「ソロモンの歌 Song of Solomon」

- トニ・モリスン Toni Morrison -

<オバマ大統領推薦>
 あのオバマ大統領が生涯最高の書にあげただけのことはある小説です。(全米批評家協会賞受賞作でもあります)特に後半、主人公のミルクマンが自らのルーツをたどることになる南部の旅に出たあたり、少しずつ彼が周りの人々のことを理解し、愛せるようになってゆく部分は間違いなく若きオバマ青年に強い衝撃を与えたに違いないと思います。
 かつてアレックス・ヘイリーの大河小説「ルーツ」は、奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人たちの歴史を描いて、アメリカ中に衝撃を与えました。この小説もまたアフリカン・アメリカンのルーツを探る歴史の旅を含んでいます。しかし、それは単なる歴史ドキュメントではなく、主人公自らが旅をしながら自らのルーツを体感するという冒険の旅物語でもあります。面白いのは、その旅が元はといえば自分探し、ルーツ探しの旅ではなかったということです。それは、自らの欲望を満たすため、自分ひとりだけが自由を得るために必要な「お金」を奪うことが目的の旅でした。
 欲望を満たす旅の途中、彼は持ち物も着る物も、お金もプライドも失い、命の危険にも見舞われながら、いつしか自らのルーツに近づくことになっているのでした。それは情報としてルーツを知るのではなく、身体でルーツを知る旅でした。読者もまた彼とともに旅をしながら、その変化を体感することになります。たとえ読者がアメリカに住む黒人ではなくても、それぞれの立場で自らのルーツについて考えるきっかけになる作品といえます。
 このサイトはもともとロックを中心とするアメリカン・ポップ・ミュージックの歴史を巡る旅から始まったともいえるだけに、多くの黒人ミュージシャンを取り上げ、キング牧師やマルコムX、そして公民権運動やアメリカにおける人種差別問題についてもいろいろと取り上げています。しかし、黒人文学についてはほとんど取り上げてきませんでした。
 今回、この本を読んでいて、黒人作家による文学により、今までとは別の角度から彼らの文化や社会を知ることができました。正直、黒人文化=黒人音楽という見方あかりだったことを反省しています。

<トニ・モリスン>
 1993年にアフリカン・アメリカンの女性として初のノーベル賞(文学賞)を受賞したこの本の著者トニ・モリスンは、1931年2月18日オハイオ州の労働者階級の家庭に生まれました。本名はクロエ・ウォフォードでしたが、1949年ワシントンDCのハワード大学文学部在学中にクロエからトニに名前を変えています。なぜ彼女は名前を変えたのでしょうか?

「・・・・・名前には意味がある。パイロットが自分の名前をイヤリングに納めたのももっともだ。自分の名前がわかったら、しっかりとその名前を守らなければならないのだ。名前は書き止め、記憶しておかないと、人間が死ぬのと一緒に死んでしまうからだ。・・・・・」
本作より

 1955年、彼女はコーネル大学大学院で英文学の修士号を取得していますが、この時の修士論文のテーマは「ウィリアム・フォークナーとヴァージニア・ウルフの作品における自殺について」でした。この本の中で「人が生きるべきかどうかを決めるのは誰なのか?」という主人公の問いかけに対して、登場人物のひとりパイロットはこう答えています。

「人間が自分で決めるのさ。いつまでも生きていたいと思う人間もあるし、そうでない者もある。とにかくそれを決めるのは人間だって、わたしは信じてるよ。人間は死にたいと思うとき、また死にたいと思ったら死ぬんだよ。もし死にたくなかったら、誰だって死ぬ必要はないんだよ」
本作より

 この作品は自らのルーツを知る旅であると同時に自らの生きる意味を知る旅でもあります。
 1957年、ハワード大学で英文学の教授として働き出した彼女は、その後結婚して二児をもうけます。しかし、すぐに離婚。1964年からはニューヨークに引越し、ランダムハウス社で編集者として働き始めます。作家としてのデビューは、1970年「青い眼がほしい」で、いきなり彼女は批評家たちから高い評価を受けることになりました。その後も、彼女はランダムハウス者に勤めながらニューヨーク州立大学で准教授として教鞭をとりながら執筆活動を続けて行きました。
 1973年、彼女は2作目となる小説「スーラ」を発表。そして、1977年発表の本作で見事に全米批評家協会賞、アメリカ芸術院賞を受賞し、一躍その名を全米中に知られるようになりました。
 1981年発表の4作目「タール・ベイビー」発表後、ランダムハウス社を退社し、翌年からはニューヨーク州立大の教授となりました。1987年発表の5作目「ビラブド」がベストセラーとなり、1988年にはアフリカン・アメリカンの女性として初のピュリッツァー賞を受賞しました。2006年にニューヨーク・タイムズが行なった作家・評論家が選ぶ、過去25年間で最も優れたアメリカの小説は何か?というアンケートにおいて第一位に選ばれたのが、なんとこの「ビラブド」だったいいます。
 2009年にオバマ氏がアフリカン・アメリカン初の大統領に当選しましたが、彼女は黒人女性としていち早くアメリカ文学の頂点を極めていたといえそうです。ある意味、この時点で彼女の作品は、単位アフリカン・アメリカン社会を代表する存在になったというよりも、アメリカ合衆国の文化全体を代表する存在になったといえそうです。
 しかし、それだけのビッグ・ネームでありながら、残念なことに彼女の名前が日本ではほとんど知られていないといってよいでしょう。だからこそ、このサイトで彼女の作品を紹介できるということは非常に光栄なことです。
 彼女の作品は、たぶんどれも面白いはず、是非どれでもよいのでご一読いただければと思います。

<あらすじ>
 主人公ミルクマンの祖父は白人に射殺され土地を無理やり奪われた南部の解放奴隷出身の農民でした。祖父が殺された父親のメイコンは妹のパイロット(聖書に登場するイエスの処刑を命じた役人ピラトのこと)と離れ離れになり、その後たった一人で北へと旅をしノースカロライナで不動産業者として成功を遂げました。そして、ミルクマンは貧しい黒人たちの嫌われ者になっていたその父に後を継ぐよう言われていました。
 ある日、彼は父親と犬猿の仲になっていたパイロットからかつて兄妹は父を殺した男たちから逃げる途中、あやまって洞窟内で出会った男を殺してしまい、その時彼が持っていた大量の黄金をその場に残して来てしまったことを聞かされます。その話を彼(息子)から聞かされたメイコンは、パイロットはその黄金を隠し持っていると確信し、彼にそれを奪うように命じます。父の命令には従いたくなかった彼も、その黄金があれば父の元を離れ、1人で生きてゆけると考え、友達のギターを誘い二人でパイロットの家に向かいました。ところが、二人が盗み出したパイロットが大切にしていた袋に入っていたのは金ではなく人骨でした。
 彼はなんとしても黄金を見つけて父親の元を去ろうと、パイロットと父親が住んでいた南部の村へと旅立ちます。彼は黄金を見つけられるのか?パイロットが持ち歩いていた人骨は誰のものだったのか?彼が知らなかった母親とはどんな人物だったのか?数々の疑問を胸に旅を続ける彼は、旅の途中次々にトラブルに見舞われ、ついには命まで狙われることになります。ミルクマンは無事旅から戻ることができるのか?そして、その旅で彼は何を発見することになるのでしょうか?

「ソロモンの歌 Song of Solomon」 1977年
トニ・モリスン Toni Morrison(著)
金田眞澄(訳)
ハヤカワepi文庫 

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