- 小熊英二 Eiji Oguma -

<現状を知るということ>
 ワールドカップ・サッカー2006ドイツ大会での日本の敗北。
 映画の街、北海道夕張市の財政破綻。
 日本各地の学校で起きているいじめを苦にした自殺。
 アメリカが仕掛けたイラク戦争の泥沼化。
 さて、これらの出来事の共通点は何でしょうか?
それは、どの事件もその主な原因として「現状の認識不足」をあげることができることです。
 ジーコ・ジャパンの実力がどの程度だったかは、大会終了後の新ランキングにおいて日本が19位から49位に転落して明らかになりました。おまけに本体会における世界のサッカー・スタイルの変化も大きな誤算でした。守備を重視し、ミドル・シュートを武器に戦うのが世界の主流になっていることを日本は予想していなかったはずです。そのうえ、日本はその状況でディフェンス・ラインを高い位置に保つことができませんでした。(オシム監督頼みます!)
 北海道夕張市の財政破綻は、役人たちが自分の担当中に破綻を明らかにしたくないために負債を先送りし続けたことが最悪の結果をもたらしたのでした。彼らは現状を知りながら、そこから目をそらし続けたのです。(自分がその担当である期間を終えれば、あとは知らんぷりというのは、どこの自治体の役人にも言えることです。残念ながら、我が町小樽はその点最悪です)
 いじめを苦にした自殺も、誰か身近にいた人が現状を把握して適切な助言を与えてさえいれば避けられたかもしれません。
 そして、アメリカを中心とする国々によるイラクへの攻撃。多くの人は泥沼化を初めから予想していただけに、これもまたそうなることを期待する人々が仕組んだ作戦だったと思わざるを得ません。この場合は「現状の隠蔽」と言った方が良いのかもしれません。
 「現状認識の不足」「現状の隠蔽」、どちらにしても現実に被害を被った当事者たちは現状を知らないまま、最悪の時を迎えることになってしまったのです。

<現在の日本>
 そして、今我が日本は再び現実認識の不足からくる危機を迎えようとしています。小泉総理の靖国参拝を筆頭とするアジア外交の失敗。無駄な公共事業と官僚機構の腐敗による財政の大きな赤字。おまけにアメリカ軍基地には今後基地移転費用という名目で膨大なお金を払わなければなりません。それに出生率の低下からくる人口の減少と高齢化による若年層の急激な負担増の問題。
 もしかすると、それよりも危険なのはアメリカ式自由経済主義の浸透が招いた拝金主義の世の中とそれがもたらした人間関係の崩壊かもしれません。
 その他にも、必ず来るであろう首都圏大地震、地球温暖化による異常気象の問題。エネルギー、食料、水の不足など、大きな視点での危機の例をあげて行くと数限りがないのですが、こうした危機に直面しているはずの日本の政府、そして国民のどの程度がその現状を把握しているでしょうか?僕自身、明日の店の売上の方が日本の未来より大事に思えるのが現状ですから大きなことは言えません。
 だからこそ、明確かつ簡潔に日本の現状を理解する事ができる優れた本が求められているのだと僕は思います。そして、そんな僕の思いにぴったりの本が、小熊英二著「日本という国」でした。「我が家で中学生の息子に日本の近代史を理解させるなら、これ一冊で十分!」そう思える本です。

<今、求められていること>
 「毎日つまらねえなあ。やってられねえなあ。まずは、そこから始めてみようか。そこで福沢諭吉だ。フクザワ・ユキチだ。一万円札に写っている、その人だよ。この人が、『学問のすすめ』という本を書いている。・・・」
 まずはこの書き出しからして、読みたくなります。格好いい!こうして始まる第一章のタイトルはズバリ!
「なんで学校に行かなくちゃいけないの」
 行政改革、年金改革、外交改革・・・etc.政治家にとって改革をどう進めるか、そこを問われるのが今の政界かもしれません。しかし、僕は改革を行う具体的な方法の有効性よりは、現状をどれだけ正確に把握しているかの方が重要なのだと思っています。
 どんな歴史の流れによって今の状況に至ったのか?そのことを偏見抜き、自己の損得抜きに現状を見ることがきる人間であるかどうかが最も重要なのです。適切な対処法は、正確な現状把握があれば自ずと見えてくるはずです。
 残念ながら、今の日本の政治家の多くはそれができないようです。(する気がない、が正確かもしれませんが)だからこそ、これからの日本を背負うことになる若者たちへの教育に求められているのは、そうした現状を正確に把握する能力の獲得なのだと僕は思います。

<超短縮版「日本の国づくり」明治維新編>
 この本では、明治政府によって進められた教育システムと国づくりの改革について、それを現代の日本における教育の原点として解説を行っています。
 文明開化の名の元に改革を進めていた明治政府は西欧列強のアジア侵攻を知り、自らその仲間入りを決意します。喰うか喰われるかという状況で日本は喰う側に回ることを選択したわけです。では、どうやって西欧諸国に追いつき、その仲間入りをすることができるのか?そのための方策のひとつが、義務教育の徹底による国民個々の学力アップでした。これからの世界では戦争をするにも国民の知識レベルの高さが必要になると考えられていたからです。確かに現代の兵器はハイテク化が進み、誰でもが使えるものではなくなりました。強力な軍隊には優秀な兵士が必要であり、それは国民全体のレベルアップが支えることになるというわけです。
 ただし、国民の知的レベルが上がると言うことは、そうした政府のやり方に対し疑問をもつ者も増えてくるということでもあります。そこで明治政府はそんな反体制勢力が生まれることを防ぐため、国民の愛国心をあおり、外部や内部に国民の敵を作り出すようになります。(それは朝鮮、中国、アメリカ、それに共産主義者だったりしたわけです)さらにそれらの敵を相手に戦争を行い、彼らの富を奪うことで国内における経済的不満を解消しようとすることへと発展して行きます。
 これが太平洋戦争までの日本の国づくりの基本でした。

