「マシアス・ギリの失脚」

- 池澤夏樹 Natsuki Ikezawa -

<気になる作家>
 僕にとって不思議なほどシンパシーを感じてしまう作家。池澤夏樹の代表作が、この「マシアス・ギリの失脚」です。なぜシンパシーを感じるのか?それにはいくつかの理由があります。
 大学生の頃、一時期はまっていた福永武彦の息子だということが一つ。僕と同じ北海道の出身であり、現在も札幌在住であること。(2009年以降)さらに、彼は大学(埼玉大学理工学部物理科)の物理科出身というのも、僕と同じ。そのうえ、彼は「南の島」が好きで、海と自然を愛し、偉大なダイバー、ジャック・マイヨールを取材した「クジラが見る夢、ジャック・マイヨールとの海の日々」(1996年)を出版しています。そして、あのジョン・レノンのラスト・インタビュー集「ジョン・レノン・ラスト・インタビュー」の翻訳も彼が担当しています。
 僕が作家になっていたら、こんな作家になりたかった・・・そんな存在です。

<生い立ち>
 池澤夏樹は、1945年7月7日北海道の帯広市に生まれています。なぜあの有名作家、福永武彦の息子が北海道で生まれたのか?と思っていたら、誕生日を知ってわかりました。彼は、危険な東京を逃れ、終戦直前の時期に疎開先で生まれた最後の戦中世代の子供なのです。ただし、戦争が終わってもすぐには東京には戻らず、1951年、やっと日本が落ち着いた頃になって彼は北海道を離れました。
 前述のとうり、彼の父親は日本の純文学を代表する作家の一人、福永武彦で母親は同じく作家だった原條あき子でしたが、二人は1950年に離婚しています。そのため、彼が母親の元で育てられ、その後、母親の再婚相手の姓「池澤」を名乗ることになったのでした。
 1963年、彼は埼玉大学理工学部物理学科に入学。しかし、時代は1960年代末学園紛争真っ只中でした。彼は多くの学生たちと同じように大学を中退、自らの語学力を生かして、ハヤカワ・ミステリーの短編や雑誌「リーダース・ダイジェスト」の翻訳などをしながら生活するようになりました。
 その頃、知り合ったのが当時日本航空のフライトアテンダントだった最初の奥さん、ショーンバエム直美さんでした。彼女と結婚したことをきっかけに安く飛行機に乗れるようになった彼は、海外各地へ旅に出かけ、中でも南太平洋の島々の大ファンになってゆきました。もちろん、この小説の構想には、この当時の体験が大いに参考になっているのでしょう。ただし、当時彼はまだ作家ではなく、あくまで英語を専門とする翻訳家でした。

<翻訳家から作家へ>
 1975年、妻と共にギリシャに移住した彼は、ギリシャ語の専門家にもなり、当時岩波ホールで公開され大きな話題となったギリシャ映画の大作「旅芸人の記録」(1975年作品で日本公開は1979年)の字幕を担当。世界的な大監督となるテオ・アンゲロプロス監督の作品の翻訳字幕をその後も担当することになります。(当時、岩波ホールには僕もよく行っていました)
 帰国後、彼は初の詩集「塩の道」を発表。いよいよ作家としての活動を始めます。1984年、処女短編小説「夏の朝の成層圏」を発表後、1988年には早くも「スティル・ライフ」で芥川賞を獲得、小説家としても成功を収めます。その後彼は、自らのもつ理系の知識を生かした作品とは別に、愛する南洋の島々を舞台とする小説やエッセイを次々に発表するようになります。「マリコ/マリキータ」(1990年)「タマリンドの木」(1991年)「南の島のティオ」(1992年)そして、1993年、ついに彼は生活の場を愛する南の島のひとつ沖縄へと移します。この小説「マシアス・ギリの失脚」は、まさにその移住の年に発表されています。だからこそ、この作品は彼にとって「南の島への愛」を集めた集大成的作品になったのです。質的にも分量的にも、彼にとってこの作品は特別なものだったといえるでしょう。当然、周りからの評価も高く、この作品は谷崎潤一郎文学賞を受賞しています。

