォン・カーウェイ作品にも、1990年の「欲望の翼」、1994年の「東邪西毒」そして本作品と続けて出演しています。この作品で彼は台湾版アカデミー賞の主演男優賞を獲得しています。


「恋する惑星 Chungking Planet 重慶森林」 1994年
香港映画
(監)(脚)ウォン・カーウェイ(王家衛) Wong Kar-wai
(製)ジェフ・ラウ Lau Chun-wai.Jeff
(撮)クリストファー・ドイル Christopher Doyle、ラウ・ワイキョン Lau Wai-keung
(美)ウィリアム・チョン Chang Suk-ping.William
(音)フランキー・チャン Chan Fan-kai、ローエル・A・ガルシア Roel A. Garcia
(出)フェイ・ウォン Faye Wong、トニー・レオン Leung Chiu-wai Tony、金城武 Takeshi Kaneshiro、ブリジッド・リンLin Chin-hsia.Brigette

<あらすじ>
<パート1>
 刑事223号(金城武)は香港の街の雑踏で金髪の美女(ブリジット・リン)とすれ違います。彼女は実は麻薬密売人で重慶マンションの一室でインド人たちに麻薬を密輸させる準備をしていました。ところが、彼女は空港でインド人たちに裏切られたことを知ります。一方、223号は恋人にふられたばかりで落ち込んでいました。
 がっくりする二人は偶然バーで出会い、その後ホテルの部屋に・・・。

<パート2>
 深夜営業のレストランで働くフェイ(フェイ・ウォン)は、常連客の警官633号(トニー・レオン)と店でよく顔を合わせていました。彼にはキャビンアテンダントの恋人がいましたが、二人の仲は終わろうとしていました。その頃、彼のことが好きだったフェイは、偶然彼の恋人の手紙と部屋の鍵を手に入れます。彼女は彼が留守の間に部屋に忍び込むと、家具や内装を自分好みに変えてしまいます。633号は驚きますが、それを不思議と思いながら受け入れます。 

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