<超短縮版「日本の国づくり」第二次大戦後編>
 太平洋戦争に勝利し日本を占領することになったアメリカは、日本の再軍備を不可能にするため「戦争の放棄」を明確に盛り込んだ平和憲法を提案し、制定させます。それはアメリカがまだ実現していなかった真の民主主義に近づくための実験でもありました。(その他にも、まだアメリカですら憲法に書かれていなかった男女平等思想の導入など、未来を見据えた内容になっていました。当時のアメリカにはまだ民主主義の理想に向けた夢が残されていたのです)それはまさに世界に誇れる憲法でした。さらに進駐軍というかたちでアメリカ軍が居座ることで日本に睨みをきかせることも可能になりました。
 もうひとつ経済的な崩壊によって、かつてのナチス・ドイツのようなナショナリストが台頭することを恐れて、戦争における損害賠償についても大きな見直しがなされました。従来なら巨額の賠償が課せられるところが、経済援助のかたちで役務賠償を行うことで、その責任のほとんどが許されることになったのです。このやり方に反発したアジアの国々は、日本の謝罪を受け入れなかったため、未だにその時の遺恨が残っており、それがアジアにおける反日運動の基礎となっているのです。当時はアメリカが強引にこのやり方を押し通したため、他の国はそれに異を唱えることができませんでした。
 ところが、ここで誤算が生じます。米ソ冷戦の影響によって朝鮮戦争、ベトナム戦争が始まると、日本はその最前線補給基地の役目をになうことになったのです。
 そうなると、アメリカは日本にも軍事参加を求めたくなり、そこで自衛隊という特殊な軍隊が生まれることになりました。(設立当初は警察予備隊)事態は、アメリカの当初の目論見とは異なる方向へと向かい始めていたのです。

<終戦を遅らせた責任>
 ここで特に注意してもらいたいのは、終戦の年、昭和天皇に対し当時の外務大臣近衛文麻呂が降伏するよう昭和天皇に進言したこと、そして、それを断られたくだりです。
 もちろん、昭和天皇は戦争に勝てるとは思っていなかったものの、どこかの局地戦で勝利することで、和平交渉に持ち込めるかもしれないという考えを持っていたようです。それは、政府や昭和天皇自身が、天皇制の保持と自国での戦犯裁判権の確保をしたかったからでした。しかし、その時点で敗戦を認めなかった結果は、その後東京大空襲を初めとする各都市への空襲や広島、長崎への原爆投下、沖縄で4人に1人が死んだ戦闘など、膨大な死者を生み出す原因となったのです。それだけではありません。日本だけではなく、そのことがそれまで中立だったソ連の参戦を招き、結果的に、朝鮮南北分断の原因ともなったのです。なんという罪の重さ!

<超短縮版「日本を巡る状況」ソ連崩壊後>
 軍隊をもたず、戦争中の損害賠償も大幅に免除され、その代わりに課せられた経済援助をきっかけとしてアジアへの経済進出も成功した日本は、戦前以上の経済的発展を遂げ、いつしかアメリカをも上回る経済大国になっていました。しかし、この状況も1980年代のソ連崩壊をきっかけに再び変わることになります。
 ソ連の崩壊によって、米ソ冷戦の構図は終わりを迎えました。そして、それは反共産主義という立場で一致していた民主主義諸国間の協力関係が薄れ始めるきっかけともなりました。すると、それまでアメリカ政府を気にして黙っていた韓国や中国は、日本に対し、太平洋戦争についての謝罪を改めて求めるようになり、その他のアジア諸国も日本に対し厳しい対応を迫るようになります。(アジア全体における反日感情の悪化もその流れに乗ったものと言えます)
 さらいにアメリカは日本の経済力を良いことに、基地を運営、存続させるための資金を日本に出させ、さらには対イスラム圏の戦闘にも後方支援として参加させるようになります。
 日本はこうして、アジアにおける位置をはっきりさせることなく、アメリカの属国としての地位だけをより鮮明にしつつあるのです。

<目をそらさないことから始めたい>
 200ページにも満たない、2時間もあれば読めるこの本を読むと「目から鱗」式に「日本の今」を理解することができるはずです。ただし、理解した後、そこから先の行動は読者一人一人に任されることになります。しかし、何かを行うためには絶対に「遅すぎる」ということはありません。
「現状を正確に把握した瞬間から、解決への道は開かれ始めている」
 この本を多くの人が読めば読むほど、「日本という国」はより明確化され、そこから再生への道がスタートするものと僕は信じています。 

「日本という国」 2006年
(著)小熊英二
理論社

21世紀のための作品集へ   トップページヘ