<架空の島を作り上げる>
 「自分の好きな場所を舞台に小説を書く」それは小説家なら一度はやってみたいことかもしれません。彼はその場所、「南の島」を舞台にこの小説を書き上げました。考えなければならないことは、いくらでもありますが、それは大いなる喜びに違いないでしょう。
 「島の自然」、「島の芸術」、「島の地理」、「島の言語」、「島の社会組織」、「島の宗教」、「島の音楽」、「島の芸術」、「島の地理」、「島の歴史」、「島の国際的位置」・・・そこは、ひとつの閉じた空間であり、ある意味なんでもありの世界、作家の描きたい世界を思いどおりにゼロから始めることができます。
 SF小説で星をまるごと描くとなると、さすがにある程度は科学(物理、天文、地学、生物学など)の知識がないとリアリティーのまったくないコメディーSFになりかねません。(それはそれで面白いSFになる場合もありますが・・・)それに比べれば、島を描くことは「科学的」には書きやすいかもしれませんが、宇宙人の代わりに描くことになる人間を細部まで描くことが求められることになります。その点、彼は島に自ら住んでその土地を体感している「島の人」でもあるので、「島の文化」、「島の言語」、「島の人間」を描くのは得意な分野です。そこに彼の理系の知識が加わるのですから、当然そこに生み出される島は十分にリアリティーを持ちえることになります。こうして、池澤夏樹の想像した三つの島からなる「ナビダード民主共和国」が生み出されることになりました。

<自由な発想の文学>
 彼の父親が自分の身の回り、そして心の中を表現する私小説の作家として一時代を描いたのに対し、彼はまったく自分の関わりのない、存在すらしない土地とそこに住む人々を想像力の翼を鍛え、上っ面だけの観光ガイド的な小説とは異なる骨太な小説を書く力を身につけたのでした。この作風の違いは、時代の違いといってしまえばそれまでですが、日本という国の変化そのものでもある気がします。(彼が自分の父親が福永武彦であることを知ったのは、高校生になってかららしいので、どこまで影響を受けたのかは定かではないのですが・・・・・)
 ストイックで内向きだった日本人の生き方が戦後いかに外向きに変わっていったか。そこに至るまでには、太平洋戦争における敗戦70年安保の混乱期、高度経済成長からバブルに至る時代がありました。そう考えると、彼が1945年という終戦の年に生まれているというのは、偶然ではなく必然だったと思えてきます。さらに彼が生まれた土地が、日本の過去の文化から最も遠い土地、北海道で生まれ、自立したシングルマザーのもとで育ったこと、そして文学ではなく科学を学んだこと。そのどれもが彼を新しい文学スタイルへと導く伏線になったように思えます。
 そこから生まれた「ナビダード共和国」が太平洋戦争、そして占領国日本の影響を受けた指導者のもとで発展を遂げるものの、いつしか破綻へと追い込まれてゆく。この小説の流れもまた、そんな時代の変化を暗示しているようです。
 2001年の同時多発テロ事件の直後から、彼は「新世紀へようこそ」というメール・コラムを開始。多くのマスコミがアメリカの始めた戦争に対し、物言わぬ状況で、しっかりと批判的見解を発表し続けました。(僕も読ませていただきました)その後、彼は自らイラクを訪れ、その国の現状を写真つきの本として出版。(「イラクの小さな橋を渡って」2002年)
 世界中を旅し、その土地に住みながら作品を発表し続けた彼は、フランスに移住した後、2009年再び生まれた土地、北海道へと戻ってきました。北海道は彼にとって、故郷といえる土地なのでしょうか?著者の今後の生き方にも注目してゆきたいと思います。

<あらすじ>
 南太平洋に浮かぶ三つの島からなる小さな国ナビダード共和国。日本との関係を強めるその国の大統領マシアス・ギリは、日本で学生時代を過ごし、その時以来のパイプを利用しながら独裁的な権力を強めていました。かつて、太平洋戦争の時代には多くの死者が出たその島国に、ある日、日本からの慰霊団が訪れます。ところが、その慰霊団が到着早々バスごと行方不明になってしまいます。誰が?何のために?どうやって?
 ちょうどその頃、大統領は自分の内縁の妻的人物アンジェリーナの経営する娼館で彼の故郷でもあるメルチョール島からやって来たという少女と出会います。三つの島の中で、精神的、霊的中心となっている謎の島メルチョール。バスの消失事件に大統領に反発する組織の存在がからんでいるとしたら、・・・。そのうえ、大統領には、けっして明らかにすることのできない元大統領の死に関る秘密がありました。
 そして、その秘密をあばくため、彼の元には謎のグループが迫りつつありました。彼の運命は?

「マシアス・ギリの失脚」 1993年
池澤夏樹(著)
新潮社

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